7日目 アリーシェ・メッゾタリア 2
アリーシェのお話の“パート2”です。
二日続けての投稿です。
俺は周りに人がいることを思い出し、俺の頬に触れているアリーシェの両手をそっと離した。彼女の顔が少し切なくなったのが、少し嬉しかった。
周りの人の目から逃れるため、俺はアリーシェの影に隠れるように、彼女の後ろへと回った。そして俺は気恥ずかしさを紛らわせようと、目の前に臨むキャベツ畑を一望した。
『重力操作』をここ一帯のキャベツに掛けるため、俺は両手を横に広げ、手のひらを前方に向けた。
この位置からならば、アリーシェの遠く後ろの方にいる兵士達や、200メートルは右の方向にいるアルミラージ達にも、まさか俺が『重力操作』を行なっているとは思わないだろう。
俺は『重力操作』を発動した。
今度はもっと浅く、広くと意識し、俺の力が縦方向に広がるキャベツ畑をどんどん浸食していく。
キャベツ畑の奥、ここから100メートル弱のところまで、俺の『重力操作』の範囲が広がったことを確認し、次は地下にある栄養や龍脈の恵みを地上にあるキャベツまで引き上げてやる。
俺は何本もの手綱を引っ張るような感覚で、両の手のひらをクルッと空に向けた。
次はキャベツに地下のエネルギーを定着させるため、『重力操作』でエネルギーを収束し、効率良くキャベツを大きくしていく。
次の瞬間、目の間に広がる数百のキャベツの玉が疼き出し、まるで雛が産声を上げるように、緑の葉が何枚も下から生えてきた。
俺は頃合いを見計らい、通常のキャベツが“姫様キャベツ”程の大きさになったところで『重力操作』を停止した。
んー、今回は成功かな。
先程、俺が1玉のキャベツを20倍にしてしまったときは、思ったよりも深い所から地下のエネルギーを持ってきてしまったらしい。
地下のエネルギーの感覚を得るのが、存外簡単だったのが幸いした。俺が『重力操作』を発動した時、俺は頭の中で地下のエネルギーを知覚することができたのだ。1回目の『重力操作』は試行として、2回目の調整に役立った。
アルミラージの“グロワール”は周りの重力を知覚する能力も備えられているらしい。ヨルムンガンドの“グロワール”、ジェイアスの血を飲んだときは、地下にある溶岩を知覚することができるようになったし、“グロワール”というのはこういうものなんだろう。
俺は後ろを振り返り、アリーシェに俺の『重力操作』が今度こそ成功したということを伝えようとした。
見ると、そこにいる彼女は呆然と立ち尽くし、俺が大きくしたキャベツ達を唖然とした表情で眺めていた。
「アリーシェ! ね! 今度はちゃんとできたでしょ?」
「わぁ……すごいです……この量を一瞬で……」
「『今日はたまたまアリーシェの調子がいい日だった』っていうことにしようね! よし! じゃあ早速、次のキャベツ畑に移ろうか」
「あっ、はい!」
俺の魔力を感じている人も中にはいるかもしれないけど、まぁ、別にいいだろう。なるようになるさ。
そのうち、俺の能力は国民にぬるぬると公開されていくことになるんだろうし。
今日はとりあえず、俺が特大レベルで大きくしてしまったキャベツ、しいて言うならば“王様キャベツ”とも言える存在を隠すことができれば、それでいいや。
有耶無耶にする、の方が正確かな?
◆
俺はその後、10ヘクタール程のキャベツ畑に『重力操作』を行い、アリーシェが今日行なう予定だった分を、俺がほぼ全て終わらせた。
最後の1か所が終わったのは、ちょうどお昼時。
俺はより一層、目を輝かせて俺を見つめるようになったアリーシェに誘われ、ここパーブルンにある彼女の実家に、お呼ばれされることとなった。
まぁ、最初からお昼ご飯のこととかもあって、彼女の実家に行くことにはなっていたのだけれど……ついに来てしまったか、ご両親との対面。
―――――――今はアリーシェの実家へ向かう獣車の中。
俺は左の窓に流れる景色、アルミラージ達の農作業を何気なく眺めていた。
収穫し終えた土地では、アルミラージ達が土魔法を使って土を掻き混ぜる。そしてまっさらとなった綺麗な土地に、種を撒く。その後、緑魔法で成長を早めるのだ。
収穫するときは、規則正しく植えられた土地に、彼らが木の籠を持って入っていく。
最後に、籠を担いだアルミラージ達がまた緑魔法を使い、大きく実った農産物を籠がある所まで持ち上げ、手早く収穫していくのだ。
アルミラージの農耕はなんとも効率的で、機械のような働きをする魔法が特徴的だな。
この龍脈の土地で取れる農産物は、ただでさえ3倍は大きいというのに、収穫する回数もさらに多くしている。
しかも、アリーシェがその3倍は大きくなった農産物を、“グロワール”を使うことで5~10倍にしているのだから、この龍脈の土地を限りなく最大限活用していると言えるだろう。
もちろん、彼女が全ての土地を回れるわけではない。
毎年、その順番が話し合いで決められていて、彼女は農家から引っ張りだことなっているらしい。
アリーシェはこのヴァルレイ王国で、アイドル的な人気があるんじゃないかなぁ。すごい能力だし、綺麗で可愛いし、お姫様だし。
俺はそのアリーシェが今、どうしているのか少し気になり、右隣の席に視線を向けた。
