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友達転移  作者: 龍翠
一人目 勇者アイリ
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「あ、あはは……」


 ヒナの乾いた笑い声。少し恥ずかしくなるが、まともな料理など練習したことすらないので取り繕うこともできない。


「アイリさん、かわいいんですから、料理も練習しましょうよ」

「余計なお世話よ」


 ヒナの両頬をつまみ、引っ張る。いたいいたい、とヒナがアイリの腕を叩く。しばらくそうしてじゃれ合っていたが、


「山火事でも起こしたいのか?」


 グレイの冷めた視線を受けて、慌てて作業へと戻った。

 じっくりと温めて、もういいだろう、という感覚を頼りに火を消す。器を取り出して、即席のスープで満たしてヒナへと渡した。


「ありがとうございます」


 ヒナは礼を言って受け取り、早速口につけた。そして一言。


「アイリさん。味が薄いです」

「贅沢言わない」

「はい。ごめんなさい」


 素直に謝り、食べ始める。アイリはそんなヒナの様子を見て、満足そうに頷いた。


「ちゃんと食べられる味みたいね」

「え? もしかして毒味ですか!?」

「失礼ね。毒は入っていないわよ。ただ、まあ、たまにだけど、ものすごく不味くて食べるのに苦労することがあるから」


 信じられないものを見るかのようなヒナの視線。アイリはスープに口をつけながら、そっと視線を逸らした。


「グレイさん……」

「残念ながら、事実だ。お前も覚悟しておいた方がいい。いずれ味わえるだろう」

「味わいたくないですよ……」


 ずいぶんな言われようだが、事実なので反論することもできない。三日前に食べたスープは過去三番目には来るだろう不味さだった。話をしていてグレイもそれを思い出したのか、身震いをしている。そのグレイの前にスープの皿を差し出すと、びくりと大げさに体を震わせた。

 グレイはしばらくそのスープを凝視していたが、やがて口につけて、安堵の吐息を漏らした。


「何もそこまで警戒しなくてもいいじゃない」


 アイリが少しだけ頬を膨らませると、グレイが冷たく笑う。


「まともに食べられるものを作ってから言え」

「…………。努力はするわ」


 正直なところ、自分とグレイだけなら、本当に腹に入ればいいと思っている。だがそれをヒナにまで押しつけるのはさすがにかわいそうだろう。近いうちに、誰かから料理を教わろうかと思う。


「面倒なことが増えている気がするわね……」

「はい?」

「何でもないわ。独り言よ」


 小首を傾げるヒナに、アイリはぞんざいに手を振る。ヒナは不思議そうにしながらも、食事を続ける。

 アイリはスープを食べながら、黒い穴から魔方陣の描かれた紙を取り出した。ヒナの世界に繋がる魔方陣だ。地面に置いて、それに魔力を流し始める。仄かに光るのだが、やはりそれだけだ。


「繋がらないわね」


 予想通りではあったが、少しだけ残念にも思う。ヒナを見てみれば、悲しげに眉尻を下げていた。


「美味しい料理が食べたかったなあ」

「いい度胸ね?」


 食器を地面に置き、その手でヒナの頬をつまむ。引っ張ると、いたい、とヒナが腕を叩いてきた。


「いたいですいたいです、冗談ですから……!」

「だめ。許さない」


 ぺちぺちと、ヒナが何度も腕を叩く。アイリはそれを無視して頬をひっぱり続ける。もちろん、強くは引っ張っていない。じゃれ合い程度のものだ。

 そんな二人の様子を、グレイは目を細めて見つめていた。


   ・・・・・


 その女は、暗い部屋でいすに座り、白いベッドを見つめていた。何をするでもなく、ただただ見つめているだけ。本当に、それだけだ。

 この部屋、病室で長期間暮らしていた少女は、その祖父、つまり女の父が死んでから間もなく姿を消してしまった。どこに行ったのかは分からない。すぐに見つかるだろうと思っていたが、死体すらも見つからない。


 女の娘は、生まれつき体が弱かった。理由は分からない。原因不明の病。少しでも『外』に出れば、一日も持たずに体調を崩し、高熱を出してしまう。多くの医者が原因を調べようとし、今も調べているのだが、未だに分からないままだ。

 故に。この病室から娘が姿を消した時、皆が必死になって探していたが、一日経ってしまうと誰もが諦め始めた。女もそうだ。娘の体の弱さを知っているがために、生存は諦めてしまっている。もちろん生きていてほしいとは思うが、それが難しいことはよく知っている。


「陽奈……。どこに行ったのよ……」


 父を失い、続けて我が身より大切な娘まで失った。もう、生きていく価値はないとすら思える。


「陽奈……」


 真っ赤な目から涙が流れる。もうずっと泣き続けている。涙を止めることすらできない。

 だから。

 絶望に沈む女は、テーブルに置かれている本から光が漏れていることに気づかない。

 やがて部屋の扉が開いて照明の光が差し込むと、本の光は紛れて見えなくなってしまった。


   ・・・・・


 翌日。昨日と同じ朝食を済ませ、歩き始める。ヒナはグレイの背に乗って、周囲の景色を楽しんでいた。代わり映えのない森が続くが、それですらもヒナにとっては珍しいものなのだろう。その様子を見ていると、アイリの頬も自然と緩んだ。


 しばらく歩き続け、太陽が天高く昇った頃、ようやく森を抜けることができた。

 森の先は広い草原だ。視界に広がる緑の絨毯は、地平線まで続いている。道はなく、彼方に村のようなものが微かに見えるのみだ。


「このままだと、到着は夜ね」


 アイリが呟くと、グレイがこちらへと目を向けた。


「急ぐか?」

「そうね……。日没までには入りたいし、少し急ぎましょう」

「了解した。ヒナ、しっかり掴まっていろ」


 グレイの上で、ヒナはしきりに首を傾げている。どうやら、これから何をするのか分かっていないらしい。説明するのも面倒なので、アイリは準備として足に魔力を流していく。分からないなりにも何かを察したのか、ヒナはグレイの体にしがみついた。

 グレイにしがみついて小さくなるヒナ。それを微笑ましく思う。アイリは村へと体を向けると、


「行くわよ」


 駆けだした。

 今までとは比較にもならない速度でアイリは走る。そのすぐ後をグレイが続き、


「わああああ!」


 ヒナの悲鳴のような叫び声が、最後に続いた。


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