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友達転移  作者: 龍翠
プロローグ 陽奈
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壁|w・)のんびりまったり、暇つぶし程度になれば幸いです。

 真っ白な病室のベッドに、その少女は座っていた。黒いセミロングの髪の少女で、青色の病衣を着ている。彼女は物心ついた時からずっとこの病室で生活していた。

 大層な病名だったと思うのだが、少女は覚えていない。誰も教えてくれず、幼い頃に親が話していたのを聞いただけだ。


 ただ、少女はこの部屋から出ることは禁止されていたが、それ以外は特に制限がなかった。親や医者から本やゲーム、パソコンまで与えられている。さらにはそのパソコンで学校の授業も受けているため、学力にも問題はない。

 ただし、これは全て物と向かい合っているだけのことだ。

 少女には、欲しいものがある。親に言ってもどうにもならないと分かっているために言えないもの。


 友達だ。


 少女のその願望を知っているのはたった一人、祖父だけだ。それを聞いてしまった祖父は悲しげに顔を歪めていた。それを見たがために、他の人には言えなくなってしまったのだが。

 いつここを出られるのか分からない。もしかすると、ここで一生を終えるのかもしれない。そんなことを思うために、少女に希望などなかった。

 だが、ある日。


「陽奈! 起きてるか!」


 大声を発しながら、祖父が少女の病室へと入ってくる。ちなみに陽奈というのが少女の名前だ。太陽のように明るい女の子になってほしい、と名付けられたらしい。今となっては皮肉もいいところだ。


「どうしたの? おじいちゃん」


 祖父は今まで見たことのない服装だった。確か、着物、というものだろうか。白い着物で、どこか興奮しているような表情だ。祖父は陽奈のベッドの側まで来ると、一冊の本を差し出してきた。


「お前にやろう!」


 それは、真っ黒な本だった。タイトルも何も書かれていない。黒一色の本。中を見てみると、どこの国とも分からない文字がびっしりと書かれていた。眉をひそめて祖父を見ると、祖父は訳知り顔で言ってくる。


「なに、じきに読めるようになる。さて、ではそろそろ時間だからな。わしはいくとするぞ」

「え? もう? いつもは終了時間ぎりぎりまでいるのに」


 祖父は陽奈の病室を訪れた時、必ずといっていいほど面会終了時刻まで居座っている。飼っている犬の話や面白い小説の話など、陽奈の話し相手になってくれていた。ちなみに小説は、話の後日にいつも買ってきてくれている。

 それだけに、本を渡すだけで帰ってしまうという祖父が信じられなかった。


「わしにも忙しい時はある」


 それもそうか、と陽奈は頷いた。むしろ今までがおかしいのだろう。


「陽奈」


 祖父の声に、陽奈は顔を上げる。祖父は真剣な表情で陽奈を見つめていた。


「これから先、お前の人生には多くの障害があることだろう。時にそれは、一人では乗り越えることができないものかもしれん」

「ん……。それで?」

「たくさんの友達を作りなさい。人に頼ることは悪いことではないからな。友達に助けてもらいなさい。もちろん、陽奈も助けるのを忘れないようにな。そうだな、どこかの歌にあったように百人ぐらい作ってみてはどうだ? きっと楽しいぞ」


 祖父は何を言っているのだろう。陽奈は不思議そうに首を傾げた。友達など、どう考えても作れるとは思えない。自分はここから出られないのだから。


「なに、気にするな。元気でな、陽奈」


 祖父はそう言って、笑顔で手を振って病室を出て行った。

 今になってふと思う。

 この病室に入る誰もが全身を覆う妙な服を着ているのに、あんな格好で良かったのだろうか、と。



 ちょうど陽奈と会っていた時間に祖父が事故死していたと知ったのは、その翌日のことだった。




 夜。暗い病室の中、陽奈は手元にある黒い本をじっと見つめていた。祖父に渡された本。おそらくは、友達を作りたいという陽奈の願いを叶えるために祖父が見つけてきた本なのだろう。どういった意味があるかは分からないが、無意味だろうとはどうしても思えなかった。

 ただ、たとえどのような意味があったとしても、死んでほしくはなかった。


「おじいちゃん……」


 泣きはらして真っ赤になっているというのに、瞳からはまだ涙が流れる。陽奈はそれをぬぐうと、もう一度本を開いた。祖父の意図を知るために。


「あれ……?」


 文字が、読めるようになっていた。見たこともない文字だというのに、不思議と意味が頭の中に浮かんでくる。そのことに気味悪さを覚えながらも、興味が勝ってしまい、陽奈は本を読み進めていく。

 文章はすぐに一通り読み終えた。文章そのものは大した量ではなかったためだ。文章だけなら十ページもない。その後は、不思議な模様が描かれたページがずっと並んでいた。

 転移の魔方陣、らしい。それぞれの魔方陣と同じ模様の場所へと一瞬で移動することができる、とのことだ。馬鹿馬鹿しい、と陽奈は一笑に付した。確かに陽奈も魔法に憧れたことがある。だがそれはもっと幼い頃だ。今となってはそんな非現実的なことを信じていない。


 そこまで考えて、祖父のことを思い出した。非現実的というなら、あの時の祖父は何だったのかと。死んでいたはずの人間が目の前にいた、そちらの方が魔法よりもよほど非現実的だろう。

 陽奈はもう一度魔方陣に目を落とす。魔方陣の上には、それとは別に長方形の図形もあった。まるでタイトルか何かでも入れるためのもののような。ただし全て白紙ではあったが。

 そしてふと気づく。魔方陣のうちの一つ、最初のものが仄かに光っていることに。


「え?」


 そう思った直後。



 病室から陽奈の姿は忽然と消えていた。


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