俺と彼女の視線がまたもばっちり合ってしまった。でも今度は、彼女が俺から視線を外すことはなかった。
ずっと俺を見つめてくる彼女を見ていると、俺の方が恥ずかしくなって視線を動かしそうになってしまった。俺はそこをグッと踏ん張り、微笑む彼女をしっかり見つめた。
「ジン陛下は本当に、不思議なお方ですね。簡単になんでもできてしまうんですもん」
「なんでもはできないよ。今日はアリーシェに少しでも楽をしてあげられないかな、って……そう思って」
言いながら気恥ずかしくなった俺は、少し俯き加減で言葉を振り絞った。
アリーシェがふっと笑い、それにつられて俺は顔を上げた。
彼女は上から、俺を優しく見つめてくれた。
「『私もお手伝いします』と言っても、ジン陛下は『俺がやるから大丈夫!』と言って、パパッと仕事を片付けちゃいましたもんね。ありがとうございます、私、とっても嬉しいです」
アリーシェは満面の笑顔を俺に向けてくれた。
俺は彼女のその顔を見ることができただけで、底知れない満足感が胸いっぱいに広がった。
彼女の仕事を、俺が少しだけ奪ってしまったことになるけど、彼女が喜んでくれてよかった。
◆
それから少しして、獣車が大きな門を通り、3階建ての白いお屋敷の玄関の前で停車した。
ここがアリーシェの実家なのだろう。アルミラージの種族カラーである白を基調とした造りになっていて、外観だけで気品が伝わってくる。
アリーシェがお金持ちのお姫様、ということを実感させられてしまう。
俺もあんな大きな吸血鬼の城に住んではいるものの、自分が一国の王という実感はあまり湧いてこなかった。
アットホームなホテルのような―――そんな印象だ。
しかし、アリーシェの実家はなんだか違う。何が違うのだろうと考えてみて、1つわかった。
3階建て、しかもかなり広いお屋敷という、俺にも一目でわかるセレブ感だ。俺がまだ日本にいたときにテレビのお金持ち特集で見たような光景だからだろう。
獣車の左側に付いているドアがフェンリルの兵士によって開けれられ、左に座る俺が先に降りた。
俺はすぐさま少し脇に避けたあと、半身を翻し、右手をアリーシェへ向けた。
「ッ、ありがとうございます」
アリーシェはそっと俺の右手の上に左手を添え、右手でワンピースの裾を気にしながら、優雅な振る舞いで獣車から降りてきた。
これを彼女にやるのは数回目なのだけど、彼女はいつまで経っても初々しい反応をしてくれる。
俺はこんなこと本当は慣れてないものだから、内心ドキドキしているが、彼女にはきっとバレていないだろう―――――そう信じたい。
屋敷の玄関扉の前で、女性の使用人がお辞儀をして俺達に挨拶をしてくれた。
俺達は彼女に挨拶を返し、屋敷の中へと入って行った。
屋敷の中もやはりというか、豪華絢爛だ。
まるでお城のように、両側に階段が付いていて、3階まで吹き抜きのエントランスだ。壁には油絵が数点飾ってある。どれもどこかの風景を描いたもののようだ。
頭上には大きなシャンデリアがあって、下に付いているガラスの装飾が太陽をキラキラと七色に反射していて美しい。
俺はアリーシェにお屋敷の中を案内され、彼女の後ろに付いて行った。
両側の階段の間を抜け、廊下を真っ直ぐ進んで行くとT字路にぶつかり、彼女がその行き当たったところの扉を開け、中へと入って行った。
俺もそれに続き、部屋の中へと入る。
どうやらこの部屋は食堂のようだ。部屋の中には2人の女性の使用人が立って、指示を待っているかのようだ。
横に長いテーブルの上には白い布が敷かれ、テーブルの3か所にはいろいろな果物が乗せられた銀の食器が用意されている。
長いテーブルは全員で10人、両端も使えば12人くらいは座れそうだ。
「ジン陛下はこちらへどうぞ」
「あ、うん、ありがとう」
アリーシェは左のテーブルへと歩いていき、俺を左の端の席へと促してくれた。これは、俗にお誕生日席と呼ばれる席ではなかっただろうか。俺はあんまり経験したことがないけれど、確かそんな風に呼ばれていた気がする。
彼女は俺から見て左の席に座るらしい。
俺達が座ろうとすると使用人達が近づいてきて、椅子を引いてくれた。俺は内心びっくりしたが、表には出さなかった。
こういう使用人達からの俺への対応は、根が庶民の俺にはどうもおっかなびっくりな感が否めない。
吸血鬼の城だと、使用人と俺達“グロワール”は、割と隔絶された生活を送っていたからなぁ。
改めて考えてみると、うちの城にもたくさんの使用人がいて、掃除とか選択とかの諸々の雑用をやってくれているんだよなぁ。とてもありがたいことだ。
俺の部屋もいつの間にか綺麗になっているしな。やっぱりどう考えてもホテルのように感じてしまう。
会議室でみんなと話しているときは、家族と話しているような空間で、俺の心が温かくなっていく気がする。
俺がそんなことを考えていると、俺とアリーシェがさっき通ってきた扉が開き、中年の男性と女性が入って来た。
彼らは扉の前で立ち止まり、俺に仰々(ぎょうぎょう)しくお辞儀をした。
「ジン陛下! ようこそ、我がメッゾタリアの屋敷へ。私はアリーシェの父、バルモア・メッゾタリアと申します。以後、お見知り置きを」
「その妻、ナタルと言います。本日は陛下にお会いできて光栄ですわ」
俺は慌てて席から立ち上がった。
ついに来てしまった!!
