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Bloody War Cry ~吸血鬼の王に弱点はほぼない~  作者: イーリス
第二章 紅黒の王
9/27

開花して見えるもの

前話の後半から最後の方、加筆しました。加筆内容をまとめると『ジンがちょっとまじめに考えていた』です。話自体の内容は大きく変わりません。



「ジン……起きて……おねがいだから」


 グレイアねーちゃんの声が近い。意識が次第に戻ってきて目を開けると、紅い髪のカーテンが上からかけられ、俺は仰向けに膝枕してもらっていたことに気づいた。上下さかさまになったグレイアねーちゃんの顔はひどく暗かったが、俺と目が合うと彼女の目は大きく見開かれた。


「ぁ、ジン……!」

「……っ! ジンくんが目を覚ましたわ! メリッサちゃん!」

「うん! また()させてもらうよ!」


 灰色の猫耳に白衣の幼女が俺に駆け寄り、ボタンが引きちぎれるように肌蹴(はだけ)ている体の胸部に両手をかざしたかと思えば、灰色の光が溢れ出した。不思議なことに刺されたはずの胸は、傷や傷痕などは全くなく、加えてどこにも痛みは感じられない。


 辺りをちらりと確認すると、俺の周りを統括将と妖精の少女たちが(ひざまず)いて囲んでいる。部屋は爆発でテラス側にあったガラス窓や天井の一部が吹き飛んでいる。あの後、みんなが集まって俺は移動させられずに治療されたり、血を分け与えられていたのだろう。

 アカリも見たところ包帯を巻かれて治療を受けたようだったが無事なようだ。目が合うと少し笑顔になったのもつかの間、とてつもない負のオーラを纏っている。


「アカリは無事?」


 俺は自分でも予想以上に元気な声で、メリッサに大丈夫と言って治療を断り、上体を起こした。


「ジン様……はい、私は平気です……申し訳ありませんでした、私がお傍に付いていながら……すぐに賊を追いかけますので!」

「大丈夫! 俺は平気だから、アカリは安静にしてて」


 俺は後ろを振り返り、グレイアねーちゃんに向かって微笑んだ後、立ち上がって俺の元気な姿をみんなに見せた。


「ね! 平気でしょ?」


 アカリや他の娘達に少し笑顔が戻った。よかった……いやぁ、一時はどうなることかと思ったよ。国王のお通夜が1日に2回やるかもしれなかったんだからね。


「みんなに血を分けてもらって助かったよ。ありがとうね」


 そう、俺はみんなの血を分けてもらい、力が覚醒した。世界が冴えわたって感じる。体の底から力の奔流(ほんりゅう)が全身へ駆け巡り、『血の継承』せいなのか、わからなかったことがわかるようになっていく。


 あの時、ママはジオノールの(つちか)ってきた技術が使えるようになると言っていた。今なら空も飛べそうだと体が教えてくれている気がする。しかし、技術だけではないのかもしれない。様々なこの世界の知識が頭に流れ混んでくる。

 そしてそれだけではない。吸血することで相手の能力を使うことができるという『能力の吸収』もある。俺が寝ている間に彼女たちの血を飲んだ今なら……。


「誰か被害状況を教えてくれる?」

「主な被害はアカリと他、八咫烏、ファフニールの兵士、計7名が負傷、(いづ)れも命に別状はなし。そして爆発で吹き飛んだこの部屋とテラスくらいね。やられたわ……まさかいきなり名もわからないグロワールが襲ってくるなんてね、しかも2人。チッ」


 舌打ち! 質問に答えてくれたのがバーニアだとは思わなかった。今はみな俺と同じように立ち上がり、赤髪ツインテールのこのフェニックスの少女も例外ではない。俺の左サイドに立って腕を組み、眉間に皺を寄せてご立腹だ。

