ジオノールとジンの謎
吸血鬼の城の塔の10階、そこにある扉を開けるとなかなか広い部屋で両側に窓が付いている。部屋の真ん中には11人掛けの円卓があった。
「あら! あなたがジンくん? たしかに可愛いわねぇ」
「あっ、ど、どうもこんにちは」
奥の方にキッチンがあり、そこに白い和服の上に割烹着を着た綺麗なお姉さんがいた。髪は長く、透き通るような淡い水色をしていた。目はおっとりとして全体的に見ると『絶対料理が上手』という印象を受ける女性だ。
どもってしまった……思えば対人スキルは自慢できるレベルではなかった。初対面の人ばかりで思い出したかのようにやっぱり少し緊張する。この人もまた美人さんだし……尚更だよ。
「こんにちはっ。私は雪人の“グロワール”、雪人統括将、ムヒョウ・フブキよ。よろしくね、ジンくん。あらぁ、アカリちゃんはよっぽどジンくんを気に入ったのね。そんなに大事そうに抱き抱えちゃって」
ムヒョウはふふっ、と口を手で隠しながら目を細めてほくそ笑んだ。
「ハッ! こ、これは違うんです! あーいえ! 気に入らないとかでもなく……その」
「あぁ! えっと、俺がここまで飛べないって言ったら、アカリが俺も一緒に抱えて飛んでくれたんだ。こちらこそよろしくね、ムヒョウ」
なんだこれ! なんかちょっと……ドキドキする。
ムヒョウもアカリに次いで日本っぽい名前だ。雪人というのも、やはり日本妖怪、雪女の類なのだろう。
淡い水色の髪は日本人っぽいとは全然言えないけど、服装が日本を感じさせる。和服や割烹着、と言ってもまたちょっとテイストが違うのだが、全体的に薄い布を使っていて、身動きがし易そうだ。
肌が氷のように透き通りそうで、おっとりとした目も髪と同じ色をしていてどこか大人っぽい、けど少女の可憐さも残している。おっぱいはなかなかの大きさだがグレイアねーちゃんよりは些か小さいようにお見受けする。
「そうなのぉ、いいわね~早速仲良くなれたみたいで。お腹が空いたの? 今からお昼の準備を始めるから、ちょっと待っててね。外から帰ったらまず、手洗い、うがいよ?」
『はーい(はい)』
ムヒョウはここの料理番なのだろうか。慣れた手付きで料理道具を棚から出し、冷蔵庫らしきものから食材を取り出している。ムヒョウは優しいお母さんのような感じだ。
さっきアカリが言っていた雪人の『食品の加工』というのは、料理のことだったのだろうか。
アカリがそっと俺を降ろしてくれた。俺は振り返り顔を上げてアカリにお礼を言った。
「ありがとうね、アカリ」
「い、いえ、当然のことをしたまでです」
アカリの白い頬は少し赤みがかって、目は少し泳いでいる。か、可愛い……なんて純粋無垢な娘なんだろう。
料理が出来るまで俺とアカリは部屋に入ってすぐ左にある手洗い場で手を洗おうと近づく。
そこには、綺麗な白い石を削り出して作ったと思われるシンクがあり、下には排水管があったのに驚いた。案外ここは技術力が高いんじゃないか。
だけど、水道管の捻り口の代わりに六角形にカットされた青色の石が取り付けてあった。それには、下向きに石で出来た短いパイプがあるのみ。
どこに水があるのだろう、と辺りを見渡していると、アカリがその青色の石を握った。
「魔道石を使うのは初めてですか?」
「うん、使ったことないなぁ。その青色の石を握って使うの?」
「はい。魔導石に触れて魔力を流すのです」
青い石が少し光ったかと思うと下の石のパイプから水が出てきてシンクを濡らした。アカリが手を離しても5秒ほど水が流れていた。
魔力を石に貯めることもできる、ということだろうか。
ここが10階だからわざわざ水を汲んでくるのも大変だし、とても便利なものだということがわかった。俺でも使えるかはわからないけど。
「おぉ……便利な道具だね。俺に扱えるかなぁ」
「ジン様もやってみてはいかがですか? 魔導石に触れて、お腹から指先に魔力を流し込むのです。放出するイメージですよ」
「ちょっとやってみるね」
まさか、手を洗うことが初魔道具になろうとは……でも生活に必要なことだから初歩として重要だろう。まぁまずはやってみよう、なんだか緊張する。
右手で魔道石を握る。お腹から右手に魔力を流し込む……放出するイメージ……あれ? 何も起こらない。もう一度、集中してやってみるが結果は変わらない。
「どうかしましたか?」
「で、出来ない……どうしよう」
「え!? あ! 最初ですからね。心配しなくても大丈夫です、きっとすぐに出来るようになりますよ!」
拳を作って俺を励ましてくれるアカリの優しさを感じてもやっぱり不安だよ!
