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友達転移  作者: 龍翠
一人目 勇者アイリ
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 食料などの買い出しを終えて宿屋の部屋に戻ると、ヒナはグレイを枕にして寝息を立てていた。アイリに気づいたグレイが渋面を作る。アイリは特に何も言わず、買ってきたものをテーブルに置いた。


「疲れていたのね」


 小声だったが、グレイはしっかりと聞き取ったようで頷いた。


「そのようだな。まあ、見知らぬ土地に放り出されたのだ。当然だろう」

「そうね」


 その気持ちはアイリにも分かる。アイリにも、異世界ではなかったとはいえ、経験のあることだ。だからこそ、帰る場所のあるヒナを早く帰してやりたいと思っている。


「起こすか?」


 グレイの問いに、ヒナは緩く首を振った。


「必要ないでしょう。夕食の時間に起こすわ。それまでは私もこっちを試してみるから」


 そう言って黒い穴から魔方陣の紙を取り出す。グレイは、そうか、と頷いてそれ以上は何も言わなかった。

 魔方陣の紙を取り出した後は、買ってきたものを全て放り込んでいく。終えたところで黒い穴を消して、魔方陣へと魔力を流し始めた。

 その後、村長が食事を運んでくるまで、ヒナはずっと眠り続けていた。




 食事は味の薄いスープと硬く焼かれたパンだ。ヒナはパンを食べるのに苦労している。アイリとグレイが簡単にかみちぎっているのを見て、しきりに首を傾げていた。


「ヒナ。食べながらでいいから、少し話をしましょうか」


 全て食べ終えてからアイリが言うと、パンを必死になってかみちぎろうとしているヒナが首を傾げつつも頷いた。


「この世界について、何か知りたいことはある? 答えられるものなら、教えてあげるわ」


 どうせ暇だしね、とアイリが続けると、ヒナは複雑そうな笑顔で、ありがとうございますと頷いた。


「それじゃあ……。魔族ってなんですか?」


 アイリはわずかに眉をひそめた。いきなり難しい質問だ。何だ、と聞かれると一言で説明することはできない。アイリは腕を組んでしばらく考えて、やがて口を開いた。


「魔族は、魔獣が進化したものだと言われているわね。人族と同程度の知能を持つ異形の者。それが魔族よ。もっとも、中にはグレイみたいに、魔獣なのに人の言葉を解するのもいるけれど、これは本当に稀ね」


 アイリも今のところグレイしか見たことがない。だが、他にいないとも限らない。時間があれば探してみるのもいいだろう。


「次は?」

「人族と魔族はどうして争っているんですか?」


 よどみのない、真っ直ぐな問いだった。おそらく、いつからか必ず聞こうと思っていたのだろう。アイリの持つこれの答えは簡単だ。


「分からないわね」

「え?」


 間抜けな顔をさらすヒナ。その顔がおかしく、アイリは噴き出しそうになるのを必死に堪えた。


「分からないのよ。私が生まれるよりもずっと昔から、魔族とは争い続けているらしいから。本当の理由を知っている人なんて、もうほとんどいないでしょうね」


 その答えがよほど衝撃だったのか、ヒナは目をまん丸に見開いて固まっていた。その反応は分からないでもない。魔族に対して思うところのない者ならその反応になるだろう。

 人族は、そしておそらく魔族も、今となっては仲間を殺された恨みで戦い続けている。今更止めることなどできず、完全に泥沼化していると言えるだろう。最早、どちらかが絶滅するまで続けるしかない。

 もしくは、どちらかの頂点が倒れるか。

 言葉を選びながらそれを伝えると、ヒナは悲しげに目を伏せた。


「まあ、こんなことは気にしなくていいわ。この世界の問題だから。他に聞きたいことはある?」

「それじゃあ……。地図とかありますか? 一度見てみたくて」

「地図? 一応、あるにはあるけれど……」


 アイリが黒い穴から大きな羊皮紙を取り出した。食器を片付けて、テーブルの上に広げる。ヒナは早速とばかりにそれを見て、顔をしかめていた。


「適当ですね」


 地図には大きな丸が二つと、あとは周辺に小さな丸が描かれている。大きな丸にはいくつかの小さな黒い点があり、そこに地名や国名などが書かれていた。当然ながら、大陸も島も丸い形をしているわけではない。だが正確に調べることなどできないので、どうしても大雑把な書き方になる。