 それでも死者が出ていなくてよかった、言わば俺を殺害しようとする事件の巻き添えだ。本当に申し訳ない。


「……そっか。男はガルグイユの“グロワール”と言っていた。誰か女の方をちゃんと見たって人はいる?」

「我が先程まで追撃していたのだが、すまない、国境を越えられて見失ってしまった。今はこの国の南方に位置する隣国、ゴドアズ帝国に2名とも逃げ込んでいるはずだ。女は妖精の黒い羽を持っていた。おそらく、闇魔法の使い手だろうが種族はわからん。“グロワール”の能力が何かわからない以上、危険な存在だろう。我の追跡もそれに妨害された可能性が高い」


 黒い尻尾が苛立ちを覚えるようにゆらゆらと揺れている。右サイドにいたエイルはバハムートであり、この国の主力戦力の一角を握っているはずだ。その攻撃を(かわ)して反撃はできないまでも逃げることができる敵……か。


 俺は『血の継承』により少しずつジオノールの知識が解読できるようになり、この世界の物事がわかってきた。

 妖精は複数の種族が存在し数は少ない。しかし、全ての妖精の“グロワール”は予言が可能であり、神々の意向を受けて神殿から国家や個人の“グロワール”保持者に派遣されることがあるらしい。


「リリルの知り合いの妖精に、そういう特徴の女はいた?」

「んー……すまぬ、わっちにそういう知り合いはいないの。ジンよ……わっちもすまんかった。神から予言を得ることができず、ジンを危険な目に会わせてしもうた」

「そのことは気にしないで! それはきっと俺を良く思わない側の神々の妨害だからね」

「ん? なぜ神がジンを嫌うのじゃ!」

「それは帰ってからみんなに話すよ」


 ママは神にも色々いる、と言っていた。希望的観測だけど、手助けをしてくれる神もいると願いたい。少なくともママは助けてくれるだろうけど。


「ジンくん、『帰ってから』って……どこかに出かけるの? まだ危険よ、城にいた方がいいわ」

「そうであります! 本官もここでジン陛下をお守りいたします。 今度こそはしっかりとした警備網を作り上げますので……どうか、ご一考を……」


 ムヒョウもハウも心配してくれているようだが、今の俺はこれまでとは明らかに違う。体から今にも力を放出させたくてうずうずしてしまう。やられて終わりには絶対にしない。アカリや俺の国民を傷つけて逃げられると思うなよ。

 これから行なうことを想像するとなんだか笑みがこぼれる。少し不謹慎かな、明らかに性格まで今までと少し変わっている。

 少女達(みんな)の真ん中を通り抜けてテラスへと出ていく。眼下に見える城の外には様々な種族の兵士やこれから城の修理をするだろう犬耳の作業員がたくさんいて、各々(おのおの)せっせと復旧活動を行っている。

 俺は立ち止まり、振り返らずに少女達(みんな)に告げる。


「ちょっとした散歩だよ。大丈夫、一人(・・)でもちゃんと上手くやるから」

「一人でって……どこに行くの!? お姉ちゃんもついて行くからね」

「ううん、晩御飯には絶対に帰ってくるから。じゃあ行ってきます」

「待って!」


 俺は体に押し込めていた力の奔流を開放する。すると吸血鬼の紅い魔力が俺の全身を覆い、すぐに視界が晴れると目線が高くなっていた。平均の日本人身長だった時の俺の目線より高い、180cmクラスだろうか。

 “グロワール”を発動し、紅かった目も今はおそらくあの男やアカリのように金眼になっているだろう。髪も長くなったのか、少し肩にかかっているのを感じる。


 なぜ、こうなったのかはジオノールの知識でもわからない。俺のこの体はまだ未完成だとママは言っていた。だから最初は背が低かったのかもしれない。


「え!?」

「ッ!? やだジン君……大きい」

「この力……妖精や神のそれに近いの」


 後ろからは白い兎耳が揺れているんじゃないか? という程驚いているアリーシェやちょっと間違えると危険なフェリティアらの声、そしてリリルが俺と同じようなことを考えているのが聞こえた。


 続けて俺は蝙蝠の羽のような形をした紅い翼を2メートル程広げるが、さらにそこから魔力でできた紅く発光する翼を左右それぞれ10メートル程伸ばし、足と翼に力を込めて上空へと一瞬で羽ばたく。

