推論
ふと思いついて、自宅保管用のシフト表を机から引っ張り出した。それで2016年4月1日のオレの出勤予定を調べたら……
うっは、休みだ。オレの記憶にある「去年」とは、ちがったシフトが組まれとる。
……まあまあ、だいたい予想はしていたけど、ここはオレが一度経験した「去年」とは微妙にちがうらしい。
バタフライ・エフェクトとか、たしか言うんじゃなかったっけ。蝶の羽ばたきひとつで世界が連鎖的に変わる、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話だ。
オレが2017年から2016年の世界にタイムスリップしたことにより、この過去は微妙に変化したのかもしれない。いや、もっさ変化したのかもしれない。
それにしても、だ。なぜ1年前なんていうショートトリップを選んだかな、オレ。どうせだったら10年、20年とか遡ってみたくね?
さすがに20年は、やりすぎか。当時はまだ実家にいた。そこにこの、おっさんのオレがあらわれたら、両親も当時の友人たちも腰を抜かすだろう。
まあ薄々気づいてはいる。これが望んだタイムスリップではないことを。
たぶんオレは何らかのトラブルに巻き込まれたのだ。そしてこれは、ある種の罰なのだと思われる。
いったいどんな罰だろう。かりにオレが誰かを罰する側だとしたら、どんな手を考えるだろう。
答えは明白である。虜だ。
時間の虜にする。おなじところをグルグルと何周もさせる。そして死ぬまでそのループから解放しない……。
自分で想像してゾッとした。オレはいま虜の状態なんだろうか。すると来年も再来年もずっと、おなじ2016年を繰り返すのだろうか。
おなじ、じゃねえや微妙にちがう2016年だ。もうすでに微妙にちがっているからね!
あれっ、じゃあもしかして……。それとは気づかずにオレ、すでに何周かしてんじゃね?
ループする直前の記憶だけ消されてんじゃね? だから毎回、おなじ4月1日にバカみたいに慌てんじゃね?
オレを罰している真っ最中の誰かは、オレのそのザマを見て柱の陰で笑ってんじゃね?
恐怖と絶望で目の前が真っ暗になった。自分で言うのもなんだが、いまの虜に関する推論、百点でしょ。
大事な部分の記憶を消すとかマジで勘弁してほしいっすわー。
いや待て待て。映画の主人公ならこういう場合、記憶をなくした後の自分に向けて何かメッセージを残すんじゃなかろうか。
ジェイク・ギレンホールならこんなとき、自筆のメモとか写真を残すんじゃなかろうか!
いても立ってもいられなくなり、オレは部屋中を引っかきまわした。今日、仕事が休みで本当によかった。
だが目欲しいものは何も見つからなかった。
スマホやPC内のデータを調べても、2016年4月1日以降の情報(オレの行動記録、メールやSNSでのやり取り等)はいっさい出てこない。
まあ、そう簡単には行かないか。だが、しかし。
オレには強力な手がかりが、ひとつだけある。正確にはひと山というべきか。この部屋にあるなかで唯一の特異点。そう、偽札の束だ。
すべてはここからはじまった、といっても過言ではない。
最初にこの紙束が枕元に置かれていたのが去年だった。2ブロックね。今年もおなじことが起きて紙束は4ブロックになった。
そして何の因果かオレは時間を遡り、今年イコール去年になった。ややこしいですが。でも紙束の数だけは去年とノット・イコールだ。増えているのである。
これだ、これですわ。これこそが未来のオレからのメッセージですわ。
問題なのは、その意図するところがチンプンカンプンということだ。まあ、いい。時間はたっぷりある。下手すると無限にある。
もちろん寿命は永遠というわけには、いかないだろう。
だからオレは、この有限の命をつかって、ぜったいにこの状況を打破してみせるんだってばよ!