報酬
やっちゃったな、とアタシは思った。今回の仕事はめんどくさそうだ。とくに依頼人である、この山田老人がめんどくさそうだ。
「その、青木さんというかたのお話を聞いて差し上げれば、いいんですか」
アタシなりに要点をまとめた上で聞いた。
「まあ、そうだな。できれば彼に会ってやってほしい。そうして家族か恋人のように接してやってほしい」
「それは、ちょっと……」
ムリでしょ。ふつうにムリでしょ。
すると山田老人はまた、くっくと笑った。ツボだったらしい。
「報酬は弾む。ひと月100万、払おう」
はい、キタこれ。叔父がメールで「今回の仕事はでかい」と言っていた意味が、ようやくわかった。
「あのう、ことわっておきますが、セクシャルな要求には応じられませんよ?」
「もちろん承知している。あくまで常識の範囲内で、だ。あとは水戸さんが、どれだけその範囲を広げられるかだ」
水戸さん、水戸さん……ああアタシか。たしかに、その金額を聞けばどこまでも守備範囲を広げられそうな気がする。
「どうだ、引き受けてくれるかな」
「やりましょう」
アタシはふたつ返事だった。
言っておきますけど、アタシは守銭奴じゃないからね? だいたい依頼人からの報酬がまるまるアタシの懐に入るわけじゃない。
ここは叔父の事務所で、今回の仕事を取ってきたのも叔父だ。アタシは一介の従業員にすぎない。
繰り返しになるがアタシに仕事および依頼人を選ぶ権利はない。アタシの有用性は叔父から回された仕事をいかに捌くか、この点にのみかかっている。
「いい返事が聞けてよかった。よろしく頼む」
老人は満足げにそう言った。そして今後の段取りについて補足した。
「報酬は毎月初、指定の口座に振り込む。経過報告はこちらが求めた場合のみでかまわない。青木に私の名前および連絡先をおしえては、ならない。もし聞かれたら、私のことは『あしながおじさん』とでも伝えてくれ」
かっこいいわー。本当に、あしながおじさんだ。現代に蘇ったあしながおじさんである。
最後に、じゃあこれ今月分と言って、ぽんと現金100万円を机に置いて老人は帰って行った。
なに、これ。アタシ今夜中に誰かに殺されたりしない? 山田老人が帰ってからもアタシはしばらく放心状態だった。
とりあえず叔父に依頼を受理した旨のメールを送った。したらば叔父から、
【good job!】という短い返信があった。
グッジョブじゃねーよ、オイ。
運命の4月2日がやってきた。
昨夜はよく眠れなかった。寝酒をしようと思ったが、深酒になりそうだったのでヤメた。今日は大事なお客様と会うのだから……。
青木岳人という男はどんな人物だろうか。イケメンだろうか。もしかして依頼人山田一郎とおなじ、おじいちゃんだろうか。
その可能性は否定できない。山田老人がむかしお世話になった人、説。青木氏は山田一郎の命の恩人かもしれない。戦友とか。
いやいや、戦地を踏んでいる世代は今日日90歳オーバーのはず。いくらなんでも、山田老人はそこまでには見えない。
心臓がバクバクしてきた。青木岳人はイケメンだろうか。そればっかりを脳内で繰り返す。
もしイケメンだったら、どうしよう。
だって恋人かってゆうくらいの……You cryの至近距離で接してくださいね、て。くださいねて、ゆわれとるんよ?
しかも山田老人って金持ちのパトロンまでいる。
パトロンはちがうか……山田老人は青木氏に素性を隠している。だから、あしながおじさんなのだ。
もうすぐ、そのあしながおじさんから秘密のカードを受け取った(たぶん)青年が、ここへ電話をかけてくる。
秘密のカードにはこの事務所の電話番号が書かれていて、そして、なんでも打ち明けてくださいねみたいなメッセージが添えられてあるはずだ。