 みるみるうちに王城は小さくなる。普通なら足が(すく)むような高さでも恐怖感はなく、空を翼で掴むような感覚が楽しい。


 “今の俺にはできる”という空虚だった頃の俺ではあまり考えられなかったような自信が、ただただ体を突き動かしている。


 紅い巨翼に力をさらに込め、羽ばたきもなしに急加速、イグノバルンの街を眼下にしたのも数秒、そのまま南へ直進し、風を切り裂きながら天駆(あまか)ける。追いかけても今の俺に追いつくのはほぼ不可能だとジオノールの知識でわかる。


 吸血鬼は風と闇魔法の使い手で、しかも俺はもはや神の体と言っていいだろう。まだ本来あるべき力の100パーセントではないだろうが、総合的な能力の向上がされている。

 俺に追いつく可能性があるのは、水や風魔法を使うファフニールの“グロワール”であるフェリティアくらいだが、あの様子ならきっと大丈夫だろう。彼女達も気づいているはずだ、“俺は変わった”と。


 まずは吸血鬼の“グロワール”の『能力の吸収』でアカリから得た、八咫烏の“グロワール”の能力『絶対方向探知』を使ってみよう。


 発動条件は相手を判別できるくらい(じか)に相手を見ていること、そして頭に正確に思い浮かべることができること、らしい。あのガルグイユの“グロワール”の男の姿形などを思い浮かべる。なかなか最初は感覚を掴むのに苦労したが、奴がどの方向にいるのかが頭の中でわかるようになった。


 ヴァルレイ王国の南は首都イグノバルを越えるとすぐ森と国境があり、ここから左に行けば海と港町が広がり、リヴァイアサンの“グロワール”が治めるシエラパトン王国があるが、男が向かった先はこのまま南を直進した方向にある国、ゴドアズ帝国だ。


 ゴドアズ帝国はゴブリンとコボルトの“グロワール”がヴァルレイ王国よりも広大な領地と多くの国民を支配している。しかし、ゴドアズ帝国にはヴァルレイ王国のように龍脈が流れていないため、土地が貧弱で民は貧しいらしい。ジオノールの知識も明確な記憶を見れるわけではなく、まるで伝聞のようだ。


 ◆


 10分程、森林の上を低空飛行すると国境を意味する森林の終わりが見えてきた。途中、巡回のファフニールやバハムート、そしてフェンリルの兵士達と擦れ違った。

 見つかっても面倒だと判断し、俺はすかさず木陰に身を隠した。魔力と気配を殺し、兵士達には見つからずにその場を凌ぐことができた。

 これもまた、ジオノールの技術の賜物(たまもの)だろうな。


 その国境の先は乾いた土が永遠に続く不毛の大地が広がっている。俺は一端、様子を見るために国境沿いから少し手前の木の陰に降り立った。

 ここからは特に闇魔法で姿や気配を消して進まなければいけない。いきなり検問も通らず一国の王が他国に一人で入ろうとするんだから、そりゃ慎重にもなる。


 なぜだか絶対にバレない自信があるのが怖いけど。


 『絶対方向探知』の力で、ガルグイユの男がここから14、5キロのところで留まっていることが、俺の頭の中でわかる。

 その辺りを見てみると不毛の大地の真ん中に小さな街がポツンと存在している。


「案外、近い……どちらかが負傷しているのか」


 バハムートの“グロワール”に後ろを追い掛け回されたんだからなぁ……弱っているのかもしれない、油断はできないけど。

 さて、どうするか。


 闇魔法は吸血鬼も使える。そして同じ系統の魔法は種族が違っても大体似てくるものだ。アカリがガルグイユの男と戦っていた時、八咫烏の黒い魔力が身体を覆った後、アカリは姿を消していた。


