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Bloody War Cry ~吸血鬼の王に弱点はほぼない~  作者: イーリス
第一章 空虚の王
7/27

葬儀と宣言

 (まぶた)の向こうに光を感じる。

 少し目を開けると太陽を右上の方に感じる。俺は南に頭を向けて寝ていたのだったと思い出した。一人暮らしの部屋では北向きだったからちょっと違和感があるが、なんとなく清々しい朝だ。


 記憶の混乱は無かった。昨日のことはよく覚えている。自分はどういう存在としてこの異世界に生まれてきたのか。それは、吸血鬼の長、ヴァルレイ王国の王として、俺はこれから生きなければいけないということだけはわかっている。一つ一つ、やるべきことをやっていくんだ。生きるために自分は力を尽くさねばならない。

 (たみ)から愛想を尽かされた王の末路は悲惨だ。


 今日はヴァルレイ王国初代国王、ジオノール・ヴァルレイの葬儀を行う。おそらく、グレイアねーちゃんが『準備がある』と言っていたのはこの事だったのだろう。


 俺は思考を繰り返すことで頭を覚醒させ、動くことに抵抗してくる体に対抗する。少しずつ言うことを聞いてくれるようになった体を起こし、背伸びをしようとした。

 そこで視界の端に何かが見えるのに気づいた。俺が寝ていたベッドのすぐ右になぜかツーサイドアップの金髪の幼女がいた。

 いつからそこにいた!?


 幼女は緑色の双眼は理知的で、花や(つた)の刺繍が入った白いワンピースを身に纏い、そして不思議なことに背中には薄緑色の透き通る四枚羽が()えている。四枚羽は太陽の光を反射し、光の粒子を放っているかのように美しかった。


「よっ!」

「よっ!」


 ハッ! 右手を挙げて挨拶をしてきたから反射的に同じポーズで挨拶を返してしまった。



「やっと起きたか、ジンよ」

「あっ、うん、おはよう。それで、お嬢さんのお名前は?」


 この幼女は一体何者なのだろうか。俺の名前も知っているようだし、ここに入れるのは限られそうなものだけどなぁ。それとも、昨日アカリが言ってた部下は別に俺の部屋を警護してた訳じゃなかったのかな。ジオノールは民にオープンな王だったの?こんな妖精みたいな幼女も入り込めるような……き、危険だ。

 ん? 妖精? アカリから聞いたこの国の説明にいたっけ? でもこんな羽持つのは、やっぱり妖精だよな?


「わっちはバンシーの“グロワール”でリリルという。神殿から来た、ヴァルレイ王国担当の妖精じゃ。昨日はちと忙しくて叶わんかったが、今日はこうしてジンに会いに来れたわ」


 バンシー、やっぱり妖精だったか。そういえば、この羽は俺が最初に棺から目が覚めた時にもいたような気がしないでもない。

 神殿とは何のことだろう……『担当』ということはリリルのような存在が他国にもいるということか。


「俺に会おうとしてくれてたんだ」

「そうじゃぞ。ジンをこの目で(しか)と確かめたかったからの。『このヴァルレイ王国の王の間に吸血鬼の“グロワール”が現れる』と、わっちが神託を受けて予言したのじゃ。」


 リリルは自慢気に手を腰に当てて胸を張った。

 幼女なのに変わった口調だなぁ。見たところ、今の俺よりも少し身長が高いくらいの小さな少女なのに、その姿に似つかわしくない風格を感じる。


「予言? そんなことができるの? すごいね!」

「そうじゃろそうじゃろ? わっちはすごいんじゃぞ。昨日はずっとジオノールの葬儀に何か危険が起こらないか、ずっと予言を待っておったんじゃが、無いようなのでな。ジンも安心せい」


 そうか、今この国は国王を失ったばかり、情勢が不安定になる可能性が無いとは言えないもんな。

 リリルはさながら、この国の占い師といった存在なのかもしれない。統括将とは名乗らなかったし、アカリの説明にも無いことを考えると、極少数しかバンシ―はいないのかもしれない。


「そうだったんだ、いろいろと苦労を掛けるね。これからよろしくね、リリル」

「うむ。ジンは記憶が無いと聞いたが、本当か?」

「そうなんだ、わからないことばっかりでね」

「不思議じゃのぉ……ジオノールに子供がおったとは思わなんだ。ジンは今までどこにおったのかのぉ。わっちの予言は知りたいことが自由にわかるものではないんじゃ、たまぁに……結果が変わることもあるしの」


