異世界での生活と拠点
ムヒョウは首元に左手を持っていき、和服の襟元を少し、透き通るような細い首をチラリ、と俺に魅せつける。
「私の血、吸ってみる?」
「直飲みぃぃぃい!? 」
俺は思わず叫んでしまった。自分で思っていた以上に高い声が出て、やっぱり幼いんだなと自覚し……いや! そんなことより今は目の前にいる妖艶な和服美人お姉様にどう対処するか考えなくては!
どうするどうするどうする!?
俺の人生史上、最も大人の色気という物を実感している。
ムヒョウの唇は艶っぽく、口ではあんなことを言っておきながら頬は恥ずかしそうに仄かに上気させ、潤みを持つ瞳は不安なのか、探るように俺の様子を伺っている。
5歳に向ける瞳じゃないよ……俺達会ってからまだ2時間かそこらだよ?
―――それはまるで“付き合い初めて3ヵ月目”のある日。
もうそろそろキスをしてもいいかもしれない。でも、彼はなかなか手を出して来ない。彼女のうずうずした胸の想いとは裏腹に、彼は今日もまた『じゃあね』と優しく手を振る。
もう我慢できない。
彼女は、帰ろうとする彼の腕の裾をつまんで引き留める。彼女は彼に今の顔を見られたくないと俯き、振り向いた彼には聞き取れない小さな声は、冬の雪の合間をただ擦り抜けていく。
『え? 何?』
だから……。
彼女は何度も何度も口を開けては閉じる。
今日こそは、彼に言ってやるんだ。
顔を上げ、恥ずかしくて堪らない気持ちをなんとか奮い立たせて紡ぎだす。
『私の家、来て?』
みたいな感じだよぉぉぉ!!
経験はないけど。
「ムヒョウ様。ジン様が困っていますよ?」
「そんなぁ、ジンくんは私の血じゃ嫌?」
ムヒョウは残念そうな表情を俺に向け、そっと襟元を閉じる。
「嫌なんてとんでもない! い、いいの? ほら、せっかく綺麗なムヒョウの肌を傷つけちゃうことになるよ?」
「ジンくんにならいいのよっ? だってね、初めて血を吸った女を吸血鬼の男は忘れられなくなっちゃうって言うじゃない? ジンくんが一生、私のことを大事にしてくれるなら、私の血をあ・げ・るっ。それに吸血鬼の唾液は牙で傷つけた傷を治せるし、吸血は痛みもないらしいわよ?」
まじかよ。こんな甲斐性無しに夫が務まりますか?
料理がとてつもなく美味しくて美人で優しい人、俺にはもったいないだろう。
っていうかだからね、俺達会ってからまだ2時間かそこらだって!
俺の右の席から勢いよく床を引きずる音が聞こえた。
「そういうことならばダメです! ジン様はまだ小さいのでそういうお話はもう少し先にするべきではありませんか?」
「あら、アカリちゃんもしかして嫉妬? そうよねぇ、ジンくんは可愛いし、ときどき子供とは思えない顔で考え込んで大人みたいにお話しするし、不思議とどこか魅力的に見えちゃうものね。それに、とっても優しいわよね」
ふふっと笑うムヒョウに対して、アカリは両手の拳を胸の前に抱え、顔を真っ赤にして首を横に振った。肩にかかる程の黒髪が揺れる度、女の子特有のいい香りが俺の鼻孔を擽った。
俺は『またゆっくり考えるよ。ムヒョウも会ったばかりの俺に付きまとわれるようになったら、俺は嫌われちゃうかもしれないからね』と冗談っぽく笑って話を終わらせた。
久々に変な汗をかいた気がする。褒められて素直に嬉しかった。美人と美少女の両手に花というやつで、ここは桃源郷かな? なんて思ったりもしてしまった。
しかし、こんな状況に戸惑いを隠せない俺は臆病風に吹かれてせっかくの話を逃してしまった。
今はアカリとムヒョウでガールズトークを行っていて、俺は右側にある窓に歩み寄り、近くに置いてあった椅子を持ってきて座り、何気なく外を眺めている。
10階というだけあってかなり高い。4つの黒い城、そこからそれぞれ伸びる塔は、少し見上げる位置に頂上がある。どれも俺を向いていて、同じ形をしている。右側の塔の間、ここから数十キロ先には大きい山が見え、先程アカリから教わったことを思い出した。あの山は魔導石が採れる鉱山でエクドベルンという街があるのだ。
