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友達転移  作者: 龍翠
一人目 勇者アイリ
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11


   ・・・・・


 暗い部屋。殺風景な部屋。机とベッド、本棚があるだけの部屋だ。窓もあるが、カーテンはない。この部屋は、いずれ陽奈が退院した時のために用意していた部屋だ。

 結局、使われることのなかった部屋だ。

 今はその部屋に陽奈の母がいる。ベッドに腰掛け、何をするでもなく、窓の外、夜空の星を見ている。女の幼い頃とは違い見える星は少ないが、真剣に見ているわけではないので問題はない。


「奈央。ここにいたのか」


 部屋のドアが開かれる。細い明かりが部屋を照らし、男が一人入ってきた。奈央と呼ばれた女の夫で、つまりは陽奈の父。名は陽司。陽司は奈央の隣に腰掛けると、奈央の肩に手を置いた。


「いつまでもここにいても仕方がないだろう。夕飯にしよう」


 陽司のその言葉に、奈央が眉を吊り上げた。なぜ、そんな薄情なことが言えるのか。陽奈のことなどどうでもいいのか。怒鳴りつけようとしたところで、しかし陽司の顔を見て何も言えなくなった。

 陽司は悲壮な表情で奈央を見つめていた。その顔を見ているだけで、陽司がどれほど心を痛めていたのか分かる。そもそも、必死になって探し回っていた陽司を知っているのだから、疑うことすらおかしいだろう。陽奈は自嘲気味に笑った。


「ごめんなさい、ようちゃん。すぐご飯にするわね」

「おま……。ようちゃんはやめろと言ってるだろ……」

「ふふ。いやよ」


 奈央は楽しげに笑い、立ち上がる。悲しみに暮れるのはいつでもできる。自分にはまだ家族がいる。やるべきことをやらなければ、陽奈が戻ってきた時に呆れられるというものだ。


「お母さん、お父さん、ご飯できたよ」


 開けたままのドアから少女が一人、顔を出した。陽奈の姉、紗智だ。紗智は陽司と奈央を順番に見て、眉尻を下げた。


「早くしてね」


 それだけ言って、部屋を出て行く。たったそれだけの短い言葉だというのに、奈央は胸が苦しくなった。家族全員が悲しみに暮れる中、最初に立ち直ったのは紗智だ。それ以来、家事を全て引き受けてくれている。ただそれは、割り切ったというよりも、忘れようとしているようにも見える。


 紗智は陽奈と仲が良かった。休日は必ず病室を訪れ、陽奈とずっと一緒にいたほどだ。だから、陽奈がいなくなった今、もしかすると自分たち以上に落ち込んでいるかもしれない。だというのに、ふがいない親に代わり元気を振り絞っている。自分が情けなくなる。


「奈央。行こうか」

「ええ……。そうね」


 奈央は立ち上がると、陽司と共に部屋を出る。そうしてドアを閉める直前に、陽奈の机に置かれた本が目に入った。

 陽奈がいなくなった後、病室に残されていた本だ。もともと見覚えのある本で、陽奈の祖父、奈央の父が持っていた記憶がある。ただ、読んでいるところは見たことがない。物心ついた時から、触れさせてもらえなかった。


 何故病室に残されていたのかは分からない。父が孫のために持ってきたのかもしれない。手がかりがあるかもしれないと開こうとしたが、何故か開くことはできなかった。それでも陽奈の持ち物だと判断して、ここに持ってきたというわけだ。

 読んでみたいとは思うが、開かないのだから仕方がない。奈央は目を伏せ、そっとドアを閉じた。

 闇に包まれた部屋。その闇の中、黒い本が仄かな光を発し始めたのだが、それに気づく者は誰もいなかった。


   ・・・・・


 街への道中、アイリはヒナに護身術として剣を教えようとしていた。試しにほどよい長さの枝をヒナに持たせ、振らせてみる。それを見たアイリは頷いて言った。


「諦めましょう」

「早くないですか!?」

「そもそもの問題として体力がなさすぎるわね。とりあえず、歩きなさい」

「う……」


 それ以来、ヒナは疲れ果てて動けなくなるまでは必死に歩き続けている。体力はどうやってつければいいのか知らないためこの方法でいいのかすら分からないが、無駄にはならないだろう。アイリ自身、体力作りをそこまで意識したことがないのでどの方法が正解か分からない。グレイにも聞いてみたが、人間のことなど分かるか、と一蹴されてしまった。


「魔法を使えたら楽なんだけどね……」


 歩きながら呟くアイリ。それを聞いたのだろう、ヒナは項垂れてしまった。相変わらずヒナからは魔力を感じない。魔法を使うことは一切できない。


「ああ、別に責めているわけじゃないからね」


 アイリが慌てたように言うと、ヒナは、はい、と小さな声で返事をした。

 こればかりはヒナではどうしうようもないことだ。この世界において、魔力というものは生まれ持ったものだ。元々持っている量から増やすことはできないので、持っていないのなら諦めるしかない。


「まあ、ヒナのことは私たちが守ってあげるから、大丈夫よ」


 アイリが元気づけるようにそう言うと、ヒナは力無く微笑んだ。



 途中で泊まった村を出発して、三日。森を出ると一面の草原が広がった。短い草の広い草原で、所々に木々はあるが、視界は良好だ。その草原の奥に、小さく街らしきものが見えていた。


「ヒナ。見える?」


 振り返り、草原の奥を指差してヒナへと問う。そしてすぐに、無理かと苦笑した。

 ヒナがグレイの背でぐったりとしていた。荒い息をつき、苦しそうだ。限界まで歩かせた結果がこれなのだが、さすがにやり過ぎのような気がする。ヒナのために誰かに体力作りの方法を聞かなければならないだろう。


「さすがにこれで急ぐのは厳しいかな」


 そう言うと、グレイの冷たい視線が突き刺さった。


「お前は鬼か」

「う……。ごめん……」


 街が見えているのだから野宿は避けたいのだが、アイリとしてもヒナに無理をさせようとは思わない。仕方なくアイリは、黒い穴から適当に食べ物を取り出し始めた。



 翌朝。今日はヒナに歩かせることはせず、最初からグレイの背に乗せて全力で走る。さほど時間もかからず、大きな門へとたどり着いた。

 大きな壁に囲まれた街で、東西南北それぞれに門がある。門の側には兵士らしき男が二人、見張りと受付を兼ねて立っていた。談笑していたらしい兵士たちはアイリたちに気が付くと、すぐに姿勢を正してアイリたちを出迎えた。


「こんにちは。街に入りたいのだけど、いいかしら?」


 そう言いながら、アイリはカードを差し出した。記載された内容を見た兵士たちは目を剥き、


「も、もちろんです! どうぞお通りください!」

「開門! 開門!」


 慌てたように叫ぶ兵士たち。すぐに門がゆっくりと開き始める。


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