 リリルの予言は受動的で使い勝手が難しそうだ。


「予言は難しいんだね」

「まぁのぉ……」


 リリルは深いため息を吐くと、黒い紐で蝶々結びにされたツーサイドアップの金髪もどことなく元気がない。

 そうやってリリルが肩を落としていると、右側にある階段側の扉が開く音がしたがここからでは誰が入ってきたのか、すぐにはわからない。

 階段側の壁の奥から部屋に入ってきたのはアカリだった。


「っ!? リリル様!」

「なんじゃアカリ、朝からそんな大きな声を出して」

「ジン様はまだ寝ておられたはずですよ? リリル様がなぜこちらに……警護の八咫烏には誰も入れるなと言っておいたはずなのですが」

「あぁ、あやつか。最初は断られたんじゃがな、ちょっと脅したら入れてくれたぞ?」

「おど……!? ……ちなみに何と?」

「『ここを通さなければ、わっちのやる気が()がれる。そうなれば重大な予言を見過ごしてしまうかもしれぬ。もしその責任がお主にあると世間に知られれば……後はわかるの?』とまぁ、この世の終わりのような絶望感を出して言ってやったんじゃ。すると喜んでここに入れてくれたぞ」


 口を大きく開けて笑うリリルの姿は、今の会話さえ聞いていなければ無邪気な子供のような笑顔だった。

 アカリは開いた口が塞がらず、俺はなんだかちょっと笑ってしまった。

 この幼女はなかなか強引な性格をしているようで、我儘(わがまま)論理のちょっと変わった妖精だ。


 その後、リリルは10階の会議室で待つと言われそこで別れた。おそらくムヒョウに食事をご馳走になったキッチンと円卓のある部屋のことだろう。

 俺はアカリに水だけ出して貰い、朝の準備を一人で着々と済ませていった。


 昨日、風呂に入る時に自分がもともと穿()いていたズボンの中を覗き気がついたが、この世界にも下着はちゃんと存在するようだ。寝るときは完全にバスローブ一枚で下の方がスース―していたが、朝の着替えの中にはちゃんと薄いパンツが(かご)の中に入っていた。

 ということは女の子もちゃんと穿()いているのだろう……俺は想像しようとする頭を振り切り、服を着た。


 用意されていた服は昨日俺が着ていた物ではなく、しかし形はほぼ同じで、フード付きのローブで中はボタンの付いたシャツとズボンなのだが、色は黒から少し派手目になっていた。

 全体的に紅色で、ローブの背中には国旗だろうか? 9つの城で成り立つ王城を上から見たときの図に少し手を加え、吸血鬼の城を中心として周りの城が左右4つずつの羽となり、合わせれば黒い翼となるようなデザインだ。

 俺の厨二心が再び沸き立ち、(はず)むような足取りで紅い絨毯の階段を駆け下り、みんなの待つ10階まで行った。


 俺が10階の会議室の扉の前まで来ると中から声が漏れているようで、少し聞き耳を立ててしまった。中からは女の子の声がたくさん聞こえる。

『民には衝撃的だろうな。ジオノールが崩御(ほうぎょ)したというのは』

『そうねぇ。ヴァルレイ王国初代国王にして、フェニックスの転生組を除いては建国時代、最後の人だったものね。民からの信頼も厚かったから、それは相当惜しまれるわよ』

『まぁ、謎は多いけど、あのチビッ子だけでも居てくれて助かったじゃない? とりあえずは、それで今まで通りやっていけるように頑張っていかないとね』

『わっちはさっきそのジンを見てきたぞ』

『本当!? どうだったにゃ?』

『本官も気になるであります!』

『それがのぉ、わっちはずっと寝顔を見ておったんじゃが、突っついても起きんくてな。それで今度は頭を撫でてやると少し微笑んだんじゃ、それがもう可愛くてのぉ』


 ちょっと待って! 俺そんなことされてたのか……恥ずかしい。

 聞き耳なんて立てるんじゃなかった、いつ出て行こう。な、なるべく自然な感じで……うん、そうだそうしよう。


 と思っていたら突然、目の前の扉が開いた。会議室側から引かれたその扉を開けた人物は、蒼色の長い髪に美しい切れ長の碧眼(へきがん)、腰の辺りからはスルリと伸びる蒼い尻尾には棘が付いている。

 彼女は口の端を釣り上げ、静かに、しかし獰猛(どうもう)な目つきでこう言った。


「……見ぃーつけた」


 ひぃぃぃぃいいっ!!!

