表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
友達転移  作者: 龍翠
一人目 勇者アイリ
11/29

10


   ・・・・・


 陽奈はそれを、グレイの背の上で見守っていた。

 次々と押し寄せる狼たち。アイリはそれを、苦も無く淡々と斬り伏せていく。最初に危ないと叫びそうになった口は、音を発することなくただ開かれたままになってしまった。


 危険だと思っていた。グレイがいるからといって、それでも二人だ。群れを相手にするには危険すぎると。だが今の光景を見ていると、そんな考えは杞憂だったと分かる。時折見えるアイリの表情には余裕がある。陽奈が心配するだけ無駄というものだ。


「ヒナ。こちらにも来た。迎え撃つから、しっかり掴まっていろ」


 グレイの指示に従い、陽奈は体を伏せてグレイにしがみついた。その直後に、グレイが動く。両横から襲いかかってきた狼を跳んで避け、その頭を思い切り踏みつぶした。


 ――うわあ、すぷらった……。


 見なければ良かった。陽奈はきつく目を閉じた。血の臭いだけはどうすることもできず、喉の奥から何かがこみ上げてくるが、ひたすらに耐えた。


   ・・・・・


 気づけば、アイリの周囲は血の海になっていた。いくつもの狼の死体が散乱している。我ながらよく斬ったものだ。


「アイリさん」


 ヒナの声に振り返ると、グレイの背に揺られながらこちらへと来るところだった。ヒナの表情は青ざめている。どう見ても体調が悪いのが分かってしまう。


「ヒナ、どうしたの? 大丈夫?」


 聞くと、ヒナは弱々しい笑顔を浮かべた。


「ちょっと、血の臭いが……」

「ああ……。そうね。移動しましょう」


 アイリも最初は血の臭いに気分を悪くしたものだ。今となっては何も思わなくなってしまったので忘れていたが、確かにヒナには辛いものだろう。


「グレイ。残りは?」

「北東。数は五。一匹が群れのボスだな」


 頷き、グレイに指示された方へと向かう。グレイもすぐにそれに続いた。

 血の臭いが届かなくなった頃、小さな群れを見つけることができた。グレイの言っていた通り、狼が五匹。魔狼は先ほどの集団も含め全てが深い茶色の毛を持つのだが、五匹のうち一匹だけは黒い毛皮だった。どうやらあれが群れのボスらしい。

 黒い狼が小さく鳴く。すぐに四匹がアイリへと向かってきて、


「邪魔」


 それら全てを瞬時に斬り伏せた。黒い狼が驚愕に目を見開く。だがすぐに唸り声を上げ始めた。

 黒い狼がゆっくりとアイリへと向かってくる。そしてすぐに走り始め、アイリの周囲を回り始める。無駄なことを、とアイリは小さくため息をついた。

 黒い狼がアイリへと飛びかかる。アイリは無表情に、斬った。



「うえぇ……」

「よしよし。しっかりと吐いてしまいなさい。楽になるから」

「うう……。はい……。うえぇ……」


 血の臭いが立ちこめる場所から離れ、アイリたちは見つけた川の側で休んでいた。小さな穴を掘り、ヒナはそこに先ほどから吐き続けている。アイリは苦笑しつつ、ヒナの背中を優しく撫でていた。


「私も昔はこうだったわね……」

「は? お前が? 冗談はよせ」

「グレイ、ちょっと来なさい、何もしないから」

「悪かった、だから剣を抜くな!」


 アイリは笑顔、ただし目は笑っていない。対するグレイは大慌てで距離を取った。失礼なやつだ。ふとヒナを見ると、こちらを見てわずかに微笑んでいた。グレイの言い方は不愉快だが、ヒナが面白く思ってくれたのなら、まあいいだろう。


「ヒナ」


 アイリが呼ぶと、ヒナはまだ少し青いままの顔をアイリへと向けた。それを見ると、これから言うことは酷かもしれないが、かといって流してしまうこともできない。


「少しずつでいいから、慣れなさい。あまり言いたくはないけど、いつ帰れるか分からないのよ。この世界にいる限り、こうしたことは今後も必ずあることだから」

「はい……。がんばってみます」


 神妙な面持ちでヒナが頷く。アイリはヒナの頭を優しく撫でると、さて、と努めて明るい声を出した。


「街まではあと二日ほどあればたどり着くわ。さっさと行きましょう。美味しいものもたくさんあるから」


 それを聞いたヒナは笑顔になり、しかしすぐに首を傾げ、そしてアイリを睨んできた。何故睨まれるのか分からないアイリは、思わず頬を引きつらせて後じさってしまう。


「ど、どうしたの?」


 アイリが問うと、ヒナは不機嫌そうな表情のまま言う。


「アイリさん。食べ物を与えていれば私は満足するとか思ってません?」

「え? そうでしょう? 食い意地が張ってるなって思ったけど……」

「張ってません! 私、食べ物については何も言ってません!」

「そう、だっけ?」


 よくよく思い出してみる。そう言えば、確かにヒナは食べ物について何も言っていない。アイリが一方的に、少しでも良いものをとちょっとした工夫をしていただけだ。スープの時は味が薄いと言われたが、それも感想を言われただけであり、文句を言われたわけではない。


「じゃあ、次からお腹に入れば何でもいいわね」


 それなら楽だ。そう思って機嫌良く笑ったのだが、どうやらヒナはその笑顔を脅しか何かだと感じたらしい。頬が引きつり、すぐに頭を下げた。


「ごめんなさい。食い意地張ってます。少しでも美味しいものが食べたいです」

「ん? そう? じゃあ、少しぐらいの工夫なら続けてみるけど」


 今日の夕食はどうしようか、と北へと歩き始める。ヒナは小さくため息をつき、グレイに促されてその背に乗った。


「私って、贅沢だったんですね……」


 ヒナが肩を落として言って、グレイは苦笑して首を振った。


「お前が求めているのは最低限だ。単純にあいつの料理が最低限に届いていないだけだ」


 だが、とグレイが続ける。


「新鮮な食材を道中で食べられることそのものは贅沢だがな」


 その言葉に、ヒナは複雑な表情で頷いた。アイリが、ここに来る直前に黒い穴に入れたものを思い出したのだろう。


「早くしなさい」


 アイリが声をかけると、グレイはすぐにアイリを追った。



 その日の夜は新鮮な狼の焼き肉だった。


「なんだか、複雑……。でも美味しい……」


 ヒナは骨付き肉を頬張りながら、遠い目をしていた。少しずつでもたくましくなってほしいものだ。


「帰った後のことが心配だな……」


 グレイの呟きは誰にも聞き取られることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