12
「はあ……。すごいですね……」
ヒナの声に振り返ると、ヒナは瞳を輝かせて門を開く光景を見つめていた。
「どこの街にもこんな門があるんですか?」
「大きな街にはあるわね。何かしら貴重なものが保管していたりするから、魔族や盗賊の襲撃で奪われないように、とかそんな理由よ」
そう説明したものの、少なくともここ百年以上は魔族からの襲撃はなかったはずだ。以前はいたるところで襲撃があったそうだが、何故か突然ぴたりと止まり、北の戦場以外では魔族は見られなくなった。
それを説明すると、ヒナは不思議そうに首を傾げた。
「魔王が変わった、とかでしょうか?」
「知らないわよ、あいつらの事情なんて」
多くの者が不思議に思ったが、調べることなどできない。結局は、今まで通り警戒を続けるという形になっている。
「グレイさんは知らないんですか?」
「知らんな。俺は魔族といっても、魔獣からの突然変異に近い。魔王の指揮下に入ったことはない」
「そうなんですか」
ヒナが残念そうにため息をつく。何をそれほど気にしているのか、アイリには分からない。
「とりあえず、行くわよ」
「あ、はい!」
アイリが門を通ると、ヒナも慌てて追ってきた。ただし歩いているのはグレイだが。
石造りの建物が建ち並ぶ、整然とした街だ。ほとんどの建物が同じ形をしている。恐らく古くからある街なのだろう。この街そのものに歴史的価値があるのかもしれない。もっとも、アイリにとっては至極どうでもいいことであり、彼女が重視するのは居心地の良さと利便性だ。
「まずはギルドに行くから」
アイリがそう言うと、ヒナが首を傾げる。
「ギルド、ですか?」
「そう。冒険者や傭兵をまとめている組織ね。傭兵はそのままだけど、冒険者は分かる?」
歩きながらアイリが問うと、ヒナはすぐに首を振った。
「まあ、そうでしょうね。いわゆる何でも屋。依頼さえあればどんな危険なものであろうと金次第で引き受ける。ただし、ギルドでランク決めされていて、自分のランクより上の難しい依頼は受けられないけど」
「お約束ですね」
「は? なにが?」
「いえ、何でもありません」
通りすがりの人に場所を聞きながら、ギルドへと向かう。やがてたどり着いたギルドの建物は、他の建物とやはり同じ造りだった。看板はあるが、何も知らなければ見落としてしまいそうだ。もっとも、屈強そうな男が出入りしているのでそれで判別もできるのだが。
「グレイさん? なんか変な顔してません?」
グレイを見ると、確かに眉間にしわが寄っていた。犬でもこのような顔をするのか、と内心で驚いていると、グレイが口を開いた。
「ここは臭いな。妙な臭いだ。悪臭を混ぜ合わせてさらにろくでもない臭いにしているような、そんな臭いだ」
「なるほど、分かりません」
「じゃあ何がなるほどなのよ」
アイリが苦笑すると、ヒナは楽しげに笑った。最初に出会った時よりも自分たちに打ち解けてくれているようで、嬉しく思う。
「ここで待っていてもいいけど、どうする?」
アイリが問うと、グレイが真っ先に口を開いた。
「俺はここで待つ。これ以上近づきたくはない」
「了解。ヒナは?」
「行きます!」
どうやらギルドに興味があるらしい。ヒナは元気よく返事をすると、グレイから下りた。アイリはヒナを伴って、ギルドの扉を開けた。
ギルドの内部は奥にカウンターがあり、左右にテーブルなどがいくつも並んでいた。どうやらここのギルドは酒場も兼業しているらしく、食事をしたり酒を飲んだりと、いかつい者たちが居座っている。
アイリがカウンターへと向かうと、それらの周囲の人間の視線が突き刺さった。
冒険者には荒くれものが多い。故に、見かけない者が来れば、力量を見るためかは知らないが、喧嘩を売ってくる者が必ずいる。ここもやはりというべきか、巨漢の男がアイリへと歩いてきた。
「おい、姉ちゃん。ここは遊び場じゃ……」
裏拳で男を殴る。男はぐえ、と妙な悲鳴を上げて、部屋の隅のテーブルに落ちた。途端に部屋中が静まり返る。アイリは気にすることなくカウンターへと向かう。
「人が飛ぶところは初めて見ました。大丈夫でしょうか?」
ヒナの言葉に、アイリは肩をすくめた。
「舐められれば後々余計に面倒なことになるからね。先に黙らせておく方がいいのよ」
「そうなんですか……。先に行っておいてください」
ヒナはそう言うと、倒れている男へと駆け寄っていく。何をするのかと黙って見守っていると、ヒナはおっかなびっくりといった様子ながら、倒れている男へと声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
男が呻きながらも顔を上げる。打ち所が悪かったのか、頭から血を流していた。ヒナが慌てたように服の袖で血を拭おうとすると、男は苦笑しながら手を振った。
「いい、気にすんな。女だからって侮った俺が悪いんだ。こんなもん、ほっとけば治るさ」
「だめ! 傷口が、なんだっけ、化膿とかしたら、大変なことになるんだよ! ほっといたら、だめ!」
ヒナの剣幕に驚いたのか、男は目を見開き言葉に詰まっていた。すぐにはっと我に返り、ばつが悪そうに頭をかく。ヒナは今度こそ血を拭おうとして、しかしやはり男に止められた。ヒナはとても不服そうに頬を膨らませているが、ヒナがそれをしても微笑ましいだけだ。
「ガキに心配されるなんてなあ。おい、回復魔法を頼む」
「じゃあ俺が」
身軽そうな衣服の男が進み出て、怪我へと手をかざす。淡い光が男を包み込み、あっという間に傷はふさがったようだった。
「ほれ、もう大丈夫だ。見てみろ、治ってるだろ」
男が自分で血を拭いながら頭を指差す。確かにもう血は流れていないようだ。ヒナは安堵のため息をつき、笑顔になった。
「はい。安心しました。偉そうなことを言ってごめんなさい」
ヒナの笑顔を見たのだろう数人が、固まった。それを見てアイリも少しずつ動き始める。冒険者というのは異性に免疫がない者が多い。故に。
「い、いやいや、気にしなくていいぞ。それよりもだ、良ければ俺たちと……」
男の言葉が途中で止まった。男は自分を見ている。ヒナの真後ろに立った、自分を。アイリは何も言わず、笑顔を浮かべた。剣の柄を握る。
「いや何でも無い忘れてくれ俺が悪かった!」
固まっていた男たち全員がその場で膝をついて頭を下げた。誰もが顔を真っ青にしている。最初に男を殴り飛ばしたのはここの者たちにとってかなり衝撃的だったらしい。アイリに目を向けられるだけで、誰もが一歩後じさっていた。最初の値踏みするような視線はどこへやら、今では誰もが恐れを抱いた目をアイリへと向けていた。