 ごめんなさいごめんなさいと口に出そうとするが恐怖でうまく声が出ない。


 蒼い少女はヒールの高い白い革のブーツで紅い絨毯を歩き、じわりじわりと俺に迫る。

 俺は顔を引き()らせながら一歩、また一歩と後ずさる。だが5歩目で状況が変わった。左足が階段の地面を捉えることはなかった。この螺旋階段に手すりは存在しない。いつの間にか俺は階段の踊り場から出るほど後退していたんだ。


 体に浮遊感が訪れた。世界がスローモーションに見える。会議室の奥の方でアカリが俺の名前を叫ぶ声が聞こえるが遠く、俺は仰向けになり、正面すぐそこには木の板で出来た天井が見えていた。ここで俺は目を閉じてしまった。

 しかし、俺が地面に叩きつられることは無く、代わりにあるのは、俺の顔面に押し付けられる程良い柔らかさのおっぱいの感触だった。


「ごめんなさい、脅かせちゃったかしら。アカリからジン君は飛べないと聞かされていてよかったわ」

「あ、あの……ありがとう」


 俺は蒼い少女に抱き締められ、助けられた。蒼い少女は背中から鱗のある蝙蝠のような翼が生えていて、くるっと回転、宙を羽ばたいて上昇し、2階分上がった所で10階の踊り場まで戻ってきた。


「私はファフニールの“グロワール”、ファフニール統括将フェリティア・ファルガント。よろしくね、ジン君」

「こちらこそよろしくね」


 先程の獰猛さはどこへやら、そこには細身で肌が白く繊細な印象を受ける少女がそこにいた。フェリティアは青色のドレスを身に纏い、髪を触る仕草一つ取っても優雅に見える。蒼い髪の上には白くて細いカチューシャを付けていて、とても似合っている。


 すると近くまで来ていたアカリが更に俺の傍まで近づき、俺の目線まで来るように片膝を着き、心配そうな目で俺は体中を見回された。


「大丈夫ですか!? お怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫だよ。フェリティアが助けてくれたんだ」

「はぁ……よかったです。申し訳ありませんでした、本来でしたら私の役目なのですが」

「俺は無事だから気にすることないよ! そもそも自分で足を滑らせに行ってたしね、いやぁ、恥ずかしい所見られちゃったな」

「いえ!」


 グレイアねーちゃんとムヒョウも近くまで来ていたが、アカリの足が速かった。


 俺は笑い右手で頭を掻き、この場を収めた。

 アカリに促され会議室に入ってみると、そこには10人が全員、美少女の集団だった。フェリティアとアカリとグレイアねーちゃんとムヒョウと俺以外は、全員円卓に着席していて何事かとこちらを伺っていた。


 まずは、知っている()から整理すると、吸血鬼のグレイアねーちゃん、八咫烏のアカリ、雪人のムヒョウ、バンシ―のリリル、ファフニールのフェリティア、ここまでで5人。

 アカリの説明を思い出し、残り5人の種族はきっとバハムート、マンティコア、フェンリル、アルミラージ、フェニックスということになる。俺は少女達の身体的特徴を観察すると全ての予測がついた。


 おそらく、フェリティアと同じようなドラゴンの尻尾を持っているのがバハムートで、こちらは鱗の色が黒く、棘が赤い。身長はこの中で一番高く、筋肉質な体つきをしていていかにも強そうな感じだ。


 灰色の跳ねた髪と猫耳をした少女、いや幼女はマンティコアだろう。幼女レベルで言うとリリルと身長の差はほとんど無いが、雰囲気が大人びている印象のリリルと比べると子供っぽく陽気な印象だ。


 焦げ茶色の髪と犬耳をした少女はやや身長高めで運動が得意そうで快活な印象だ。長いポニーテールは腰まで届き、前サイドも胸辺りまで来ている。


 白い兎耳の爆乳娘はアルミラージだろう。髪はややピンク色でふんわりとしたウェーブが可愛い。あーもうとにかくおっぱいが大きい、一番大きくてもんの凄い。


 そして残りの一人がきっとフェニックスの()なんだ。腰にかかりそうな赤いツインテールで切れ長の赤い目は鋭く、燃え盛るようなエネルギーを感じる()だ。


 フェリティアが扉を閉め、全員が席に着くと好奇の眼差しに俺は(さら)された。


 俺が円卓の頂点の位置に座っているとすると、右回りに俺、ムヒョウ、リリル、フェニックス、ファフニール、アルミラージ、フェンリル、マンティコア、バハムート、グレイアねーちゃん、アカリ、そしてまた俺に戻ってくるという位置順だ。


