表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

親父のステレオ

作者: 凡 徹也

僕がこどもの頃、我が家には親父が大切にしていた大きなステレオがあった。そのステレオをめぐる親父と子供の俺との交流と葛藤の物語である。

 僕の親父は、大して金持ちでも無いのに何かと高級品や新し物が好きだった。その所為か僕が子供の頃は、食卓には「初物」の高級フルーツが並ぶし、我が家には、当時は世間でまだ珍しかったカラーテレビさえもあったが、なんと言ってもそれらの中でも親父の自慢の逸品が「ステレオ」だった。

 そいつは、狭い我が家の居間を占拠し、でーんと鎮座していた。何せ昔のステレオである。当然図体は結構でかく、周りに並ぶどの家具よりも立派だった。天板はピカピカで、鍵の付いた観音開きの扉を開けると、真ん中にはターンテーブルがあって、その両側には、一対の大きなスピーカーが繋がっていて、その前面に張られた布には、犬が首を傾けたロゴマークが付いていた。何せ親父の宝物である。普段は天板にはレースの敷物が掛けられ、暇さえ有れば別珍の布で磨き上げられていた。なので、僕のような子供が触るなどもっての他で、ちょっとでも手垢を付けようものなら直ぐに親父が飛んできて怒鳴られた。

 親父は気が向くとステレオの扉を開け、お気に入りのレコードをかけて聴いた。その様は差し詰め神聖な儀式である。まず、ステレオに一礼をしてから両手に白い手袋を装着し、ラックからレコードジャケットを引き出し中身を取り出すと、その縁を両手で優しく持ってターンテーブルにセットしスイッチを入れる。音が鳴り出すと一人で悦に入り、ステレオの前に正座して聴き入るのである。当時、親戚が横浜でジャズ喫茶をやっていた影響からか、かかる曲はスタンダードジャズかベンチャーズであった。幼少の僕は訳も解らないその外国語や「デケデケデン」の音楽を、毎日無理矢理聴かされて育ったのである。

 そんな僕が小学四年生の時、買った雑誌の付録でアニメソングのソノシートを手に入れた。僕は何とかその曲を聴こうと禁断の掟を破り、親父のステレオを使う事を決断したのである。親父の留守を見計らってタンスにテーブルを付けてよじ登り、いつも隠してある一番上の引き出しから鍵を取りだしてこっそり聴くためボリュームを絞ってソノシートをセットした。胸がドキドキと高鳴る中、最初に聴こえて来たのはまるでお化けの歌である。回転数が違うと気がついて、僕はLP用の33回転から45回転へとレバーを切り替えた。今度は軽快な主題歌が聴こえてきた。僕はステレオの前に膝を抱えて座り、曲の歌詞に合わせて一緒に歌った。毎日の様に何回も繰り返し聴いては歌った。僕の持ってるレコードは、たった一枚だけだったので、いつしかソノシートはボロボロになっていた。

 ある日、僕は親父に呼ばれ「おまえ、俺のステレオを弄っただろ?」と、殴られた。その日に限って回転数を元に戻す事を忘れていてバレたのだ。僕は泣きながら、初めて親父に口答えした。その親子喧嘩の後、蒲団に潜って泣いていた僕のところに親父はやって来て、「丁寧に扱うんだぞ。」と言いながら頭を撫で、鍵を渡してくれた。その日からステレオは、僕の宝物にもなった。

親父の公認を受けて、僕は数枚のアニメソングやビートルズのレコードを買って来て、毎日それを繰り返し聴いて少年時代を過ごした。僕はいつしか音楽が好きになっていた。

 中学生になると、親父がカセットテープレコーダーを買ってくれたので、僕はステレオの前にそのカセットを置いて、テープに曲を録音して聴く様になった。その後は自室の机にカセットを置いてテープに録音した曲やFMから流れるフォークソングをエアーチェックして耳を傾ける時間が増えていき、次第にステレオの前に座る事は無くなっていった。親父は心なしか寂しげな表情を見せていた様な気がする。

 まもなく親父は若くして亡くなり、その後の何回かの引っ越しでいつしかそのステレオは、我が家から姿を消した。そして、夢中になったカセットも既に手元には無く、今はただスマートフォンに記録された音楽が、無線の小さなスピーカーから流れるのみである。

それでも、子供の頃聴いた懐かしい曲がかかると、瞳を閉じて聴いてみる。そこには膝を抱えて座る僕と親父が居て、目の前にはあの大きなステレオが今もある。そんな気がするのである。

今、思い返せば、実際の親父との思い出はこんなきれいな話ではない気もする。父は僕が中学生の時、脳溢血で、あっけなく此の世を去ってしまった。

そう。時の流れは往々にして過去の出来事を美しく演出してくれるものである。この話もそんなもののひとつなのだろうと、これを読んでくれた人もきっと同じ様なほろ苦い子供の頃の体験した事を思い出して頂けるだろう。そんなノスタルジックな気分を味わえる時間が持てていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