ループ
「きみの叔父さんはよほどSF好きと見えてね、毎回私の珍事件に真摯に向き合ってくれた。とはいえループが起きれば、また私は彼にとって一見に戻ってしまうのだが」
「ループが起きたとき、あなたは記憶を持ち越せるんですか」
アタシは聞いた。
「もちろんだ、ゆえに苦悩する羽目になる。いや、記憶があるだけマシか。もしそれがなかったら毎回新鮮な気持ちで2016年を迎えられるが、原因不明の老化現象に悩まされるだろうな。まさに痛し痒し……いや痛し痛しか」
言って山田老人は自嘲気味に笑った。
「話を戻すが、29回目のループはいつもと様子がちがった。きみの叔父さん……多々木探偵の様子がね。私が身の上話をはじめると、ひどく真剣な表情をしたんだ。いつも(のループ)なら目を爛々とさせるところが、ね」
「なにが、ちがっていたんでしょうか」
「とうぜん私も気になったさ。それで彼に聞いたんだ。『私、何かヘンなこと言いましたか』って。ヘンなことしか言ってないのは承知の上でだが」
「それで、叔父の反応は?」
「彼は困っているようだった。そしてそのわけを私に話してくれた。いわく、『べつの人からもおなじ相談を受けた』と」
「まさか、」アタシは思わず叫んだ。「青木さんが!」
「それを聞いたときの私の心境は複雑だった。おなじ境遇の仲間がいることに安堵した反面、その仲間を救ってやる手だてがないことに歯痒さもおぼえた。私は、言ってみれば人生を終わりかけの老兵だが、その青年はまさにこれから私とおなじ目に遭うわけだから」
「叔父が、顧客である青木さんの名を漏らした……」
「意外だったかな?」
「……ええ。子どもっぽい人ですが、そういうコンプライアンス的なことには人一倍うるさいですから」
「実際、多々木さんはしたたかだよ。顧客情報も手札のひとつという感じだった。だが言うほど大したことじゃない。青木岳人という名前と彼が青年であること……。私がしったのは、それくらいだ」
「では、ことの子細は聞かなかったと?」
「聞いたところで私にはどうすることもできないし、つぎのループまで憶えていられるかも自信がない。記録を残しても持ち越せないんだ。老人の記憶力を当てにしてはならない」
会話が途切れた。いちおう、赤丸の謎以外は解けたのかな? アタシなりに要点をまとめて聞いた。
「あなたはただ、いつもどおり、つぎのループを待ったと」
「そういうことだ。今回で30回目だが、また面白い変化があった。探偵さんが美しい姪御さんに代わっていた」
「そんな、美しいだなんて本当のこと……」
アタシの寒いギャグに山田老人は白い歯を見せた。老人らしからぬキレイな歯をしていた。
ウソでしょ?
消えた。老人のすがたが、一瞬で。
振り返ったら消えていたとかではなく、本当に予告もなく、音もせずに……。
つぎのループへと旅立ったのだろうか。でも、まだ4月3日だよ? あるいは寿命が尽きたか。死がいまみたいな一瞬の消滅であればいいな、とアタシはちょっと思った。
えっ、てゆうか報酬は? やはり前払いでいただいた100万円、多すぎると思ったんだ……あれで終わりか。