そのまま眺めていると、ぼーっと意識が遠退いていく。
俺は二人との会話を振り返り始めた。
よく考えてみればムヒョウは『私を大切にしてくれるなら』と言って吸血を誘ってきたが、『俺のことも大切にする』とは言っていなかった。だが、この2時間かそこらだけでもなんとなくわかることはある。
もし俺がムヒョウの血を吸って、ムヒョウのことが忘れられなくなってしまったとしても、ムヒョウはきっと俺を蔑ろにはしない、そういう性格の娘だろう。
それくらい本当に優しくされてしまった。そこに疑問の余地は全く見当たらない程、ムヒョウの献身的な姿は俺の心に何かを感じさせた。
計算し尽された料理の味付けで俺が『美味しい!』と言うと、彼女は『ジンくんのお口に合ってよかったわぁ。ありがとう、おかわりしたかったら言ってね』と返した。
その表情は柔らかく、抱擁力に満ち溢れるような笑顔だった。俺が子供の姿だからムヒョウの母性がちょっと出たんだろう、と言われればそれまでなのだが、俺は確かに彼女の愛情を感じた。
少なくとも、まるっきり冗談で『私の血、吸ってみる?』と言うような娘には思えなかった。
しかしそれと同時に、俺は試されていたのではないか? とも思う。
国王が消え、ふらっと現れた俺のような者がどういう人物なのかを、ムヒョウなりに見極めたかったのではないか?
最初、俺はアカリに抱っこされていた。それを見たムヒョウは、少なからずの信頼と不安を俺に覚えたかもしれない。子供の姿の俺が大した力を持ってはいない、とは恐らく思われていなかった。なぜなら、俺の『強い吸血鬼の魔力“グロワール”』を彼女たちは感じ取っていたからだ。ムヒョウがアカリを心配したのかはわからないが、ムヒョウの性格なら心配しただろうな。
そして、最終的にムヒョウは自分の体で俺を試したんだ。『私の血、吸ってみる?』と。
仮に俺が彼女達に危害を加えるような危険人物だと判断されていれば、そこで倒されていたかもしれない。
俺の『魔導具が使えない』というのは嘘かもしれないし、彼女達は妖怪で『王たる資格』とも呼ばれる“グロワール”保持者だ。しかも2対1、数で勝るならばそれも可能と考えるだろう。
何はともあれ、結果から言えば俺も、彼女たちも、信頼を感じていると言えるのではないだろうか。
本当によかった。俺の考えすぎなら、それはそれでいい。
ごちゃごちゃ考えたところで、アカリもムヒョウも恐ろしく美しく、可愛い人達だということは間違いないのだから。
『―――それに、とっても優しいわよね』というムヒョウの言葉が、俺の心の中に優しく響いた。
気が付けば、塔が4本ある内の真ん中2本の間、窓の真正面に陽が傾き、空が紺、紫、燈、赤に染まリゆくグラデーションが美しい景色となっていた。
空気が澄んでいて、夕日を反射して細長く切れる雲が散りばめられた空に、溺れてしまういそうな感覚が俺には懐かしかった。大学近くの一人暮らしをしていた部屋よりも、この世界の方が田舎の実家に近いような錯覚を覚えた。
「ジーンくんっ、どうしたの? いつまでもそんなところでぇ」
「っお! ムヒョウ。空が綺麗だなぁって思ってね」
俺は急に後ろからムヒョウに抱きしめられ、心臓が高鳴ったことを気取られないように首を反対に傾けスペースを作り、少し振り返って紳士的な笑顔をムヒョウに向ける。
思った以上に顔が近くて紳士面が崩れそうになるが、ギリギリなところを童貞の腐ったプライドを駆使して耐え、何事も無かったかのように再び空の方を見る。
流石にそろそろ目が痛くなってきたんだけど。
俺が1人で物思いに耽っている時、後ろの円卓で繰り広げられるアカリとムヒョウのガールズトークを盗み聞きするつもりは断じて……断じて、無かったのだが!
