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「気に入ってもらえて良かったです! 大福と煎餅も美味しいので、楽しみにしておいてください!」
「無理だな」
え、と固まるヒナに内心で苦笑しつつ、ゼストはカステラの半分を平らげると、大福の袋に手を伸ばした。透明な袋の中には白く丸いものが二つ入っている。袋に穴を空けて、その一つを取り出した。
これもまた、柔らかかった。カステラよりも柔らかく、潰してしまいそうになる。カステラと同じようにこれも丁寧に扱い、口に入れた。
カステラよりも、甘い。だがくどいというわけでもなく、自然な甘さだ。黒く甘いものを包んでいる白いものは柔らかく伸びて、ゼストを驚かせた。
「一気に食べてしまうとお楽しみがなくなりますよ」
ヒナが苦笑しつつ、もう一個の大福を口に入れる。だらしなく相好を崩すのを見ると、ヒナもこの食べ物が好きなのだろう。それを見つつ、ゼストは最後の袋を手に取った。
「あ、それは柔らかくないです」
「ふむ……。確かに、中身は固いようだな」
ヒナの指示に従い、袋の上部を開く。中身を取り出すと、掌程度の大きさのものだった。ヒナの言う通り、確かに固い。憶えのない匂いに興味を惹かれ、口に入れた。
「……っ!」
独特の風味だ。覚えのない味のはずだ。だというのに、とても懐かしい。間違いなく食べたことはない。それなのに、どこかでこれと同じものを食べた気もする。昔、ずっと昔に。
「ゼストさん?」
ヒナに声をかけられ、はっと我に返った。心配そうにこちらを見るヒナに愛想笑いを返し、もう一枚、煎餅を口に入れる。
「あ、ゼストさん、私も!」
両手をゼストの目の前に突き出してくる。ゼストは苦笑しつつも、煎餅を三枚ほどヒナの手に置いてやった。ヒナはすぐに一枚を口に入れて、やはり相好を崩した。本当に幸せそうな笑顔だ。ヒナはこの煎餅を食べると、いつもこの笑顔を見せてくれる。
――……は?
そこまで考えて、ゼストは凍り付いた。何故、昨日会ったばかりの自分がそんなことを知っているのかと。見覚えのない菓子だったはずだろう。
「煎餅にも色々と種類があるんですけどね」
ヒナが煎餅をかじりながら口を開く。口の中を空にしろ、と言いたいところだが、未だ困惑から抜けきっていないゼストには注意することができない。ヒナが続ける。
「この煎餅は、おじいちゃんが好きなものだったんです。私のお見舞いの時に、よく持ってきてくれていました。懐かしいなあ……」
ヒナの瞳が潤んでいく。ゼストはそれを、呆然とした様子で見つめていた。
やがて、
「陽奈……?」
ゼストの口から、声が漏れた。
「はい? 呼びました?」
ヒナが首を傾げる。ゼストはすぐに首を振り、曖昧な笑顔を浮かべた。
「いや、何でも無い。気にするな」
「そうですか? ならいいですけど」
ヒナが再び煎餅を口に入れる。ゼストも同じように煎餅を口に入れながら、混乱する思考を落ち着かせるために必死になっていた。
ゼストの古い記憶は、他の者たちとは明らかに違うものだ。
目の前には翼を持つ美しい女。女が言う。
――お疲れ様でした。
悲しげに眉を下げ、儚げに微笑む。その笑顔を見るのは、二度目だったはずだ。
――あの子に関しては、貴方の望みの通りに。貴方と同じように、あの子にも加護を与えましょう。
女が言う。歌うように。囁くように。
――二度と会えないというのは、寂しいでしょう。少しだけ、考慮してあげますね。
そして。
――では、次こそは良き人生を。
そこで、古い記憶は終わっていた。
「心の準備はいいな?」
ゼストがヒナへと声を掛ける。ヒナは犬の耳や尻尾が気になるのか落ち着かない様子だったが、しっかりと頷いた。
現在、ゼストがいるのは城下町の裏路地だ。表の通りとは違い暗い雰囲気だが、それ故に内緒話をするには適している。もっとも、それは誰もが分かっているがために、兵がそれなりの頻度で見回りをしているため、少しばかり面倒な場所でもあるのだが。
この裏路地をさらに奥へと行けば、ならず者などが住む区画へとたどり着く。行く必要のない場所なので、そこに案内するつもりはない。
ヒナが持ってきた菓子を食べ終わった後、ヒナをこの場所に連れてきていた。城が目と鼻の先にある通りで、この街で最も賑わっている通りだと言っても過言ではない。友達ができればここを案内しようと考えていたのだが、無事に目的は達成されたというものだ。
「ゼストさん。本当に魔族に見えますか?」
ここに来てから何度目かも分からない言葉。ゼストは呆れたようにため息をつきながら頷いた。
「心配せずとも、魔族に見えるぞ。俺がそう見えるのだから、他の者が分かるはずもないだろう」
「うう……。信じますよ……」
ゼストは笑いながら、大丈夫だとヒナの頭を撫でてやる。ヒナはまだ疑わしそうにしていたが、やがて小さくため息をついた。
事実、何も知らない者が見ればヒナは魔族だと言うだろう。その程度には、変身魔法には自信があった。もし看破する者がいたとしても、ゼストなら力尽くで黙らせることもできる。何も問題はない。
「今、背筋が寒くなったような気が……」
「気のせいだ」
ヒナの勘の鋭さに少しばかり驚きつつも、ゼストはヒナの手を取って表の通りへと歩き出した。
城下町の通りは、馬車がすれ違えるように広い通りとなっている。通りの真ん中や外側には木々が植えられ、人々はその木々の外側を歩いていた。並ぶ商店は服飾店や飲食店など様々だが、どこもよく賑わっている。
「わあ……」
ヒナが感嘆のため息を漏らし、ゼストは満足そうに頷いた。
「さて、まずはどこから行こうか。アクセサリーか、食べ物か、それとも……」
「食べ物」
即答だった。ゼストは一瞬呆気に取られたが、すぐに苦笑を浮かべて頷いた。
ヒナの手を取り、歩き始める。通りに出ると、他の者からの視線を感じるようになった。しかしそのどれもが、すぐに興味を失ったかのように逸らされた。
いつものことなので、ゼストは気にせずに歩いて行く。しかしヒナは困惑しているようだった。
「魔王様が外を出歩いているのに、誰も何も言わないんですね」
ヒナの呟きに、ゼストは苦笑しつつ頷いた。
「俺の顔を知っている者など、限られているからな」
壁|w・)また和菓子なんだ。すまない。
今回の好物はおせんべいです。いいよねせんべい。
醤油味が至高。異論は認めます。




