13
こういった視線を受けるのは慣れている。だがそれでも、平気というわけでもない。アイリは内心で落ち込みつつも、表情にはおくびにも出さずにカウンターへと向かう。
そのアイリの手を、追ってきたヒナがそっと握った。
「私は、アイリさんの味方ですよ? 友達ですから」
にっこりと、そんなことを笑顔で言ってくる。アイリは小さく笑みを浮かべ、アイリの頭を優しく叩くように撫でた。
カウンターのいる者たちも、冒険者たちと同じように怯えたような目をアイリへと向けていた。だがさすがと言うべきか、アイリがカウンターの前に立つと、対面の女はわずかに頬を引きつらせながらも笑顔を浮かべた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。依頼でしょうか?」
「依頼が必要なように見えるの?」
「いえ見えません。……失礼しました」
今のは本音だったのだろう、女は慌てたように口を閉ざすと、すぐに気を取り直したようにもう一度笑顔を作り直した。
「ではギルドカードのご提示をお願い致します」
「はいはい」
黒い穴からいつものようにカードを取り出し、それを受付の女に見せる。女は記載内容を読み、目を見開いた。
「勇者様……!?」
女の声に、それを聞いた全員が息を呑んだ。怯えや恐れの視線が、今度は好奇の視線になる。ひそひそと、囁き合う声が聞こえてくる。
どうしてこんな場所にいるのか。
戦場に向かわなくてもいいのか。
早く魔王を倒してこいよ。
それらの視線や言葉を全て無視して、アイリは女へと言った。
「信用できる宿を紹介してもらえる? あと、図書館への入館許可証が欲しいのだけど」
「図書館、ですか? 利用目的を聞いても?」
「調べ物に決まっているでしょう。魔王の情報が欲しいのよ。少しでも勝率を上げるためにね」
すらすらと心にもないことを言うアイリにヒナが半眼の冷たい視線を向ける。アイリは素知らぬ顔で女の様子を窺う。女は得心したように頷いていた。周囲の者も、理解を示してくれている。扱いやすいやつらだ。
「さすがは勇者様です。畏まりました、すぐに手配させていただきます」
「ええ、お願いね」
女が奥へと走って行く。話を聞いていた誰かがすでに準備を始めていたのだろう、ほとんど待たされることなく女が戻ってきた。その手には、一枚の書類と小さなカード。
「こちら、宿の地図になります。カードは許可証となっていますので、この街を離れる際に必ずお返し下さい」
「ありがとう。使わせてもらうわね」
女から書類とカードを受け取り、ヒナを伴ってギルドの外へと向かう。その二人に声をかけてくる者は、もう誰もいなかった。
「アイリさん。ギルドで言っていたことって、本当ですか?」
グレイと合流して宿へと向かう途中、ヒナが口を開いた。アイリが笑って、もちろん、と言う。
「嘘に決まってるじゃない」
「ですよね……。嘘は良くないと思います。でも、私のせいだって分かってるので、もう言いません」
ヒナの気落ちした声に、アイリは少し驚いてしまう。妙な罪の意識を感じているのかもしれない。嘘をつかせた、とでも思っているのだろうか。アイリは薄く苦笑すると、ヒナの頭を撫でた。
「別にヒナが気にすることじゃないわよ。それよりも、宿の前に少し寄り道をしましょう」
「寄り道ですか?」
「そう。服をね。もちろん、ヒナのよ。それ、目立つから」
そう言って、ヒナの服装を見る。ここに現れた時と同じ、青いシンプルな服装。ヒナははっとしたように周囲を見回し、項垂れてしまった
「ごめんなさい……」
「好きでしていることだから気にしなくていいわよ」
そんな会話を交わしながら、途中で見かけた服を扱っている店に寄る。ざっと見たところ、街に住む人々が着ているような服から冒険者が着ているような動きやすさを重視した服まで、多種多様に取りそろえられていた。
「希望は?」
「え? 私が決めていいんですか?」
「ヒナの服なんだから当然でしょう」
そう言った瞬間、ヒナが嬉しそうに瞳を輝かせる。その目を、アイリへと向けてきた。思わず頬をわずかに引きつらせながら、アイリは言う。
「な、なに?」
「アイリさんみたいなのがいいです!」
「え? かわいげも何もないわよ? 女の子なんだから、もっとこう、おしゃれとかしてみない?」
「ごめんなさい、アイリさんにだけは言われたくありません」
う、とアイリが言葉に詰まり、少し離れて二人の会話を聞いていたらしい店員が噴き出していた。確かに、アイリの服装は女らしさなどかけらもない。鎧なのだから当然なのだが。
「じゃあ、防具を買いに行かないといけないわね」
アイリがそう言うと、ヒナが首を振った。
「そうじゃなくて、アイリさんも鎧以外の服、持ってましたよね?」
なるほど、とアイリは頷いた。ほぼ鎧を着て行動しているアイリだが、一応それ以外にも服はある。宿に泊まっている時などは鎧を脱いでいる時も多い。その時の服を言っているのだろう。ただそれもやはり、女っ気には欠ける。なにせ男が着ていてもおかしくない服なのだから。
だが、ヒナも譲る気はないらしく、期待に満ちた眼差しでアイリを見ている。アイリはため息をつくと、手早く服を選び始めた。
「ふむ。馬子にも衣装とはこのことだな」
ヒナの冒険者らしい姿を見てのグレイの一言だ。少しばかり失礼な言い方にも聞こえるが、ヒナは気にすることなく照れくさそうに笑っていた。
「アイリさんとおそろいです!」
そんなことを言ってはしゃいでいる。くるくると楽しげに回っている。妙に気恥ずかしくなり、アイリはずっとそっぽを向いていた。
「どうせならズボンが良かったんですけど……」
アイリの普段着はズボンだが、ヒナはスカートだ。ヒナの話を聞く限り、ヒナはずっとあの青いシンプルな服を着ていたらしい。だから、少しぐらいはおしゃれをさせてやりたいと思い、スカートを選んだ。
「親馬鹿、もしくは姉馬鹿みたいだな」
「…………。否定できなくなりつつあるわね……」
自分でも思う。最近の自分は過保護すぎると。ただ、人族の旅の連れというのが初めてであり、さらには何故か自分に懐いてくれている。かわいくないわけがない。