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 遺影の中の笠井稜介は、見れば見るほど聖美に似ていた。

 実際に対面したものでなければ女性と言われたら信じてしまうことだろう――だが、それももう叶わない。

 前世では同じく女性と見紛うような顔形をしてた恭二は、どこか稜介に親近感を抱いていた。年齢も同じ二十歳だ。


 稜介は大学のサークルの飲み会からの帰宅途中に通り魔によって刺殺されたのことだった。殺害現場は飲み会のあった焼肉屋から十二メートルほど先の路上。聖美の自宅から十五分程度で行ける場所だった。


 そのことを知った恭二の頭に、一つの仮説が生まれた。


 (まさか……稜介さんは人違いで?)


 聖美と稜介の容姿はよく似ている。そして犯行当時は夜も更けて現場周辺は暗かったはずだ。二人を間違えることも考えられなくもない。


 (やっぱり、あのときに顔を見られた?)


 若尾頼子のとき、犯人は恭二の存在に気付いていたのだろう。彼に自分の犯行を邪魔されたと思い、今度こそ恭二自身を狙った。


 もちろんあくまで恭二の推測に過ぎない。だがこれがもし仮に犯人の動機だとしたらまた命を狙われるおそれがある。どんな可能性も考慮し、用心するに越したことはない。



 葬儀の執り行われている斎場では普段は滅多に顔を合わせることがなく、中には顔も名前も知らないような遠縁の親戚が揃い、一様に沈痛な表情を浮かべて身動ぎせず僧侶の読経に耳を傾けている。

 

 もっとも、恭二にしてみればその全員とこの日が初対面だったが。


 鼻をすする音に顔を向ける。泣き腫らした顔の初老の女性と、きつく数珠を握りしめた白髪の男性――稜介の両親だ。


 (僕のせい……なのか?)


 二人の姿が目に入る度、恭介は自責の念に胸を痛めずにはいられない。


 自分という異物がこの世界に混入したせいで元の未来が変わった――もし自分がいなければ稜介は死なずに済んだのではないか、と。

 だが一方でもし自分がいなければ聖美の人生は終わっていたし、若尾頼子を救うこともできなかったことも理解している――理解はしているが目の前で愛する息子を失った両親が悲しむ姿を見て、そんな風に自分を納得させることなどできるはずもなかった。


 稜介が狙われることなど恭二の記憶にはない。知りようがなければ防ぎようもない。前世で起きていない物事は予想も予測もしようがない――彼の頭脳はいたって平凡で、他に特別な才を持っているわけでもない。


 (笠井さんだったら、どうなってたんだろう……稜介さんの死を、防げたんだろうか?)


 それこそ考えても詮のないことだ。現実として聖美はもういないし、仮にいたとして彼女にどうにかできる根拠などない。

 ただ自分にできないことでも彼女ならできたのだろうかという毒にも薬にもならない、いうなればただの想像でしかなかった。


分かっている。誰に言われずとも分かっている――だが今日ぐらいは許してほしいと、恭二は思った。


 僧侶の読経後は遺族、親族の焼香が始まる。前列から順に席を立ち、祭壇に向かい合い焼香を済ませていく。


 やがて自分の番になったショートヘアのふくよかな女性が腰をあげる。


 葬儀前の挨拶で彼女のことは知っている。檜垣志穂ひがきしほ――稜介の実の姉だ。


 志穂の態度は寡黙な女性と印象を恭二に与えた。だがそれ以外にも彼の頭には、かつて稜介から聞いた『新興宗教にのめり込むあまり家計を圧迫している』という志穂に関する事前の情報があった。

 直接会話した際にはそれらしい気配は微塵も感じられなかったが、志穂が立ち去った後に彼女の夫である檜垣文也ふみやが、


 「……何か、変なこと言われなかった?」


 と周囲をはばかってか小声で訊ねてきた。変なこととは何かと恭二が質問で返せば、


 「いや、何もなかったならいいんだけど」


 その表情から日頃よほど苦労しているらしいことが感じられた。

 文也が言うに志穂は宗教の勧誘やビラ配りまでしているらしく、それによるトラブルも多いという。心から同情はするが恭二にできることはない。頭を悩ます問題は事件だけで充分だ。


 祭壇の生花で遺体の飾り、最後の別れを済ますと棺は霊柩車に乗せられる。恭二ら家族は自分たちの車に

乗り込み、先導して走行する霊柩車の後について火葬場へと向かう。


 稜介の遺骨があがったのは、一時間ほど経った後だった。


 恭二にとっての稜介は、ただ一度会ったきりの人物だ。そのせいかどうか、悲しいという感情は湧いてこなかった。

 聖美にとっての稜介はどういう存在だったのかと考えてしまう。彼女は悲しむだろうか? 涙を流すだろうか? 


 (僕は、この場にいていい人間じゃないのに……)


 この中で自分だけが、縁もゆかりもない赤の他人だという事実――その事実を知っているのもまた、自分のみ。

 

 それは誰に理解されることのない、孤独だった。


 「記憶がなくても、やっぱり辛いのね……二人は小さいときから仲が良かったから」


 誰かのそんな声がした。恭二の沈んだ表情を誤解したのだろう。


 やがて骨あげ、納骨――葬儀に携わった人たちを労う会食を最後に、笠井稜介の葬儀は終了した。




 翌朝――恭二はいつも通りの時刻に起床し、朝食を済ませて自宅を出た。

 昨日の葬儀を引き摺ったままで、気分は晴れない。それでも今の日常をないがしろにはできない。


 校舎に近付くにつれて他の生徒たちの姿が増えてくる。恭二もまた彼らの作る流れに加わり、見知った顔と交わしながら学校まで歩く。


 昇降口を入り、革靴を脱いで自分の下駄箱を開き、中から自分の上履きを取り出――


 「……?」


 ――そうとしたとき、一緒に紙切れが足元に落ちる。誰かが入れた物だろう。訝しく思いつつも恭二は紙切れを拾い、書かれている内容を確認しする。


 その紙切れには、こう書かれてあった。





 『放課後に話がある。美術室まで来てほしい     相坂恭二』

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