 あの魔法は一般的に<姿くらまし>と呼ばれる闇魔法だ。

 自分を闇に溶け込ませる魔法であり、実体がなくなるわけではないが魔力を周りに感じ取られずに、姿も見られなくなる。

 なんともエロ的に重宝されそうな魔法だが、基本的に使える者は限られることと使用限界時間が()いという弱点もある。

 普通(・・)ならば、だが。


 今、空を飛んでみてわかったことは、魔力がほとんど消費されたという感じがないということだ。もしかしたら闇魔法の<姿くらまし>のタイムリミットも、知識の中にあるジオノールの限界より長いかもしれない。


 試してみよう。


 俺は闇に自分が溶け込むイメージを持ち、魔力を練り上げる。紅い魔力が身体を包んだ瞬間、<姿くらまし>が発動していることを感じることができた。


 どのくらい連続使用できるのかも試すために、そのまま<姿くらまし>を続ける―――――


 ◆

 

 んー、10分は経ったと思うけど全く使えなくなる気配がない……もしかしてこれだけで俺はチートなんじゃないか? 

 

 魔力も察知されずに済むし。誰にも気付かれずになんでもできそうだ。

 神の体が規格外すぎてこの世界に馴染めていない気がする。

 この<姿くらまし>を決して、エロ目的で使うような外道にはならないと、俺はこの天使のように清らかな青年の心に誓おう、うん。


 俺はそのまま<姿くらまし>を使いつつ翼を広げる。

 魔力の翼は念のため使わず、紅い蝙蝠のような吸血鬼の翼だけで羽ばたく。

 

 街に入ったとき、住民や奴らに羽音でバレないよう、まずは高く飛び、ある程度まで上昇した後は風を捉え、それに乗る。

 そしてあとはほぼ下降だけで、街の上空に向かってゆっくり飛んでいく――――


 俺はふと思い至った。

 ガルグイユや正体不明の妖精の女もこうやって王城まできたのだろうか。


 妖精の女が闇魔法かそれに近い“グロワール”を使うとしか考えられない。だとすれば、危険なのはむしろあの女の方かもしれない。チート能力持っていたとしても、俺は慢心しない。

 警戒を怠らない慎重な性格は、前世の俺とあまり変わっていないか。


 ―――――街の上空まで到着し、手ごろな二階建ての煉瓦造りの家の屋根に音もなく舞い降りる。


 街はゴブリンやコボルトがチラホラと通りを歩いていて、イグノバルンのように活気はない。翼を仕舞い、ガルグイユの“グロワール”がいる方向を視認する。

 

 ガルグイユはここから4軒先の宿屋の2階にいるようだ。


 中の様子を確認するために足音を立てずにその建物に近づき、屋根のへりに右手を掛けて身体をぶら下げ、窓から中を伺う。


 すると中には腕や足や首に包帯を巻き、部屋の左隅に置かれたベッドに横たわるあのガルグイユの“グロワール”の男がいた。


 次に目に入ったのは、そのベッドの隣にある椅子に座る黒髪が肩のところで少し巻かれた、後姿が疲れているような感じの女性だ。

 上から服装を確認していくと、縦に何本も白いフリルの付いたシャツの上に黒いジャケットを羽織り、下は長めの黒いスカート、そして足元を見ればあの『黒いヒール』――――ビンゴ。


 いつ出て行こうか、などと考えていると中から声が聞こえてきた。


「グラード、ごめんなさい、今はこんな治療しかできないの」

「仕方ないだろう、この国には大した医術があるわけではないからな。エンディはよくやってくれた。だから俺はまだ生きてるんだ。ここは豊かなヴァルレイ王国とこんなにも近いのに、生活水準が低すぎる。ゴドアズ帝国は軍事にばかりお金をつぎ込み、国民は食べるのが精いっぱいの生活しかできないひどい国だからな。たまにいる医者なんていっても、こんな田舎にいるのは名ばかりの素性も怪しいやつらばかり。包帯と塗り薬があっただけでも御の字だ」

「うん……」


 まぁ、そうだなぁ。

 俺のジオノールの知識と照らし合わせても、グラードという男が言っていることと同じような内容が頭の中に出てくる。



「それに、ヴァルレイ王国の新しい国王も殺せたんだ。俺が飛べるようになればすぐにテオーリア王国に戻って国王に(しら)せる。そうすれば今頃、混乱に陥ってるヴァルレイ王国に総攻撃が始まる。俺達は英雄としてテオーリア王国に迎え入れられ、俺達の種族はやっと……奴隷から解放されるんだ」

「長かったね……これでみんなが笑って暮らせる未来が作れるんだ」


 え……?