 視線が俺の体中を突き刺さっているようで、まずは俺から話しかけてみようと意を決して口を開いた。


「俺の名前はジン・ヴァルレイ。父、ジオノール・ヴァルレイ初代国王の刻印に従い、俺はこの国の王になろうと思っている。俺はまだまだ青二才のひよっこで、至らないところばかりだと思う。俺と、この国に、みんなの力を貸して貰いたい」


 俺はみんなに向かって頭を下げた。こんな謎ばかりの俺をこの少女達はどれだけ信用してくれるのかはわからない。俺は誠意を見せて、みんなの反応を待つことしかできないんだ。

 頭を下げたまま、俺は自分の小さな手を眺めていると、周りから少し笑いが漏れたのが聞こえた。顔をゆっくり上げてみんなの様子を伺えば、口に笑みを浮かべる美少女達がそこにいた。


「我はバハムートの“グロワール”バハムート統括将、エイル・バンギスタだ。ジン殿の見据える未来に向かう道は、我が力尽くでも切り開こう」


 やだ、イケメン……じゃなかった美少女。彼女は腕を組み、俺に向かって宣言をするようだった。

 長い黒髪は前サイドを残して、後頭部で(まと)めて()われている。紫の瞳は光が強く、力強い。黒い軍服のような物を身に着け、下はズボンタイプで黒いブーツの中に入れている。


「メリッサだにゃ! メリッサ・ユールグラウ! マンティコアの“グロワール”で、マンティコア統括将っ!」


 勢いよく席を立って右手を挙げる幼女がいた。メリッサは白いボタンの半袖シャツに半袖の白衣、下は黒のホットパンツという出で立ち。


 猫耳……獣人だ……可愛くて元気な猫耳幼女だ。よく見れば灰色の尻尾がゆらゆら揺れている。いつか触らせてもらえにゃいだろうか。怒られるかもしれにゃい……でもちょっとぐらい……ハッ! いかんいかん猫語に自分が持っていかれそうになった。


「本官はフェンリルの“グロワール”でフェンリルの統括将を任されています、ハウ・ムーダントであります!」


 彼女は俺に向かって敬礼をした。わんこのおまわりさんか! そうなのか!?

 犬耳美少女! やはりいたんだな……待ちわびたぞ。


 ハウは兵士のような、または騎士というような格好で、王の間などにいた犬耳兵士達の鉄の防護パーツが体の各所に付けられた恰好よりも、金などの他の色が付き、やや派手になっている。体全体が覆われている甲冑(かっちゅう)では無いため、幾分(いくぶん)、動き易そうだ。


「わたしはアルミラージの“グロワール”でアルミラージ統括将のアリーシェ・メッゾタリアと言います。このヴァルレイ王国の農地の管理を任されています」


 こちらは白い兎耳と、肩甲骨まで掛かりそうな長さのゆるふわピンク色の髪を持つ美少女。

 大人しく、真面目そうな喋り方で、ピンクのゆるふわな髪やフリルの白いレースのワンピースは女の子らしく、爆乳だ。

 今まで最強はグレイアねーちゃんだと思っていたが、その記録は彼女にあっさりと更新されてしまった。


「アタシがフェニックスの“グロワール”フェニックス統括将のバーニア・エムエドルよ。よろしくね、吸血鬼のチビッ子」


 この腰まで掛かりそうな赤いツインテールの美少女からはツンツン感が否めない。やる気でやっているのか、それとも()なのかはまだわからないが、少し小馬鹿にされているのはわかる。いつか見返してやる。赤いドレスは炎のように揺らめいている。アリーシェの次に見たからか、おっぱいが物足りない……ほぼない……しかし、おっぱいは大きさではない。俺は決して巨乳好きという訳ではないんだ。ただおっぱいが好きなだけだ。


 俺がそれぞれみんなに挨拶を返していたら、キッチンの左横にある扉がノックされ、葬儀の時間を知らせる使用人の姿が現れた。

 聞けば、城の管理はそれぞれの種族が行なうらしく、その使用人は女の吸血鬼だったがメイド服ではなかった。黒のスーツ姿に近い、下はスカートではなく、パンツスタイル……この世界は間違っている、俺は断固としてこれを認めず、使用人の常識を(くつがえ)すことを心に誓った。


