サングラス
アタシのムチャ振りに一瞬お道化てみせた山田老人だったが、すぐ真顔になると希望どおり帽子とサングラスを外してくれた。
「メガネなしのほうが似合う?」
とクソ寒いギャグまで添えてくれた。いや、それグラサンやし。
あらためてマジマジと老人の顔を覗き込む。失礼は重々承知だ。が、ぜったい見誤ってはならない。
「ちがう……ちがうわ」
思わず心の声が漏れ出た。アタシの当てはハズレた。
「そろそろ説明してくれないか、お嬢さん」
まだ心臓がバクバクしている。大きく深呼吸してからアタシは口を開いた。
「自分でもバカげていると思います。でも、考え出したら止まらなくて」
「考えとは?」
「山田一郎は偽名で、あなたの正体は青木岳人なんじゃないかって」
荒唐無稽なアタシの発言に老人は手を叩いて笑った。
「するとアレか、私が紹介した青木青年のほうが偽モノってわけか」
「いいえ、どちらもホンモノです。お年を召されたほうが、あなたではないかと」
「そんなSFめいた話……」
そう口にする老人の目はどこか寂しげだった。
当たらずとも遠からず、そんな感触を得た。老人と青木岳人。彼らの身の上には超常的な何かがきっと潜んでいる。
「私は山田一郎だ。青木という青年には会ったこともないし顔もしらない。なぜ、この世界に青年と老人のふたりの青木が存在すると、きみは思ったのかね?」
「質問で返してすみませんが、あなたは青木さんの身の上に何が起こったか、ご存じですか?」
「しらない。憐れな身の上とだけ聞いている」
「アタシが青木さんから聞いた話をいまここでしても、いいですか」
「いいだろう」
事務所で青木が語った内容をそのまま山田老人に話した。途中、老人はサングラスをかけ帽子を被り直した。青木の身の上話は老人にとって苦痛だったかもしれない。それで表情を読み取られまいと……。
アタシが話し終えるのを待って老人はゆっくりと口を開いた。
「なるほど。青木青年は時間の虜となったわけだ。彼はおなじ2016年を何度も繰り返す……だが肉体は否が応にも歳をとる。その老いた果てのすがたが私だと、水戸さん、きみは考えたんだね」
「ええ。彼を助けたいというあなたの気持ちは、そのまま自分を助けることだと……。それと、いちばんの決め手は電話番号です。新聞広告に出ていたウチの事務所の番号に赤丸をつけた人物、それはあなた以外に考えられません。さもないと、青木さんがウチに連絡してくることをあなたは予見できないはず」
「なるほどなるほど、たしかに面白い仮説だ。筋も通っている……ようだが、青木の身体が青年と老人の2体に分裂するというのは、ちょっと展開が苦しくないか?」
「そうですね……しかも、仮説自体がまちがっていました。あなたと青木さんは似ても似つかない。青木さんに歳をとらせても、あなたにはならない」
「すると、あれだ。ふたつ疑問が残る。ひとつは誰が電話番号に赤丸をつけたか。もうひとつは、青木がきみに連絡することを私がどうやってしり得たか。だな?」
老人の問いにアタシは深くうなずいた。どっちが探偵か、わからなくなってきたぞ?