 ということは黒幕はそのテオーリア王国の国王か誰かということかね?

 しまった、出足を挫かれてしまった。

 なんだか可愛そうな事情を背負ってるみたいで、これで俺がこの二人を倒しちゃったら俺が悪者みたいになっちゃうじゃないか。


 テオーリア王国はゴドアズ帝国よりさらに南に位置するヨルムンガンドの“グロワール”が王の国だ。

 龍脈こそないもののまずまずの国力だったはず。今回の一件は、そのテオーリア王国が純粋に俺の国を狙おうとしたのか、はたまた……深い事情がこの2人の厄介払い、といったところかな。


 この人たちの内心では、テオーリア王国に動かされているということに気づいているのか、それとも自分達の種族を守ろうという必死さで盲目になっているのか、どうなんだろうなぁ。


 テオーリア王国からヴァルレイ王国まで攻め込むためには、シエラパトン王国の領海を渡るか、もしくはこのゴドアズ帝国の領地を通るかだが、シエラパトン王国の王はまず、許可を出さないだろう。シエラパトン王国はヴァルレイ王国と魔導具や魚などの貿易が盛んで、|ヴァルレイ王国≪こちら≫と仲がいい方が得だからな。


 したがって、テオーリア王国とゴドアズ帝国とが手を組んでいる可能性はある。

 例え捨て駒だとしても、一応は“グロワール”を寄越してきたんだ。ヴァルレイ王国の戦力を削れれば、テオーリア王国は本当にヴァルレイ王国に攻め込もうとしているのかもしれない。


 ヴァルレイ王国の魔導具技術と龍脈の流れる土地、これだけでも戦争をするに値すると考える者は多いはずだ。

 俺の暗殺にこの人たちが失敗したなら、テオーリア王国の王は『知らない』と(しら)を切るに違いないな。奴隷の王様などいない方がいいと考えるのは、支配者の考えそうなことだ。


 まぁ、死んだとしても新しいガルグイユと妖精の“グロワール”は生まれるだろうけど。“グロワール”は王の血筋でなくとも発現することがあるからな、この人たちに子供がいるかどうかは関係ない。


 最初にこの2人の話を聞けてよかったかもしれない。

 聞き耳を立てるのもたまにはいいもんだな、うん。

 よし! ちゃんと二人に話をしに行ってみるか。


 俺は宿屋のへりから手を離し、音もなく地面に着地する。


 誰にも気づかれていないことを確認し、俺は手前に道を少し戻り、近くの路地裏まで行った。そこで俺が着ている紅いローブの背中にある国旗が見えないよう、裏返しにしてから大きなフードを目深に被る。


 この紅いローブは、背後からあの黒いヒールの女に銀の剣で貫かれたはずなのに、植物性の繊維が自動的に縫合され、今では破れている所は一切いない。これも魔導具の一種だからだ。おまけに元からリバーシブル加工が施されている。

 さすが国王の服、無駄に高機能。力が覚醒した今となっては、俺も知らぬ間に魔導具を使えているということだな。


 周りに誰もいないことを確認して<姿くらまし>を解除し、魔力を抑えたまま先程の宿屋まで歩いていった。


 宿屋の見た目はちょっとボロいかな、という感じがあるものの、普通に寝泊りするぶんには大丈夫そうだ。宿屋の全体や細部を拝見すると、この世界ではベーシックな煉瓦造りで、2階建ての建物だ。