 俺達は使用人の現れたキッチン左の扉から出て、みんなに連れられるまま廊下を歩いた。

 周りは途中まで紅い絨毯が敷いてあり、豪華なお城の部屋が続いているように思えたが、半分を過ぎた辺りで研究所チックな無機質な白い壁が続くようになり、最果てには正面に扉が見えてきた。

 みんながその部屋に入って行くので、俺もその部屋に入る。


 そこは玉座の無い王の間を4分の1にしたような部屋で、西洋風の長椅子がテーブルを挟んで向き合っているのが縦に2セット並んでいる。その端、扉側には一人用の椅子があり、もう片方の端、奥の一面大きな窓ガラスの側にはまた長椅子が置いてある。

 壁は黒く、部屋に入って右側の壁には何処かの湖を描いた絵画が飾られている。左側の壁には暖炉も備えられているが、今は気温が高いため使われてはいない。床全面に紅い絨毯が敷き詰められ、天井には蝋燭のシャンデリアがあるが、今は昼間で明るいため灯ってはいない。


 みんなは長椅子に座るでもなく、奥の大きなガラス窓側に歩いて行った。

 どこまで行くのだろう、俺は首を(かし)げそうになったが、答えはすぐにわかった。俺の耳には遠くの方で大勢の人のざわめくような声が聞こえてきた。

 窓は真ん中が外に両開きになるようで、そこを超えると広いテラスが広がっていた。ここは10階、眼下には首都イグノバルンの街並みが広がっていた。正面のテラスの柵に近づくにつれて、声の正体が見えてきた。


 そこには統括将の彼女達と似たような身体的特徴を持つ人々が王城の敷地いっぱいまで中に入り、この吸血鬼の城の周りを囲んでいた。


 それは圧巻の光景で、群衆の目はみんなテラスの方を見上げているようだ。ヴァルレイ王国の国民全員ではないだろうが、それなりの数がそこにはあった。中には俺達を背に翼を守るようにする黒と蒼のドラゴンや蝙蝠などの翼をもった兵士達の姿や、地上の方には他の種族の兵士の姿も確認することができた。


 始まるんだ、ジオノールの葬儀が。

 俺を真ん中にして、彼女達はテラスの柵の一歩手前まで来ると一列に並んだ。


 その中から一人、前に出る。列の一番右にいたエイルは腰に携えていた剣を右手に掲げ、眼下の国民にも聞こえる大声で言い放った。


「ヴァルレイ王国!! 初代国王ジオノール・ヴァルレイはもうこの世にいないことが確認された!!」


 国民にざわめきが起こる。口々に疑問の声が飛んだ。


『この世にいないとはどういうことです!!』

『ご遺体が見つかったのですか!?』

『まさか! 他国に暗殺されたというのですか!?』


「静粛に!!」


 エイルは息を大きく吸い、再び声を張り上げた。ドラゴンの声はよく通るという特殊さを俺は感じた。


「遺体は見つかってはいない!! しかし! 妖精の姫巫女、リリルの予言が出た!!」


『その内容は!?』


「内容は『このヴァルレイ王国の王の間に吸血鬼の“グロワール”が現れる』というものだった!! そして現れたのは! ジオノール・ヴァルレイの息子、ジン・ヴァルレイ!!」


『えぇっ!?』

『ご子息がいらっしゃったなんて、お前知ってたか?』

『いやぁ知らないな』

 と話しているに違いない。国民のざわめきが現時点のピークを迎えている。


「皆も承知の通り!! 同じ種族に“グロワール”は二人としてこの世に存在しない!! よって、ジオノール・ヴァルレイは崩御されたということがわかった!! 遺体は見つからなかったが!! しかし!! ここにジオノール・ヴァルレイの葬儀を執り行うこととする!!」


 すると俺達の後ろから、男の使用人達4人が()の棺を運び入れ、テラスの床に静かに置いた。

 その棺は俺の棺とよく似ていて黒かったが、淵に紅いラインと、蓋には紅く国旗が描かれていた。


 俺のすぐ左に立っていたムヒョウがその棺に両手を向けると、指先から白い雪の風が吹き出し、棺を覆ったかと思うと、棺は浮き上がった。ムヒョウはその棺を国民に見えるようにテラスの外へと浮かばせ、俺達の頭上を通過させ、ゆっくりと運んで行った。

