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7日目 アリーシェ・メッゾタリア 1

今回は3つに分けています。


27日、28日と、このお話の続きを更新する予定です。

 これまで、午前中から動かないときは王の仕事を片付けていたが、今日は違う。

 今日は午前中からアリーシェと行動を共にすることになり、俺は支度を済ませていった。


 吸血鬼の城の正面で落ち合った俺とアリーシェは、フェンリルの兵士達が()く獣車に乗り込み、出発した。


 向かう先は北の街パーブルン。そこは数多くの野菜が育てられている土地だ。

 アリーシェがよく働きに行くのはそこらしい。

 ときどき、牧草に栄養を採らせるため、東の街ニュグボルンにも行くらしいが、今日はパーブルンのみの予定だ。


 ◆


 俺達が獣車に揺られること、およそ10分程が経った。


 アリーシェの種族であるアルミラージも、獣車を牽くことができないわけではない。しかし、アルミラージの大半は農作業に従事してもらった方が食糧生産の効率が高いため、獣車を牽くのはもっぱら、フェンリルかマンティコアだ。

 種族事の得意分野で、仕事の棲み分けが暗黙の了解で行なわれているのだ。もちろん、何事にも例外はある。 


 この間、俺達に会話はほとんどなく、そこはかとなく心配になった俺は、アリーシェの様子が気になった。


 俺は見上げるようにして、右側に座るアリーシェを下からチラっと見た。その瞬間……彼女とバッチリ目が合ってしまった。

 彼女は俺の方をじっと見ていたような感じだった。


「アッ……!! も、申し訳ありません!!」


 アリーシェは俺から目線を瞬時に逸らし、俯いた。


「ううん、アリーシェが退屈してないかと思ってね」

「とんでもございません! 少し、緊張してしまいまして……普段はこの獣車に1人だけでしたし、ジン陛下と2人きりというのは、その……」

「やっぱり迷惑だったかな。ごめんね、急にみんなの職場が見たいなんて、俺が言っちゃったもんだから」

「いえ! むしろ嬉しいと言いますか……ァッ! な、なんでもありません……!」


 アリーシェは頬を染めたあと、すぐに右を向いてしまい、俺の方からは彼女の顔を伺うことができなくなった。

 彼女はそのまま窓を見続け、俺はそんな彼女の後ろ姿をずっと見続けてしまった。


 可愛い……これが美少女の成せる甘い雰囲気か。

 『むしろ嬉しい』だって。

 ふふ、ハッ! 顔が緩んでいるな。気を付けねば。


 アリーシェは垂れた白い兎耳が特徴的だ。そして腰には小さい兎の白い尻尾。

 アルミラージは兎タイプの妖怪だからな。


 アリーシェはピンク色の髪を肩まで伸ばし、艶のあるその髪はゆるフワなウェーブが掛かっている。

 目はどこか優し気で、微笑んでいる姿が多い彼女は正統派のモテそうな女性、という印象だ。

 なんと言っても、俺がどうしても目が行ってしまうのは、彼女の圧倒的な胸。


 爆乳だ……こうして密室に2人きりというとてつもないシチュエーション、アリーシェだけではなく、俺まで緊張してくる。

 彼女が窓の外を眺めている今は、その胸が見放題。

 こうなってしまっては俺が彼女を独占しているようなも……一体、俺は何を考えているんだ。


 アリーシェの来ている服は、レース地を多用し、可愛いフリルのたくさん付いた白いワンピースだ。膝丈に纏められたそれは、彼女に良く似合っている。

 日本ではそれなりに闇の住人であった俺から見ると、彼女のマドンナ的な美しさが眩しいとさえ感じる。


 日本だったら、アリーシェのような女性にはまず、会話はおろか目も合わさなかっただろうなぁ。

 でもこうして異世界に来てみれば、俺でもこんなに至近距離で美少女と話すことができた。 


 何が起こるかわかんないよねぇ、ほんと。


 ◆


 ――――約1時間後。


 俺達の乗る獣車は、パーブルンの巨大なキャベツ畑に到着した。

 今日はアリーシェが『重力操作』を使い、キャベツに栄養を送ってもっと美味しくさせたり、大きくさせたりするらしい。


 獣車を降りた俺達は、近くで農作業をしているアルミラージの人たちに挨拶をしていった。

 その内、ヴァルレイ王国の紋章が入った獣車を見た人達が、徐々に群がってきた。

 その中から1人の男性が現れ、アリーシェのもとにやってきた。


「アリーシェ様! 今日はうちのキャベツをよろしくお願いします」

「はい。夕方頃には、ここ一帯の全てのキャベツを大きくできると思いますので」

「ありがとうございます! それでは、私達はあちらの畑を耕しに行って参ります」

「わかりました。皆さん頑張ってくださいね」


 集まって来た10人程のアルミラージ達は元気よくアリーシェに返事し、ゾロゾロと収穫が終わっている右隣の畑へと移動を開始した。


 どうやらあの男性はアルミラージで、このキャベツ畑の管理を任されている人だったようだ。

 集まって来たみんなは農作業着姿で、見た目では誰がそうなのかまではわからなかった。


 そんな光景を、俺はアリーシェの後ろからチラチラと見ていた。

 俺はさっきまでアルミラージのお姉様や叔母様方にちやほやされ、彼女達に挨拶を交わしていた。

 『ジン陛下!? どうしてこんな所までお出でになったのですか?』とか『まぁ、話で聞いた通りの愛くるしさですねぇ。いえ、それ以上かも……』とか言われた俺は、終始、子供の笑顔で丁寧に対応した。 