「地図なんてこんなものでしょう。それとも、ヒナの世界では違うの?」

「すごく正確ですよ。距離はもちろん、山とかは高さも分かります」

「どうやって調べているのよ……」


 アイリの知る地図にも、もう少し詳しく書かれているものはある。だがそれでもやはり、細部は違っていて当たり前だ。ましてや山の高さなど書かれておらず、ただ山があることしか分からない。


「羨ましいわね。そんな地図があれば、すごく楽になるのに」


 せめて作り方ぐらいは知りたい。そう思うが、しかしすぐに首を振った。ヒナの知る技術は異世界のものだ。ここではあまり使わない方がいいだろう。


「まあ、地図の正確さは今はいいわ。狭い範囲でなら魔法である程度どうにかなるし」

「ずるい」

「ずるくない。話を戻すけど、私たちがいるのは南の大陸の、このあたり」


 アイリが指し示したのは、下側の丸、その右上だった。


「イフリという国よ。ちなみにこの南側の大陸に人族は住んでいるわ」

「じゃあ、北側は……」

「魔族たちが住まう大陸。必然的に、イフリの北側と北の大陸の南側は戦争が繰り返されているわ」


 戦争と聞いてヒナが顔をしかめた。どうやらヒナは、大きな戦とは無縁の生活を送ってきたらしい。ずいぶんと平和な世界にいたのだなと思い、素直に羨ましいと思ってしまう。そんな世界に生まれていれば、アイリも剣を手に取ることはなかっただろう。

 現実逃避だな、とアイリは自嘲気味に笑った。今更、生き方を変えることなどできるはずがない。アイリは気持ちを切り替えると、ヒナへと改めて視線を投げた。


「他に知りたいことはある?」


 ヒナは少し考えるように天を仰ぎ、やがて首を振った。


「大丈夫です。また聞きますね」

「いいわよ。いつでもどうぞ」


 地図を黒い穴に入れ、一息ついた。二人で水を飲む。ただの水だが、一人で飲むよりも美味しいと思えるのが不思議だ。そう思ったところで、アイリは眉根を寄せた。

 このままでは、まずい。ヒナはいずれ自分の世界へと帰らなければならない。その時に、寂しいと感じてしまわないようにしなければならない。でなければ、別れが辛くなる。


「とりあえず今日はもう休みましょう」


 妙な思考に入りそうになった時は寝てしまうに限る。アイリが席を立つと、ヒナもすぐに立ち上がった。


「はい。おやすみなさい、アイリさん」

「ええ。おやすみ、ヒナ。グレイ、見張りはよろしく」

「了解した」


 アイリは満足そうに頷くと、ベッドへと潜り込む。グレイは床で丸くなり、目を閉じた。ヒナはその様子を不思議そうに見つめていた。


「ヒナ、どうしたの?」


 聞いてみると、ヒナはグレイを見つつ、


「グレイさんはいつ寝ているんですか?」

「え? ああ、まあ気になるわよね……」


 ヒナの世界に魔族も魔獣もいないらしい。それならば、気になって当然だろう。


「魔獣は完全に眠らずとも休むことができるのよ。どれだけ深く寝入っているように見えても、実際は意識の一部は起きたままらしいわ。だから、何かあればすぐに気が付く。まあ、私もグレイに聞いただけだから詳しくは分からないけど」


 グレイの感覚なのでアイリには分かるはずのないことだ。だが、グレイは信頼できる仲間だと思っている。故に、気にする必要もない。


「そうなんですか……。よろしくお願いします、グレイさん」

 ヒナがグレイへと頭を下げると、グレイは尻尾を一度だけ揺らした。



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