俺は膝から崩れ落ちた。
なぜできない! 俺は吸血鬼で、吸血鬼は魔導具の技術力がある、とさっきアカリが言っていたじゃないか。吸血鬼が魔導具を使えないなんてありえるんですか!? HEY! 神よ、そこんとこどうなの!?
「なぜ……どうして……何を間違えているんだ、本当に出来ないのか?」
俺は闇の双眸を床のフローリングに向け、ブツブツと呟いた。
「ジン様……と! とりあえず今は私が水を出すので、私と一緒に手を洗いましょう!」
「……うん、ありがとうねアカリ」
クヨクヨしていても仕方ないか。
シンクの上には台があり、その上にある四角い木の容器の蓋を開けた中には透明の液体が入っていて、アカリがそれを手に付けて洗うから、液体石鹸のような物があるのだと感心した。科学的な物とは思えないけど。
アカリに水を出してもらい、俺も液体石鹸を手に付けてみる。ニュルニュルしていて植物のような香りがした。さわやかないい匂いで体には悪くなさそうだ。
また、アカリに水を出してもらい洗い流す。5歳の体では腕がやっと水に届くという位置で少し大変だ。
そのあとはコップを用意してもらい、うがいも済ませた。
何から何まで甘えっぱなしだな。こういうのもちょっと悪くないと思っちゃうんだけど。
その後、円卓に並べられた11脚ある内の椅子の2つに、俺とアカリは隣同士で座った。座席に決まりはあまりの無いようなのだが、俺はジオノール・ヴァルレイ初代国王がいつも座っていたという椅子に促され座ると、俺の右側にアカリが座った。
この席からは正面にキッチンが見える。
キッチンから火が点くような音が聞こえて、座っているとキッチンの手前に仕切りが掛かっているためわからないが、何かを炒めているようだ。次第にいい香りが立ち込めてきた。木材と鉄板出来たキッチンは左側から右に入る通路があり、対面型にキッチンは右寄せに位置している。
ムヒョウはせっせと手際よく料理を作っている。
俺はこの待ち時間を利用して、気になっていた疑問をアカリにぶつけてみた。
「ねぇアカリ、ジオノール・ヴァルレイってどんな人だったの?」
「そうですねぇ、寡黙な方でした。『うむ』『まぁ良い』『出陣だ!』『なぁ、そろそろお腹が減ってきたのだが』の大体この4つで会話は成立していました」
「そうなんだ……」
それって凄くダメな王様な気がする……お腹が減ったときだけまぁまぁな字数じゃないか。臣下が優秀ってはっきりわかるんだね。
「かなりのご高齢で、昔はかなり覇気があったようなのですが、私はまだ生まれていない時代のことなのでわかりません。今からちょうど300年前程前にこの国は建国されたので、おそらくその頃はお若かったのだと思います」
「へぇー。吸血鬼でも歳はちゃんと取るんだなぁ」
「お爺さんというにはまだ早いくらいの見た目でしたよ」
流石は吸血鬼、でもそれじゃあなぜ……?
「ジオノール・ヴァルレイ初代国王は病死だったの?」
「それが……急に姿が見当たらなくなったんです。一昨日の朝にはもう、忽然と姿を消されてしまいました」
「え……何か、普段と変わったところとかあったりした?」
「いえ、特には」
一昨日の朝ってことは、その前の晩からいなくなっている可能性が高いよな。
「じゃあもっと範囲を広げて、ここ半年か数年で変わったことは?」
「んー……最近は平和なもので、戦もなく……しいて言うならば、同じような夢を見るようになったと何度か呟いていました」
「夢? それはどういったものだったかなんて、聞いたことある?」
「確か……長い銀髪でドレス姿の美しい女性だったと仰っていたような。あ、そういえばその後から『俺はもういつでも死んでいい』と言うようになりました。ジオノール様の同世代の方々は、皆さんほとんど亡くなっていらしたので、それで落ち込んでいるのかと思い、そっとして置いたのですが……それがいけなかったのでしょうか」
アカリはしゅんと肩を項垂れてしまった。
しまった! ご飯を食べる前にするような話じゃなかったか!
