5
まだどうしても疑ってしまうのだが、食べなければヒナはずっと催促してきそうだ。仕方なくゼストはそれを口に入れて。
そして大きく目を見開いた。
本当に、甘い。その甘さの中に、果物の味も仄かにする。その上、石だと思っていたのだが、噛まずに舐めていると少しずつ小さくなっていくのが分かった。どうやら舐めて溶かして、味を楽しむもののようだ。今まで食べたことのないものだった。
「これは……美味いな……」
ゼストが呻くように言うと、ヒナは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「でしょう! 私のお気に入りのお菓子です! まだまだありますよ」
「ふむ。もらおうか」
次は真っ白なあめだった。これはどんな味だろうかと期待しつつ口に入れる。
「……っ!?」
予想とは違う味だった。鼻が通るような妙な感覚に顔をしかめていると、それに気づいたヒナが噴き出した。
「ハッカ味ですね。私はそれがとっても嫌いです。存在意義が分かりません!」
「ふむ……。確かに予想と違って驚いたが、これはこれで悪くはないぞ」
ゼストがそう言うと、ヒナの目が不機嫌そうに細められた。理由が分からずにゼストが首を傾げ、ヒナが叫ぶように言う。
「ゼストさんは敵だ……」
「何故そうなる」
その後も二人であめを舐めながら、感想を言い合う。途中でのはっか味は全てゼストが食べることになったが、それなりに気に入ってきたので良しとした。
あめを食べ終えた頃には、すでに日が沈んでいた。
「ヒナ。そろそろ休むか?」
「ん……。そうですね。ちょっと眠たくなってきました」
はにかむヒナへと頷き、ゼストは部屋の隅のベッドを指差した。ヒナが目を丸くし、そしてすぐに自分の体を抱きしめ、
「それが目的だったんですか!?」
「なにがだ?」
目的とは何を指しているのか。ゼストが首を傾げていると、ヒナは頬をひきつらせてそっと目を逸らした。
「いえ、何でもありません。ちょっと軽く傷つきましたけど、何でもありません」
「意味が分からんが。まさか、俺がお前に発情するとでも思ったのか? 無礼だな」
「ゼストさんの今の発言こそが私に対して無礼ですよね!?」
あんまりだ、とテーブルに突っ伏すヒナ。ゼストは笑いそうになるのを堪えながら、ヒナへと言う。
「俺のことは気にしなくていいからベッドを使うと良い。心配しなくても、毎日シーツの交換などはされているからな」
「うう……。でも、いいんですか? ゼストさんが休めなくなりますよね?」
「問題ない。気にせずに休んでおけ」
だがヒナは遠慮し続け、ゼストがついに実力行使でヒナの軽い体をベッドに放り投げた。ベッドに頭から突っ込んだヒナはしばらく悶絶していたが、やがて体を起こし、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます、ゼストさん」
ヒナがベッドの中に潜り込む。ゼストはそれを確認してから、執務机の方に座った。仕事のほとんどは優秀な部下がやってくれているが、ゼストが確認しなければならない書類も数多くある。ゼストはペンを取ると、机の端に積まれている書類を手に取った。
黙々と、書類を読み、考え、サインをする作業を続ける。すでに周囲は闇に覆われているが、ゼストの魔族としての目はその中であっても物をはっきりと見ることができる。故に明かりがなくとも問題はない。
ふと側のベッドを見る。ヒナが整った寝息を立てていた。寝相も良く、先ほどから身動き一つしていない。むしろそれはそれで良くないとは思うのだが、ゼストが気にすることでもないだろう。
ゼストは、人の感情の機微を捉えることを得意としている。だからこそ、ヒナが明るく振る舞いながらも明確に自分に恐怖を抱いていることも分かってはいる。だが、ゼストはそれを非難しない。目の前に気まぐれで自分を殺せる相手がいるのだから、恐怖を抱いて当然だ。
恐怖を抱きつつも、ヒナはゼストに対して物怖じせずに接してくれる。それだけで、十分だ。
「友達を作る魔方陣、か。あながち誇張でもなかったな」
ゼストは小さく笑みを浮かべながら、再び書類に視線を落とす。
ただ一つ、気になることは。ゼスト自身が、ヒナの名前をどこかで聞いたことがある、ということだ。遠い昔、それこそ、生まれる前といっても過言ではない時に。気のせいだとゼストは苦笑して首を振った。
翌日。ヒナと朝食を食べながら、ゼストはこれからのことを考えていた。明日は会議があるが、今日はあまり忙しくはない。謁見の予定もないので、仕事は午前か午後のどちらかで終えることができるだろう。
「ヒナ。午前か午後か、街に行くのならどちらがいい?」
「ゼストさんにお任せします」
ヒナの即答に、ゼストは考え込んでしまう。任せる、というのが一番困るのだが、それは分かっているのだろうか。
「では、そうだな。午後にしようか。夕食を食べて、戻ってくればいいだろう」
「分かりました。朝はどうします?」
「俺は仕事がある。これでも王だからな」
胸を張ってそう言うと、ヒナの冷めた視線が突き刺さった。何故、と思っていると、
「王のわりに、半日は暇なんですね」
「…………」
ぐさりときた。これは、おかしいのだろうか。人間の王はどうなのだろうか。以前忍び込んだ時に、ついでに調べておけば良かったと今更ながら後悔してしまう。
「部下の人たちに押しつけてません? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。多分」
ゼストは頬を引きつらせながら、そう答えるだけで精一杯だった。
・・・・・
ゼストが肩を落としながら、仕事のために部屋を出て行く。陽奈はそれを見送りながら、余計なことを言ってしまったかなと少し後悔していたりもする。だが今更なかったことにはできないので、陽奈にはどうすることもできない。
「さて!」
ゼストから、絶対に部屋から出るなと言われている。陽奈もそれを了承している。だから陽奈はここから出ない。部屋『から』出ない。魔方陣から出ることにする。
「帰れるかな? 帰れたら、ゼストさんが戻ってくる前にお菓子を買ってこようかな。何がいいかな? ケーキとかどうかな?」
ゼストの反応を思い浮かべながら、陽奈はゼストの執務机に向かう。その机の隅に、魔方陣の紙は丁寧に折りたたまれて置かれていた。それを床に広げ、そして動きを止めた。
「どうやって使うんだろう?」