 俺は静かに宿屋に中へ入って行った。

 中はテーブルとイスが2セットずつある奥にカウンターがあり、そこには人間より顔がゴツゴツしていて背が低いゴブリンだと思われる店主がいた。


 俺が店主に2階に友人がいるはずだから入ってもいいか、と尋ねると、店主は軽く受け流すようだったがすんなり許可してくれた。


 俺はカウンター横の木製の階段を昇り、先ほど覗いていた部屋の前まで行った。

 俺は流れるような所作でその部屋にノックをした……がしかし、中からの返事がない。


 警戒されているのかな、まぁそうだよね。もし出会いがしらに戦いになってもなぜか負ける気がしないからこんなことができるんだけどね。


「すみません、お話がしたいのですが」

「……どちらさまでしょうか? お隣の部屋の方ですか? 少々うるさくしてしまったのなら、申し訳ありません」

「いえ、お隣の“部屋”というより、“国”の王ですが」


 扉の向こうから警戒するような女の声が返ったきた。


 俺は真面目で本当の本当に素直な性格だからな、別にわざととかじゃない。

 なんだか部屋の中から物が倒れたり人がバタバタしているような音が聞こえる。

 このままじゃ窓から逃げられちゃうかなぁ、それともこの扉を突き破って襲いかかって来るかなぁ。


 その前に俺が部屋の中に入ってみようか。


「失礼しまーす」


 扉には鍵が掛かっていたが建てつけが悪いのか、何度か木製のL字型の取っ手を下に(ひね)っていると開いた。

 中に入ってみると、こちらを向いた二人は荷物をまとめて担ぎ上げ、今にも逃げて行きそうな勢いで窓に足をかけていた。


「待った! 事情はある程度聞かせてもらったから! 別に獲って食おうってわけじゃないから!」


 俺の必死のストップコールを奴らは無視して窓から飛び降り、逃げていった。


「そう……逃げちゃうんだ……じゃあ実力行使しかないよねぇ」


 奴らを生け捕りにする、これは決定事項となった。


 俺はフードの下から笑みを浮かべ、マークした奴らの動きを確かめるために八咫烏の“グロワール”『絶対方向探知』を発動し、同時に闇魔法の<姿くらまし>で音も無く部屋を後にした。


 ◆


 数分後、俺は街の外まで奴らを泳がし、ガルグイユの男がふらふらと地面に近いところを飛んでいるのが俺の視界で確認できる。その彼の左手を前から引っ張っている黒い妖精が、黒く発光する羽を必死に動かして林の中に逃げ込んでいった。


 俺は紅い吸血鬼の翼に力を込め、奴らを追って林の中に突っ込んで行く。


 奴らを捕まえる、今はそれだけだ。


 するとすぐに林の中にぽっかりとした空地が広がっているのが見えてきた。そこにはガルグイユの男が立って待ち構えている。


 罠かな?


 空地の手前の木の枝に降り立ちしゃがんで様子を見る。今は俺の<姿くらまし>で俺の居場所は気づかれていないはずだ。


 もう片方の妖精の女は空地の奥の林で止まって待ちかえているのか、と思って油断していたら、頭の中のマップに点となって見える黒いヒールの女のマークが、空地の奥から自分の背後へと一気に瞬間移動(・・・・)した。


「神の御許(みもと)まで送ってあげる」


 至近距離、俺の背後からあの女の声が聞こえた。


「自分でも行けるから遠慮しておくよ」

「っ!?」


 俺は女が突きだして来た剣を身をずらして躱し右脇に入れ、右肘を引いて女の手から剣を地面に落とした。

 続けて、俺は木の幹を蹴って(ひるがえ)り、女の背後を取る。


 女は俺の動きに反応できていない。

 俺は吸血鬼の翼を広げ、空中に留まりながら女を後ろから羽交い絞めにした。


 あ、ちょっ、そんなに暴れないで危ないから!


