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友達転移  作者: 龍翠
一人目 勇者アイリ
2/29


 誰にも使われることのなくなった廃屋に、その少女はいた。

 流れるような金の長い髪に蒼い瞳を持つ少女で、白銀の鎧をその身にまとっている。薄汚れたいすに座っている彼女の横には、鎧と同色の鞘に収まった剣があった。

 勇者アイリ。それが彼女の名前だ。相棒と共に、世界の果てにいる魔王を倒すために旅をしている。


 その相棒は、今はこの廃屋の前にいる。お前は休め、とでも言いたげに。

 アイリはそれに甘えて今ここにいる。所々が朽ち果てており、至る所に蜘蛛の巣がある小屋だ。使われなくなってそれなりの年月が経っているのだろう。

 少女の目の前には今にも倒れてしまいそうなテーブルがあり、そのテーブルには一枚の紙が置かれていた。今まで見たこともない魔方陣が描かれた紙だ。これは先日、助けた商人からお礼にともらったものだ。どういう理屈かなぜか描き写すことはできない。認識阻害の魔法でもかかっているのかもしれない。


 商人曰く、友人を作るための魔方陣らしい。これを使うと、友人ができるのだと。もっとも、多くの者が使おうとしても反応すらしなかったそうだが。

 魔方陣に手をかざす。ゆっくりと魔力を流していく。しかし、話に聞いていた通り、やはり魔方陣は何の反応も示さなかった。必要な魔力が足りていない、というわけでもないだろう。まず魔力を受け付けていないのだから。


「まあ、所詮はただの迷信ね。ばかばかしい」


 アイリは苦笑すると、指先で空中に円を描く。するとその内側が黒くなり、アイリは躊躇いなくそこへ手を入れた。目的のものを見つけ、すぐに引っ張り出す。指を振ると、黒い穴は消え失せた。

 空間魔法の一つで、魔力で小さな空間を作るというもの。作った空間はどこにいても開けることができる。広さは作った時に込めた魔力の量次第であり、アイリのそれは家一軒ほどの広さがある。というより、家そのものが入っているのだが。


 アイリが取り出したものは、薄く切った平たいパンと、これもやはり薄く切った肉だ。作り出した空間は、出入り口を閉じている限り時間の経過はとても緩やかになっている。そのため腐る心配はほとんどない。

 肉をパンに載せて、それを口に入れようとしたところで。

 突然、大きな音が室内に響き渡った。


 目の前のテーブルに、上から何かが降ってきた。アイリはすぐさま飛び退くと、剣を引き抜き構える。何が起こっても対処できるように、感覚を研ぎ澄ませていく。同時に、天井も確認。天井に穴は空いていない。転移魔法か何かによって、この部屋に直接落ちてきた、ということだろうか。

 舞い上がっていた埃が落ちていき、テーブルに降ってきたものを確認した。


 それは、人だった。アイリよりも幼い少女で、十代の中頃ほど。見たこともない、シンプルな衣服を身に纏っている。髪は首元まで伸びており、色は黒。この周辺では見ない色だ。

 しばらく待つと、少女が体を起こした。涙目で周囲を確認して、そしてアイリを見つけて、


「…………」

「…………」


 お互いに無言で見つめ合う。先に動いたのは、アイリだった。


「えっと……。大丈夫?」


 少女の戸惑いが演技ではないと判断して、剣を収めて少女へと問うた。少女は小さく頷いて、


「はい……。ここは、どこですか?」

「ここはイフリ国の、そうね……。東の方、で分かる?」


 少女は力無く首を振った。面倒なことになった、と思いながらも、アイリは別の問いを口にする。


「じゃあ、どこから来たかは分かる? 送ってあげるけど」

「その……。日本、です」

「にほん……?」


 少女が口にした言葉に聞き覚えはない。おそらくは国か街、地域の名前だとは思うのだが、そういった名前の地域はこの大陸にはなかったはずだ。面倒事に首を突っ込んだかもしれない。

 原因は、おそらくあの魔方陣だろう。何かの拍子で起動してしまったのかもしれない。

 どうしたものか、と考え始めたところで、高めの可愛らしい音が響いた。腹の音のようにも聞こえる音。少女を見ると、顔を赤らめて俯いていた。


「ご飯、食べる?」

「ごめんなさい……」


 落ち込み俯く少女に、アイリは思わず噴き出してしまった。




 壊れた家具を部屋の隅へと放り投げ、少し広くなった場所でアイリと少女は向かい合って座っていた。少女は渡されたパンを一心不乱に食べている。アイリが先ほど食べようとしていたもので、渡された少女は困惑していたようだったが、結局は食べている。小声で聞き取りづらかったか、生であることに不安を覚えていたようだった。


 少女が食べている間に、少女のことも聞き終えていた。

 名前は、なつきひな、というらしい。ひなが名前だそうだ。この辺りでは聞かない雰囲気の名前に、アイリは頭を抱えるしかない。少女がどこから来たのか、見当もつかない。


「ひなはここに来る直前は何をしていたの?」


 そう聞いてみれば、少女はむむ、と短く唸り、


「おじいちゃんからもらった本を見ていました。たくさんの模様が描かれた本で、その模様の一つを見ていたら、ここに来ました」

「その模様って、もしかして魔方陣?」

「多分、そうだと思いますけど……」


 やはり、この少女がここに来た原因はあの魔方陣にあるようだ。遠い場所を繋ぐ魔方陣なのだろう。今まで何も反応しなかったのは、こちらで起動していてももう一方が繋げられる状態にはなっていなかったため、だろうか。本に魔方陣があったのなら、本を閉じていれば発動しないはずだ。

 原因は分かった。あとは、どこに送ればいいか、だ。


「国の名前以外で、何か覚えていることはない? どんな場所があった、とか」

「そう言われても……。病院にずっといたので、分かりません」


 それを聞いたアイリは内心で首を傾げた。病院にずっといたというなら、何か重たい病気かひどい怪我をしていたのだろう。だが見た限りでは、少女に異常は見受けられない。


「あの……」


 アイリが考え事に没頭していると、少女がおずおずといった様子で声を掛けてきた。アイリはすぐに我に返り、どうしたの、と聞く。


「その……。お手洗い、といいますか……」

「え? あ、ああ! ごめん!」


 今の今まで全く気にしていなかった。アイリはすぐに立ち上がると、少女を連れて外へと向かう。少女には申し訳ないが、外の木の陰などでしてもらうしかない。

 小屋の外は、鬱蒼とした森だった。獣道同然の道はあるが、それ以外は背の高い木に囲まれている。その光景を見て、少女は短く息を呑んでいた。


「すごいところに住んでいるんですね」

「はあ!? そんなわけないでしょ!」


 予想外の言葉にアイリが思わず怒鳴り、少女はびくりと体を竦めた。ごめん、と短く少女へと謝り、アイリは苦笑しつつ言う。

「言ってなかったわね。私は魔王を倒すために旅をしているのよ」


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