想定の範囲
美人だ。アタシは美人だ。ンなこたあ、わかっている。言われ慣れているしね。性格ブスだしね……って、やかましいわ!
さて。ここからが、むずかしいところである。
アタシはこの青木岳人という男の相談に乗るよう、依頼人の山田老人から言われている。しかも、できるかぎり親密に。
ゆうたら青木さんに甘く接するわけだ。が、ここが大事! けっして彼に舐められたりつけ込む隙を与えては、ならない。
アタシは彼の相談役になるのであって、奴隷になるわけじゃない。彼がどんな性癖を持っているか、わかったものじゃない。
そこまで警戒する必要はないと思うが、念のため。
警戒しているのは、たぶん青木さんもおなじだろう。いや緊張というべきか。
彼はふつうのお客さん、つまり依頼人ではない。ほとんどわけもわからず、この探偵事務所の門戸を叩いたのである。
その緊張を解いてあげるべきだ。それにはケーキだ。経費で買ったケーキだ。
「いま、お茶を淹れますね」
言ってアタシはシンクに立った。ケーキとお紅茶のセットを持って戻り、それらをガラステーブルに置いた。
「甘いものは大丈夫ですか」
「すみません、いただきます。……じつは今朝から何も食べていなくて」
言うが早いか彼はフォークを手に取った。
ふふ、それは毒だぞとアタシは内心ほくそ笑んだ。毒かってゆうくらい、おいしいぞ。それじゃアタシも、いただきまーす。
「水戸さん、これからオレが話す内容は、誰にも言わないでくださいよ?」
ケーキをつつきながら、とつぜん彼が言った。
「それは……んっ、」
若干喉が詰まりそうになったので、アタシは紅茶をひと口飲んだ。
「それはできません。すくなくとも依頼人には報告義務がありますので」
「依頼人て、例の『あしながおじさん』っすか」
「ええ、そうです」
すると彼は納得したようにうなずいた。
「その人ならべつに、いいです。でも、ほかの人には言わないでください」
「ええ、それでしたら。お約束します」
「オレ、未来からきたんです」
ウソでしょ。未来から、こないでしょ。
……まあまあ、これくらいは想定の範囲内だ。犯罪性のある内容じゃなくて、むしろ安心した。
人を殺したとか大金を盗んだとかって告白をされたら、さすがのアタシもお手上げだ。警察へ通報するしかない。
いくら依頼人から報酬をいただいているとはいえ、犯罪者の肩を持つわけにはいかない。
探偵も良識ある一市民であることを忘れるな。これは叔父の名言である。
そんなわけで、青木さんのSFめいた話をとりあえず最後まで聞いた。これがなかなか面白かった。よく、できている。
ある朝目覚めると過去にタイムスリップしていた。そこは1年前の世界だった。まあSFでは、あるあるの設定だ。
彼の話はその設定を上回っていた。彼はそのタイムスリップを、すでに何周かしている可能性があるというのだ。
それを示唆する小道具として、偽札に見立てた新聞紙の束が登場する。その束は周回を重ねるごとに増えているそうだ。
さらに! 彼はウチの事務所の電話番号をその紙束から見つけ出したという。紙面の切れ端に赤ペンで丸がしてあったらしい……。
萌えた、いや燃えた。これは探偵魂に火が点きますよ。
青木さんの話を頭ごなしに否定するわけにはいかない。タイムスリップの件はさておき、電話番号については看過できない。
依頼人・山田一郎の行動がヘンだ。ヘンすぎる。
アタシの思いつくかぎり、紙面に赤丸した人物は山田老人をおいて、ほかにない。さもないと青木さんがウチの事務所に電話してくることを、老人は予見できないからね。