これをあまり考えないように、必死に別のことを考えていたんだ!!
ふぁああああッ緊張するぅぅぅうううう!!
「初めまして、ジン・ヴァルレイと言います。こちらこそよろしく、バルモア、ナタル」
敬語は使っちゃダメって、グレイアねーちゃんから言われているとはいえ、これくらいはいいよね?
もう、ものすごい違和感だよ……お義父様、あ、いやいや、おじ様、おば様に向かって呼び捨てというのは、ドッキドキだよ。
しかし俺は務めて紳士な少年だ。ここはしっかりとしておかないとな、うん。
◆
この後、俺達は談笑し、運ばれてきた料理を美味しく頂いた。
美味しかったのは覚えている……何を食べたかまでは緊張のあまり覚えていない。おまけに、会話した内容もあまり覚えていない。
―――――――“気づけば、俺は湖の畔に座っていた”。
「ハッ!!」
「はわっ! どうされました!?」
すぐ右隣からアリーシェの声が聞こえ、俺は彼女にゆっくりと振り向いた。
そこにはお姉さん座りで驚くアリーシェがいて、両手で日傘を握り、右に差していた。
「アリーシェ……俺、うまくできてたかな」
「ん? 何がですか? っ、ジン陛下、なんだかひどく疲れたようなお顔をしていらっしゃいます。やはり大規模な『重力操作』で、ジン陛下のお体に疲労が溜まってしまったのではありませんか?」
俺とご両親の会話とか、俺の対応について、俺はアリーシェに聞いたつもりだったのだが、彼女の心配は別にあったらしい。
「え? あーそれは全然平気だよ!」
心配そうな表情を浮かべるアリーシェに、俺は笑顔で答えて見せた。
彼女の表情が少し表情が和らぎ、俺は安心した。
「よかったです。私のせいでジン陛下を疲れさせてしまっているのでは、と……」
アリーシェは俺から視線を下げた。まだ彼女は不安に思っているのだろうか。
俺が空元気を見せているかもしれないと考えているのかなぁ。俺は本当にそのことについては問題ないんだよ?
「本当に大丈夫!! こうしてアリーシェと一緒にいられるだけで、俺はなんだか力が湧いてくるから」
「ハワッ……!!」
アリーシェは俺の言葉を聞いた途端、バッと顔を上げ、両手で口元を抑えて俺を見つめてきた。
あれぇ、なかなかくさいセリフ言っちゃったかな、と思っていたんだけど、アリーシェは喜んでくれているみたいだ。
そんなに嬉しそうにされると……照れちゃうな。
俺は自分のクサい発言から込みあがる恥ずかしさから逃げようと、話を変えるため、頭を巡らせた。
「あっ、ところでさ、俺達なんでここにいるんだっけ?」
「えっ!! 覚えていらっしゃないのですか……? やはり、私のせいで……」
「違うよ!! 違う違う!!」
俺は必死にアリーシェの誤解を解き、彼女のご両親と会って緊張していたことを話した。
俺の話を頷いて聞いてくれた彼女は、どうやら納得がいったような顔をしてくれた。
「そうだったのですね。私の両親は優しいので、ジン陛下も大丈夫だと勝手に思い込んでいました。申し訳ありません」
「とても優しい方達だったよ。会えてよかったと思ってる。俺を屋敷に招待してくれてありがとうね、アリーシェ」
「いえ、ジン陛下でしたらいつでも来て頂きたいです。屋敷にも、そ、その……アルミラージの城にある、私の部屋にも」
アリーシェは頬を染め、日傘を両手でキュッと握りしめた。
「じゃあ早速、今日の夜行くからね」
「はいッ!」
次回、“パート3”は28日中に投稿します。次回の方が長いです。