 この娘は実はそんなに強くない。<姿くらまし>で今も俺の姿は見えていないはず、なのに俺の背後に瞬間移動ができる、そんな“グロワール”をこの女は持っているのだろう。きっとちょっと特殊な能力なんだな。


「エンディ!!」

「クッ……! は、早く! グラードは早く逃げてっ!! ここは私がなんとかするから!!」

「そんなことできるわけないだろ!!」


 あー……やめて……これじゃあ俺、悪役じゃん。

 悪役も悪くないけど、もっと派手目の方が好―――今はその話を出すときじゃないよな。


 俺は<姿くらまし>を解除し、ゆっくりと羽ばたきながらグラードという男に近づき、空地に降り立つ。


「……俺達を始末しにきたのか、わざわざ国境を越えてまで。まぁ当たり前か、吸血鬼の王は俺達の手によって殺されたのだからな」


 俺はエンディと呼ばれる女を羽交い絞めにしていた右手だけを(ほど)き、その手でフードを取ってグラードに俺の顔を見せた。大きくなっても小さい頃の面影くらいはあるだろう。


「だから、王はここにいるってば」

「な!?」

「えっ!?」


 ◆


 俺はさっき宿で盗み聞きした話と予想を二人に明かし、一瞬魔力を解放することで吸血鬼の“グロワール”であることもちゃんと証明した。


 『まぁ、もうちょっと落ち着いて考えてみよう』という話をしたら二人の好戦的な態度は徐々に落ち込み、話をしてくれる雰囲気になり、彼らの事情も少しずつわかってきた。


 エンディはウェンディゴという妖精の種族で神殿から派遣されているということ。

 数十年前、国家間戦争で負けた後、ガルグイユとウェンディゴの種族は奴隷としてテオーリア王国に国もろとも編入されたこと。


 ウェンディゴの“グロワール”の能力は半径30メートル以内なら一度見た相手の背後に5分に1回、瞬間移動できるというものであること。

 そして今は三人で空地の地べたに座って、俺の話を聞いてくれている。


「―――でね、君たちはテオーリア王国に()められていると思うんだ。俺としては君たちとその民を、なんとかしてあげたいとまで考えてるよ。ただ、俺の国民を傷つけた罰はそれ相応に受けてもらわなくちゃいけない」