「まだそうと決まった訳じゃないよ! ひょっとするとその内、ひょこっと現れるかもしれないし!」
「ジン様が吸血鬼の“グロワール”をお持ちなので、それはありえません。“グロワール”とは1種族に1人のみが顕現する特殊な能力です。同じ種族の“グロワール”持ちが、この世に2人いるなんてことはありえません」
「そっか……」
完全に話のチョイスを間違えてしまったようだ……どうしようこの空気。
「明日はそのジオノール・ヴァルレイ初代国王の葬儀を行うわ。ご遺体がないのが忍びないけど、最後は安らかな祈りを捧げましょう。さ! ご飯ができたわよっ、召し上がれ」
気付くと既にそれなりに時間が経っていた。
ムヒョウはご飯を作り終えていたようで、いつの間にか俺の左横にお盆を持って現れていた。
「うん、ありがとう。頂きます」
「頂きます」
「はいっ、召し上がれ」
ムヒョウは俺の席の左に着き、俺達はなんだか暗い雰囲気を背負ったまま昼食タイムに入ってしまった。
ナイフとフォークが、さも当然かのように出てきて安心した。何本もあるようなコース料理のマナーとかも知らないし、助かった。
出てきた料理はボリューム満点で、中皿の上に一口大にカットされた牛肉のようなソテー、素揚げされたアスパラのような野菜、バターソテーされたジャガイモ、それらに酸味がある緑色のソースが弧を描いていた。
横にはバケットに入ったパンが2個あり、合間に千切って食べてみるが、どれも本当に美味しい。おまけに黄色の果物のジュースまで出てきて、今までに飲んだことのない味だったが、白ブドウのいい香りだ。甘党の俺には嬉しい誤算だ。
最初は起きてすぐにステーキなんて大丈夫だろうか、と思ったが、そんな心配は杞憂に終わった。現代日本と比べて遜色が無いどころか、こんなおしゃれなものをあまり食べることの無かった俺は感動した。異世界でこんなに豊かな味が堪能出来るとは正直、考えていなかった。
『ような』というのは若干、俺の知ってるいるものとは違う見た目をしていたからだ。
もしかしたら俺が知らないだけで地球にもあったのかもしれないが、アスパラの葉の形が丸っぽかったり、牛肉に至っては鴨肉のような、やや甘味があるがほぼ完全に牛肉だった。
ミルク感や蕩ける肉汁というよりは肉肉しい赤身で、ミディアムレアのそれは弾力がありながらも、気持ちのいい歯切り感と舌触りがある。
どれもこれもシンプルな料理のはずなのに、香辛料を絶妙に配合しているような深い味わいで、ムヒョウの料理の腕の高さと食材が完璧に融合している。パンはさっき焼いたのがわかるもちもち感と香りがあった。
「美味しい! 」
「ジンくんのお口に合ってよかったわぁ。ありがとう、おかわりしたかったら言ってね」
「うん!」
横を見るとさっきまでしゅんとしていたのが嘘のように、アカリが俺の3倍速でご飯をモリモリ食べていた。
女の子って逞しいんだね。
「おかわりをお願いします!」
ステーキと野菜の載っていた皿が俺の前を通ってアカリからムヒョウに差し出された。
緑のソースが口に付いてますよ、アカリさん。
俺はパンをおかわりして食事を終らせた。この世界に米はあるのだろうか、ぜひ和食も食べてみたい。
食後の紅茶を飲んで落ち着いたのか、俺は思考の海に落ちて行った。
俺はなんで異世界に来てしまったのだろうか。なぜいきなり子供の状態からなのかもわからないし、王様だったり、吸血鬼だったり……いや、そもそも本当に俺は吸血鬼なのか?
ジオノール・ヴァルレイが吸血鬼で『私の息子、ジン・ヴァルレイ―――』と棺に刻印していたからといって、その話が本当かどうかも怪しいじゃないか。魔導具だって使えないし、謎だ。まだまだわからないことがたくさんある。
アカリにまた質問してみようか。今度は墓穴を掘らないように注意しないと。
俺は右の席で紅茶を飲んでいるアカリに話しかけた。
「ねぇ、アカリ。“グロワール”ってどういう力なの?」
「“グロワール”とは別名を『王たる資格』『神の分け前』などと言われています。数百年程前、まだ人と魔物と魔獣が疎らで混沌と化していた時代、一夜にして突如、種族の中に一人だけ強大な力を得て、種族を統率し始めた者が現れたのです。その夜のことを私たちは『神の気まぐれな夜』と呼んでいます。ひとえに“グロワール”と言ってもみんな能力は違いますよ?」
「へぇー、神か。例えばどういう力があるの?」
「そうですねぇ、例えば私の八咫烏の“グロワール”は『巨大化』と『絶対方向探知』です。念じて何なのかを正確に知っていれば、何でも方向がわかります。八咫烏が使う闇魔法の潜伏術も用いれば、相手に悟られずにマークし、暗殺遂行能力が上がります。この“グロワール”でジオノール様を見つけようとしたのですが……それも叶わず」
あぁー!!! 俺の馬鹿ぁ!!!
