冒険者の隣人は生きるか死ぬかです
時間は主人公がやってくる少し前に遡る。
かつての大戦時、魔王軍によって滅ぼされた城塞都市が迷宮化した。
突然もたらされた情報は瞬く間に王都を駆け巡り、未開の迷宮でまだ見ぬ富を狙う者達が色めき立った。
情報を糧に生きる者、かの地に眠る宝を狙う者、踏破による名声を望む者、都市を解放すべく使命を帯びて臨む者。
その全てを区別なく、平等に飲み込んできたのがこのカルバン都市迷宮だ。
城塞都市カルバンは中央王国における防衛の要として知られた地であった。
魔術を彫り込むことによって恒久的に防御力を高めた鋼鉄の防壁。
この防壁を越えた先に待つのは戦闘を想定して作られた兵士達の居住区。
鍛え抜かれた精鋭達によって、人々の安寧が護られ続ける……その筈だった。
かつては活気に溢れ、賑わいを見せていたであろう通りには動く人骨が溢れ、まだ新しい死体が転がってすらいる。
その死体に怨念が取り憑き、生ある者を引きずり込もうと蠢いていた。
そして今日もまた、迷宮に野心を燃やす冒険者達が歯牙にかかろうとしていた。
「いやぁぁぁあ無理無理無理無理死ぬ死ぬぅ!」
「うるせーぞサーシャ!死にたくなかったらお前もやるだけやるんだよ!」
「アタシ偵察役っすよぉ⁉」
「だったら隠し通路だとか退路を探せ!」
「無茶がすぎる!」
元は兵舎と思わしき建築物の中で、四人の冒険者に危機が迫っていた。
彼らは最近ようやく中級の冒険者として名が売れてきた頃合いであり、更に上を目指して順調に歩を進めていた。
そんな折、カルバン都市迷宮の噂を聞きつけたのである。
曰く、調査に向かった上級の冒険者達が戻って来ない。
曰く、都市迷宮に眠る宝は途方もしれない。
曰く、楽園に通じる門がある。
曰く、王都が騎士団を動かした。
全てが疑わしい情報ばかりだったが、しかし踏破者が出ていないのもまた事実。
ならばそれなりに見返りもあるし、未発見の宝を得ることもできるのではないか。
そう考えて行動に移したのである。
「むーりー!!隠し通路なんてないですー!」
「あー、リーダー。そろそろ俺も精神的にヤバイ。具体的に言うと中級魔術あと一回」
「俺もそろそろ疲れてきたぞ。っていうか硬すぎんだよコイツ!斬撃も打撃も全く通ってる気配がない!」
その結果が現状の窮地である訳だが。
現在、彼らは朽ち果てた兵舎の通路で踏みとどまっていた。
複数の黒いスケルトンに追われる内に誘い込まれ、その後は自らの判断で通路に逃げ込んだのである。
横に狭い通路であれば、相手が複数でも相手取る数を抑えられるからだ。
結果として追い詰められてしまっている訳だが。
彼らの名誉の為に言うならば、それは誰もに起こりうることであり、一度は通る道なのである。
失敗しても助かるような所に行ったか否かというだけで。
「補助の祝福も打ち止めです。覚悟、決めておくべきですかも」
無表情を貼り付けたような顔で聖職者の女性が淡々と事実を告げる。
「縁起でもない事言わんといて下さいよローレルさァん……」
青い顔の魔術師がげんなりした表情で呟く。
「俺はまだ死ぬつもりなんぞないわぁー!」
禿頭の戦士が鬼気迫る表情で剣を振るう。
「やっぱり道中が順調すぎた時点で引き返すべきだったんですよぅ」
斥候と思わしき服装の少女が震える声で叫んだ。
「いいからオメエはその扉を開けることに集中しろぃ!」
「そう言われても~~~!!!」
実を言うと、少女の技術があればこの程度の扉を開けることなど造作もないのだ。
(でも、開けたら確実に死ぬ!)
少女の持つ異能が垣間見せた未来が告げている、この扉を開けて部屋に入ったならば死ぬ、と。
解錠した少女が部屋に入るのと同時に首を狙って剣が振るわれる。直撃すれば死ぬ。
軌道はわかっている。ならば身を伏せて避ければ良い。だが避けたところで扉の中にいる存在に蹂躙されて死ぬ。
自分も仲間も血に濡れて倒れている光景が離れてくれない。
だがここで留まっていた所で何かが変わるわけでもなく、死はいつか訪れるだろう。