 

 国民にも見える位置に来ると、今度は剣を収めたエイルとフェリティアが左右から少し近づき、エイルは右手を、フェリティアは左手を棺に向けて掲げた。

 エイルの右手からは雷を帯びた小さな黒い龍、フェリティアの左手からは風を纏った蒼く輝く小さい翼の生えた龍が生まれ出た。2匹の龍は棺を横水平に左回りし、お互いの尻尾を口に(とら)えた。


 国民も俺達も、行なわれているそれを静かに見守っていた。


 そして、ムヒョウが棺を浮かせ続け、ムヒョウの2つ左隣にいたバーニアが一歩前に出て、両手を棺に向けると、その手からは轟轟(ごうごう)と燃え盛る高温の炎が溢れだし、棺を灰も残さず焼切って行く。そして、二匹の龍も炎の中に入ると炎も消え失せ、そこには何も残らず、静かな余韻だけが訪れた。


 国民も統括将や妖精の少女達も故人を思い浮かべているのか、皆それぞれ目を閉じたり、祈りを捧げていた。


 二匹の繋がった龍は“ウロボロス”を表しているのだろうか。そしてフェニックスの炎。

 どれも永遠や再生といった願いを込めているかもしれない。


 手を降ろした一同もエイルを残し列に戻り、エイルは再び口を開いた。


「ジオノール・ヴァルレイ初代国王はもうこの世にはいない!! しかし!! 我らには彼の忘れ形見である息子、ジン・ヴァルレイがいる!!」


 エイルはそこで言葉を切り、俺に視線を向けてくる。


「一言、国民に挨拶しないか?」

「え!?」

「嫌か?」

「とんでもない! 今か今かと待ち望んでいたよ!」


 正直、こんな大勢の前で(しゃべ)るすごい緊張するし、失敗したらどうしようとも考える。膝が笑いそうになるのを必死に(ムチ)を打って国民の方を見る。


 前に出ようとしたところ、使用人が横から現れ、木で出来た黒い四角い台を置いてまた去って行った。な、なんて優秀なんだ。このままじゃ柵で国民が見える位置まで届かないもんな。


 俺は使用人に感謝して、台の上に(のぼ)り、石の柵に手を付いた。

 目を閉じて深呼吸し、美しい青空の空気を沢山自分の体に取り込んだ。話す内容を整え、落ち着いた所で目を開いて口を大きく開けた。


「俺はジン・ヴァルレイ!! 父に継ぎ、このヴァルレイ王国により一層の発展を仕掛け!! (みな)がいつまでも笑って暮らせる国にしたい!! 皆が誇りに思ってくれるような国王になると、ここに宣言する!! 俺はそのためにこの身を尽し!! 皆の翼となろう!!」


 世界は永遠にも似た静寂に包まれる。

 数秒後、火蓋が切られたかのようにどっと歓声が訪れた。


『ジン様ぁぁああ!!』

『ジン陛下ぁああ!!』

『我らの新たな王が誕生したぞぉおお!!』

『全員が新世代の“グロワール”になった!!』

『やだ新しい王様可愛ぃいい!!』

『隠し子!? ねぇ隠し子なの!?』


 ん? 後半がなんか騒がしい。隠し子かどうかは俺も知らないんだ、ごめんね。

 国民は手を振ったり俺の名前を叫んだりしていた。俺もそれに応えるように手を振り返す。

 批判とかが起きなくてよかった。いきなりこんな子供が王様なんて言ったらどう反応されるだろうと内心ずっと冷や汗を掻いていた。


 ジオノールの葬儀と俺のお披露目は歓声のまま終わった。

 国民は帰る際も俺に、いや俺達にかな、手を振っていた。


 魔導具も使えないなんて知られたら笑われるんだろうか、それか呆れられるだろうか。それとも……という考えが頭を(よぎ)るが、今はこのちょっとした昂揚(こうよう)感を満喫しようと、俺は最後の一人まで笑顔で手を振った。



皆さんはもうとっくの間にお気づきのことでしょう。

そうです何を隠そう、私がイーリス=オッパイスキー12世その人なのですよ。


もし『これじゃ長すぎるよ!』という場合は教えてください。そのときは分けるかもしれません。


ここで第一章を終わらせようか、と考えています。

なぜ終わらせるのか、それには理由があります。

なぜなら第二章は……

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