少しだけ……聞こえてしまった。
『ムヒョウ様は、その……男性経験はお有りなのですか?』
『えっ? どうしたの? 急に、ふふっ。私はないわ。あっ、他のみんなもああ見えて“ない”って言ってたわよ? アカリちゃんもそういうのが気になり出したのね』
『い、いえ! そういう訳では……ジン様に血を吸って頂こうとされている時、とても大人の女性の魅力が溢れていらして、素敵でした』
『そう? ありがとうっ。 アカリちゃんはそんなに焦ることないわよ。みんな“グロワール”だから結婚相手も慎重になるわよねぇ』
『……ジン様なら、とお思いになられたのですか?』
『ふふっ。さて、それはどうかしらね?』
どうなのぉぉおお!? と叫びたかったこの時の俺の顔は、期待と不安で歪んでいたに違いない。
そんなことも思い出していたら、俺の左肩の上に顔を寄せるムヒョウは俺に囁くように呟いた。
「私にも甘えていいのよ?」
「え?」
「ジンくんのそういう寂しそうなお顔も可愛いけど、甘えてるときのお顔の方が私は好きよ?」
俺はそんな顔をしていたのか。異世界に来て地球の日本に帰りたい、と思ったことは正直に言うとまだ無い。
家族や友人が心配しているかもしれない、と考えると俺も少し思う所はある。だが、それ以上にこんなに魅力的な時間を過ごしたことは俺の人生で初めてという感動の方が強い。
今もムヒョウに後ろから抱きしめられ、幸せな気持ちで心が満たされている自分を、認めざるを得ない。
「ありがとう、ムヒョウ」
俺は前に回されているムヒョウの両腕に、縋るように手を添えた。
そのままムヒョウと話し込み、アカリは円卓で眠りについているのだとわかった。
ムヒョウは和服と割烹着越しの筈だ。なのに生地が薄いからか、将又ブラジャーがこの世界に無いのか、ムヒョウの大きくて柔らかい双丘が俺の背中に押し当てられ、耳元で囁かれることで耳も敏感になり、俺の鼓動の速さを知ってわざとやってるんじゃないか、とさえ思ってしまう。
夕日は完全に沈んでいった。
この日の夜はまた、起きたアカリとムヒョウと俺で夕食を食べ、雑談し、そのあとアカリにジオノールが使っていたという王の部屋に案内されることになった。
アカリにこの部屋に入ってきた扉まで促され、そこを出るとアカリに運んでもらったあの塔の階段がある。
10階ともなると本当に高く、しかも手すりが無いため、吹き抜けの塔の下を覗くと吸い込まれるような錯覚で足が竦む。
蝋燭が所々に点いていて、足元は悪くないのが助かった。
先に歩くアカリは塔を昇って行き、俺は壁伝いに付いていくとすぐに扉が目の前に現れ、11階目にあるその扉から先が王の住む場所と決まっているとアカリが教えてくれた。
扉を開けるとまた階段が続いている。1階上がる毎に横に扉が見え、それが25階まで続いた。
長い!!
15階分をそんなに何に使うのだろう……とも思ったのだが、聞けば書庫であったり魔導具の保管庫であったり、ジオノールの私物がたくさん入っているらしい。
最初は妻や子供、妾用として作った部屋もあったようなのだが、ジオノールは生涯独り身で、女遊びもしていなかったという。
どんな人物なのか、いまいち掴みきれない人、いや、吸血鬼だ。
ジオノールは大体24階から25階で暮らしていたという。
24階はトイレとお風呂場と洗面台があった。階段の横に面した扉を開けると、部屋の中央にちょっとした台があり、脱衣所のようだ。
左側には洗面台があり、上の方に蝋燭が2本灯っていた。
扉が2つある。
右側の扉の中がトイレで、正面の扉を開けるとお風呂があるとアカリが説明してくれた。
少し除いてみると、どれもやはり下水管は通っているが上水管は無い。トイレが水洗で素晴らしかった。
真ん中の扉を開けると、一枚の石で出来た丸いお風呂、これもまた魔導具でお湯を作るらしい。右側の壁からはシャワーのノズルだけが出ていた。
なかなかに広いお風呂だが王様にしては質素な大きさかもしれない。
25階は他とは少し違うようだ。
左回りの螺旋階段で10階までは横の建物に部屋があったため、右側に扉があった。
11階からは入口こそ正面に扉があったが、それからはずっと左側に扉が現れた。
しかし、この25階は吸血鬼の城の塔の最上階。正面に扉が現れた。