 2人は顔を見合わせ、やがて決心したかのような面持ちで俺に片膝を着いて頭を下げた。


『我々の命と引き換えに、我々の種族をお救い頂けないでしょうか』

「いやいや! 命はいらないなぁ、ちょっと血を分けて欲しいだけなんだ。時間がかかってもいいから注射で数百人分」

「ひゃっ……!? 俺……注射苦手」

「い、いえ、でもそれで民が救えるのならこんな容易い話はないですね。ぜひ、お願いします!!」


 グラードは注射が苦手なのか、見た目は大人の男って感じだけど、中身は案外子供みたいなんだな。

 エンディは俺の話に乗り気のようだ。


「……お、お願いします」


 グラードは顔を真っ青に染めながらだったが、こちらも俺の話を了承してくれた。


 2人の血を要求したことにはもちろん、理由がある。

 吸血鬼には特殊な能力が存在するのだ。それは血を飲んだ相手の魔力の性質を真似することができる、というもの。

 ジオノールがもしママ以外の種族の血を吸っていれば、戦えるレベルで他人の魔法や能力を使えたことだろう。


 普通の吸血鬼はそこまでは使うことができない、せいぜい生活魔法レベルだ。

 そこで寿命が長い吸血鬼は技術を研鑽する時間が大いにあったこともあり、魔導具を作り始めようと思い至ったのだ。


 もともと、魔導具の基礎技術が確立していたが、なかなか火以外の魔導具を作ることが出来ていなかったフェニックスの存在を吸血鬼が知った。

 お互いの合意を確認し、そこから共同で多種多様な魔法が使える魔導具を作り始めたのだ。


 魔導具の製造で吸血鬼やフェニックスなどの生活がより豊かになった。

 国内に留まらず、他国にも売って大金も得られることから、魔導具がヴァルレイ王国の建国と発展に寄与していったことは間違いない。


 グラードとエンディの“グロワール”の血も、いつか新しい魔導具を生むきっかけになることだろう。


 問題はどうやってテオーリア王国にいるガルグイユとウェンディゴの民を救うか、だな。


「っていうことだから、とりあえず今日はみんなでヴァルレイ王国に戻ろう」

「よろしいのですか?」


 グラードは俺に確認するように訪ねてきた。


「私たち……やっぱり捉えられますよね」


 エンディは俯き加減で俺を右から不安気な目で見つめてきた。


「そこは普通の客人としてもてなすよ。ただし、ちゃんと傷つけた人たちに謝ってからね」

『ハッ!』


 なんだかこの二人がすっかり部下みたいに……彼らの片膝お辞儀に若干、俺は慣れてきてしまった。


  この2人は手加減もしていたようで、あくまで目的は俺の命だったようだ。だから怪我を負った俺の国民はすぐに治るような傷のはず、ということらしい。

 アカリのときは割と本気だったみたいだけど。俺も病室までお見舞いに行きたかったから、一緒にこの2人も連れて行こう。


 さて、行こうか……と、俺は立ち上がったが、その前に―――――俺は夕方になりつつある左の林の木々を見つめた。


「そこにいる八咫烏の君たちも一緒に帰る?」


 そう、俺が吸血鬼の“グロワール”の力をこの二人に見せてから数分後、こちらを見る視線に気がついていた。おそらく俺が一瞬解放した魔力を嗅ぎ付けて来たのだろう。


 俺の問いのすぐ後、目の前に黒い(もや)が2つ、風と共に現れ、靄が晴れるとそこから2人の女の八咫烏が現れた。

 彼らはアカリと同じようなくノ一風の短い黒い浴衣のような恰好をしているが、(からす)の仮面で顔が覆われていて中を覗くことはできない。

 しかし、髪や体型から女ということははっきりわかる……女性アスリート体型という感じだ。


「はい! 私たちが道中の先行を致します。申し訳ありません、陛下に聞き耳を立てるような真似をしてしまいまして……」

「いいよいいよ。もし彼らが変な動きを見せたら出て来ようとか、してくれてたんでしょ?」

「はッ、はい。ありがとうございます。それでは、参りましょう」


 グラードとエンディは八咫烏の存在に気づいていなかったようで、少し驚いていた。


 八咫烏の2人の兵士の内、右側で片膝を着いていた身長の高い方が小隊長なのか。彼女だけが俺と会話をした。


 基本、ヴァルレイ王国では二人一組で国境の警備や国内の治安を守っている。


 まぁ、この八咫烏の兵士達は、アカリか誰かに俺の行先を調べてこいとか、言われたのかもしれないけど。

 2人ともここにいるということは、まだヴァルレイ王国へ(しら)せには行ってないのかもしれない。場所を探すのは、いざとなればアカリがいるしな。アカリの『絶対方向探知』でどうにもでもなるだろう。


 この八咫烏の兵士、もとい彼女たちは俺の見張り役なのかも……もしかして吸血鬼の城の塔でリリルを俺の部屋まで通したのも……と俺が1人で考えているうちに、みんなは立ち上がり、翼を広げ始めた。


 グラードは闇魔法が使えないためエンディが手を繋いでグラードにも<姿くらまし>を掛けて移動するようだ。


 一応、ここには“グロワール”が3人とヴァルレイ王国の兵士が2人いる、ということで、ゴドアズ帝国を刺激しないため、変に国境の検問所を通るよりは無理やり国境を抜けた方が良いということになった。


 このくらいの距離なら<姿くらまし>の限界時間が訪れて兵士に見つかりそうになっても最悪、俺が補助することもできるし、すぐに国境を越えられることもできるだろう。


 俺達は<姿くらまし>を使って空地(あきち)を飛び立ち、林を抜けて行った。


 道中、特にゴドアズ帝国の国境警備兵などとは遭遇しないまま、俺達はヴァルレイ王国の領空に入っていった。


 赤い空は夕日が濃く眩しいが、首都イグノバルンと王城を美しく染め上げていた。

すみません、今週は忙しかったため更新がいつもより遅かったですね。


ジンは能力を開花させ、新しい物事が見えてきました。

次回はその眼で何を見るのでしょうか。

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