「ご、ごめんね。また思い出せちゃって」
「いえ! 私はこんな能力があるのに見つけれられなくて、悔しい思いなのです。私にとってジオノール様は上司ですが、ジン様にとってみればお父上に当たります。ジン様は記憶も無く、とても寂しい想いをされているのではありませんか?」
「そのことなんだけど、いまいち自分がジオノール初代国王の息子だっていう実感が湧かないんだ。魔導具も使えなかったし、本当に俺は吸血鬼なのかなぁ」
俺の席の左の席で会話を聞いていたムヒョウが口を開いた。
「それは間違いないわ。ジンくんからは強い吸血鬼の魔力を感じるもの。髪の色もジオノール初代国王にそっくりよ。お顔もどことなく似てるけど、ジンくんの方が気品があって素敵よ。あの方は無骨な方だったから、そういうところはちょっと違うわね」
気品!? 俺はそんな高尚な評価を今まで受けたことはないんだけど……身長だけじゃなく顔も大分変ってるのかな。まだ鏡を見てないから自分がどういう姿形をしているのかわからない。
「そんな気品なんて大層なものは持って無いよ!? それに俺、記憶が無いからただ小っちゃいんだなぁって印象しかないんだ」
「あら、そうなの? あ、そうだわ! 鏡で見てみる?」
ムヒョウは席を立ち、足早に鏡を取りに行ったようだ。俺から見て右側の壁、身長ほどの高さがある両開きの戸棚を開け、奥に手を伸ばしている。
鏡を手にして戻ってくると俺に手渡してくれた。
ムヒョウに礼を言って、期待と不安を胸に、ゆっくりと鏡を覗きこんでみた。
紅黒い髪は少し長めで、幼くも鋭い印象の紅い双眼、目鼻立が整った顔、白い肌……という小さな少年の顔がそこにあった。
今ならモデルか何かにでもなれるかもしれない、俺はそう思った。
「これは……吸血鬼っぽい色の髪をしているね」
グレイアねーちゃんはもっと紅かったけど。
「そうでしょう? きっとジンくんも“グロワール”の力さえ覚醒すれば、魔導具も使えるようになるわよ。今は力が眠っている状態なのかもしれないわねぇ」
「あまり聞いたことはありませんが、ジン様はいろいろ特殊ですからね。どうすれば覚醒するのでしょう……」
「そうねぇ……」
二人は目を瞑って思案してくれる。
俺もどうすればいいか、考えてみよう。
吸血鬼の力の覚醒……吸血鬼……蝙蝠のような羽、紅い目、牙、黒いマント、太陽に弱い、心臓に銀の杭を打たれれば死ぬ、十字架を嫌う、聖水に弱い、火に弱い、招かれなければ家に入れない、流水を渡れない、霧になる、狼になる、蝙蝠になる……あとは何だろう?
何かを忘れている気がする……あ。
『血を吸う?』
3人の声が重なった。
そうか、吸血衝動だ。吸血鬼の吸血鬼たる所以を忘れてしまっているとは恥ずかしい。今のところそういう衝動は無いけど、やっぱり血を飲まなければ死んでしまうのだろうか。灰になってしまうのだろうか。
「吸血鬼っていっつも誰かの血を吸ってるの?」
「いえ、数百年前まではそうだったと聞いていますが、今はワインや動物の血を代用しているそうです。どうしても血を飲みたくなったときは、薬や針に精通しているマンティコアの医師に頼んで、誰かの血液を採血してもらい、売って貰っているらしいですよ。いい小遣い稼ぎになるみたいですね」
アカリがそう答えてくれた。
血液ビジネスか、確かに儲かりそうな話だ。俺はお金を搾取される側になっちゃうだろうけど。
「じゃあ、ジオノール初代国王もそんな感じだったんだ」
「そうねぇ、確かにワインがお好きだったわね。ジンくんはどうする? 飲んでみる?」
「ムヒョウ様、ジン様はまだ小さいのでいけませんよ」
「あら! そうだったわね。じゃあ動物の血? それとも……」
ゴクリ、と俺はなぜか喉を鳴らしてしまった。
お、俺も吸血鬼ということだろうか。血が欲しくなってきてしまったというのか?
血を吸えば、俺の“グロワール”も……もしかしたら……?
ジンは血を飲むのでしょうか。ドキドキ。