扉を開けると右側は階段から続く壁。左を向けば、部屋の中央を向くことになる。円筒状の塔の最上階のため、この部屋も丸いのが確認できた。
その位置から斜め右側に書斎机と斜め左側にベッドが見える。天井からは蝋燭の控え目なシャンデリアが吊り下げられ、揺らめく火に照らされた部屋はよく片づけられているのがわかる。
書斎机とベッドの上には、それぞれに横2メートル、縦1メートル程の窓が取り付けられていた。
ベッド側にある方の窓を覗くと街の明かりが見える。
ということはおそらくこうなるだろう。
昼間ならば書斎机のある方の窓に見えるのは、広い更地と街道が数本、遠くの右の方には緑の牧草地ニュグボルン、真ん中に土色のパーブルン、左に鉱山があるエクドベルン。
ベッドのある方の窓から見えるのはヴァルレイ王国の首都イグノバルンの街並み。
夕日が沈んでいった方向を考えると、太陽の動きが地球と同じならば、ニュグボルンが見える書斎側が北で、イグノバルンが見えるベッド側が南になるはずだ。
俺の夜目はよく効いて、数キロ先まではまだわかる。遠くに至ってはあまり見えないが、小さな街明かりが垣間見える程度だ。
ジオノールが使っていた部屋は、黒と金色を基調とした家具で統一され、床は紅い絨毯が敷かれている。どれも使われていたという感じがあり、俺が本当に使ってもいいものか考え込んでいるとアカリが言った。
「きっとジオノール様もジン様に使われることを願っておりますよ?」
「そうかなぁ」
俺はこの部屋を見渡すと、俺が住んでいた12畳のワンルームと形は違うが、同じような大きさに思えた。
家具の質が全く違う。こちらの方が断然重厚な作りをしている。
「お風呂に入られますか?」
「うん、入ろっかな……と思ったけど、魔導具はまだ使えないんだった」
「私がお湯を入れておきます。お着替えも用意して来ますので、少々お待ちください」
「なんだか悪いね、何から何まで。そういえば、使用人はここにいないよね」
王の間を出たときに少し見たけど、あれからは見ていない。普通は使用人さんが身の回りのことをやってくれるってイメージだったんだけど、いつまでも八咫烏とか雪人の種族長にやってもらっていていいのだろうか。
「いえ、何でも仰って下さい。ここの家事はほとんどムヒョウ様がやって下さっているので、掃除などは使用人の方達がやって下さっていますよ?」
「そうだったんだ。ありがたいことだね」
「そうですね。では、少々お待ちください」
アカリは部屋を出ていき、俺は再び辺りを見渡した。
扉は二つある。
今、アカリが階段を降りて行くために使った扉と、もう一つ、おそらく外にそのまま繋がる扉だ。
昼間見た時のように、吸血鬼も翼を使い直接この部屋に入るためなのだろう。階段の途中にも何個か外につながる扉があった。
寝ぼけて外につながる扉を開けないようにしないと、そこから落ちてまた死んでしまう。せっかくの新しい命を早々(そうそう)に手放したくは無い。
アカリが出て行った扉は東側で、外に繋がる扉は西側になるだろう。
ベッド……吸血鬼なのに棺じゃないんだ。俺のあの棺はどうしよう。
まぁ、今度でいいか。
ジオノールってやっぱりおっちゃんだよな?
あのさ……臭いとか、大丈夫だよね?
俺はベッドに近づき、そっと枕の臭いを嗅いでみた。
ふむ、清掃がきちっとされているからか、臭いはない。むしろ清潔感があって毎日洗って取り替えているのかもしれない。
他のところも大丈夫だろうか、と念のためにベッドの敷き布団も嗅いでみようとした時。
ドアが開く音が聞こえた。
俺の脳がフル回転し、全俺に危機警報の警鐘が鳴らされた。
このままではいらぬ誤解を生む!!!
幸い、扉は階段に繋がっている方だったため、開けただけではまだ書斎の方しか見えていないはず!
俺はベッドから全力で飛び跳ね、階段側の壁にもたれかかり、さも今まで物思いに耽っていましたという顔で腕を組み、奥に扉がある右側の壁の影に向かって振り返った。
間に合った!!
壁の影から現れたのはアカリだった。
「どうかされましたか!? 何か物凄い飛び跳ねたような音がしたと思ったのですが」
「そ、そう? ナンノコトカナー」
それでも俺は白を切るんだ! それでも守らなければいけないものがあるんだぁぁああ!!
アカリは首を傾げて人差し指を顎にかけ、考えこんでいた。
そういう顔も可愛い。そうだ、この娘はなんとなく保護欲を掻き立てられるんだ。
誤魔化せたかな、誤魔化せたよね?
「んー? ……ハッ! そうでした、お風呂の用意が出来ましたので、お呼びに伺いました」
「そっか! ありがとうね」
ふぅ、危機は乗り切ったぜ。
俺はアカリに連れられ、24階に降りる。
扉を開けると中央の台にタオル地の着替え用のバスローブと、脱いだものを入れるであろう籠の中にバスタオルと手ぬぐいが置いてあった。
まず、正面にあるお風呂の扉を開け、アカリはもう少し説明を加えてくれた。
「普通でしたらシャワーを使うところなのですが……あちらの桶でお風呂のお湯を掬ってお体をお流しください。シャンプーとボディソープはシャワーの足元に御座います」
「俺、魔導具使えないもんね。ありがとう、アカリ」
本当に魔導具が使えないとこの世界は不便だよなぁ。まぁあるだけで全然違うけど。
さすがにリンスとかは無いんだろう。
「いえ、それでは何かあればお声掛け下さい。外で待っておりますので」
「いや! 待たせるのは悪いよ! 今日はもう遅いから、アカリも寝た方がいいよ?」
「……そうですか? では、歯ブラシと歯磨き粉は洗面台に置いておきますね。水も別の桶に入れておきますので、こちらのコップをお使いください」
アカリは隅に用意されていた物を着々と並べていく。
歯ブラシは木で出来ていて毛先は植物の茎を小さく束ねたものだろうか。歯磨き粉は小さな箱に入れられていて、おそらく粉だろうな。
アカリは洗面台で魔導具に右手を触れて木の桶に水を入れ、その上に布を被せてホコリが入らないようにしていた。
「うん。今日は本当にありがとう。また明日ね!」
「はい。では明日の朝、お迎えに上がります。何かあれば外に向かって声をかけてください。私か、警護中の私の部下がすぐに駆けつけますので、それでは失礼致します」
階段に繋がる扉を開けて出ていくアカリに、俺は笑顔で手を振って見送った。
部下って、今も実は近くに隠れて警護してくれているということか? 施錠よりは安心か。
別に期待とかはしてなかったよ……『お背中お流しいたします』なんていう展開、本当に小っとも考えてなんてなかったんだからね!
勘違いしないでよね!
自分自身に言い聞かせ、俺は一人寂しく、服を脱ぎ始めた。
普通に風呂に入り、普通に歯を磨き、普通にトイレを使おうとした。
そこに来て、こいつぁやばい! 流せない! と一瞬焦ったが、桶でお風呂のお湯を汲んで流し、なんとかなった。
今日はなぜかトイレには行きたいとは思わなかったから良かったものの、明日からどうしよう……桶を持参して誰かに水を入れてもらおうか。
もう……恥ずかしい。
そして俺は塔の最上階、25階に上がって行き、仰向けでベッドに入った。
アカリから受け取ったバスローブが心地いい。
夜目がよく効くせいか、ちょっと暗くても何も怖くは無かった。
右上を向くと、星がよく煌めいている。明るい街が無いせいか、星は爛々(らんらん)とこの世界を照らし出しているようだ。
今日はいろいろなことがあった。
起きたら吸血鬼の王になっていたなんて、とんだファンタジーだ。
しかも、美人や美少女に優しくされて……今思い出してみても胸の鼓動が早まりそうで、これが夢見心地というやつか。
明日はジオノール・ヴァルレイの葬儀。
明日から俺は王様として本格的に何かをしていくことになるのだろうか。今はあまり想像ができない。
吸血鬼も夜眠るのかぁ。
存外、疲れていたのか俺の瞼はすぐに重くなっていき、そのまま意識を手放していった。
ジンの吸血鬼らしいところってまだあんまりないですね……
ま、まだ序盤ですので!
『あくしろよ!』
『バトルは!? バトルはまだなの!?』
『それより女の子は!? 他の娘チラ見せして終わりじゃねぇろうなぁおおぉぉん!?』
『みんな少し黙っててくれないか。まずは、メイドがどこに出てくるのかについて問い質す方が先だろう』
ひぃっ、もう少しですので!(高速頭下げ)
次回はジオノールの葬儀です。
ジンの物語はどのように進んでいくのでしょう。