 アリーシェはフェンリルの兵士から可愛い白い日傘を受けとり、キャベツ畑へと入って行った。

 彼女の恰好は白いワンピース、とてもキャベツ畑には合わないような……とも思ったが、美少女はそんな常識を覆す生き物らしい。


 俺はアリーシェの後ろにくっついて、同じようにキャベツ畑へと入って行った。

 フェンリルの4人の兵士達は獣車や、キャベツ畑の周辺を警戒し、キャベツ畑には入ってこない。


 俺の前を歩くアリーシェはふと立ち止まり、後ろにいる俺の方に半身振り向いた。


「ジン陛下はどこに行っても人気者ですね。特に女性から……」


 アリーシェは頬を少し膨らませ、拗ねるようにそんなことを言ってきた。


「え!? まぁ、その、ありがたいことだね。ははは」

「はぁ……ジン陛下が可愛いのがいけないんです」


 彼女は項垂(うなだ)れ、小声でそんなことを言った。


「え? なんて?」

「い、いえ!! それでは始めます!」


 もちろん、俺はアリーシェの言葉は一言一句、間違いなく聞こえていたのだが、これを言えば主人公みたいになれそうな気がして、つい言ってしまった。

 これが自ら布石を打っていくスタイル。

 俺はまた1つ、成長したような気がした。


 俺がそんなことを考えてうちに、アリーシェの準備が進められていった。

 彼女はピンクの大きな目を閉じ、意識を集中させていく。


 アリーシェの周りの空気が変わる。

 彼女から溢れる魔力の流れが、力を増していく。

 彼女の目が見開かれると、そこには2つの金眼があった。


 それは“グロワール”の発動を意味する眼。

 アリーシェは左手で日傘を持ち、右手を横に広げた。


 アリーシェはキャベツ畑に自分の魔力を行きわたらせ『重力操作』を行なっていく。

 俺の体にもジンジンと感じる重力の波動が、俺の胸を(たかぶ)らせる。


 徐々にキャベツに変化が訪れてきたようだ。 

 キャベツの根から入る栄養が増し、普通では考えられないスピードで成長を遂げていく。

 葉が続々と何枚も下から伸び、どんどんキャベツのサイズが大きくなっていく。


 なんて幸せな光景なのだろう……さすがは『神の分け前』とまで呼ばれるだけはある。

 これは凄まじい力だ!!

 アリーシェが畑に恵みを与える女神様に見えてくる。

 あぁ、彼女が神々(こうごう)しい……。


 この龍脈の流れる土地は、ただでさえ通常の3倍は大きいものが収穫できるが、アリーシェの手を加えることによって、5~10倍程の大きさになる。

 アリーシェ様様だ。


 人間以上に多くの食べ物を必要とする俺達は、少しでも食料が多いに越したことはない。

 もし食材が余れば、雪人の力や魔導具を使って冷凍させたり、加工させたりすればいい。もしくは他国に売るというのも手だ。 


 少しすると、アリーシェの半径20メートル程のキャベツは、見て一瞬でわかるくらいに大きくなっていた。

 彼女は右腕を降ろし、左側にいる俺に向き直った。


「こんな感じです。これを、休憩を挟みながらやっていくんです」

「アリーシェが眩しいよ。素敵だ」

「エェッ!! そんなことないです!!」


 アリーシェは一瞬見開かれた目を(つむ)り、右手と首を横に振って、照れ臭そうに俺の言葉を否定した。


 やがて落ち着いてきたアリーシェは嬉しそうに笑い、それを見て俺も微笑んだ。

 彼女はクルッと後ろを向き、キャベツ畑の奥に歩みを進めた。

 俺もそれに付いていく。


 前を歩く彼女から、可愛い小声が聞こえてきた。


「褒められちゃった……えへ」


 それを聞いて、俺はさらに笑顔になった。


「ねぇ、アリーシェ」

「はい、どうかされましたか?」


 アリーシェは歩を止め、左足を引いて俺に振り返った。


「俺もやってみていい?」

「え? 何をですか?」

「『重力操作』で、キャベツを大きく、美味しくするお仕事」

「あっ、そういえばジン陛下も扱えるのでしたね。わかりました。まずは1個から始めてみましょう。もし危なくなったら、私がお手伝い致しますので」

「うん! ありがとう!」


 アリーシェが適当なキャベツを1玉見繕ってくれて、俺はその前に移動した。


 今まではなんだかんだ忙しくて魔法はあんまり使ってなかったんだけど、アリーシェがいてくれるなら安心だし、何より俺が彼女を手伝いたくなってしまったのだ。

 俺は後ろに立つ彼女に、最終確認を取る。


「始めるね」

「はい。私は上から、危なくなれば介入します」

「うん」


 俺はしゃがみ、キャベツに両手を(かざ)した。

 続けて『重力操作』を発動させる。

 周りの重力が知覚できるようになった。


「土の中から、エネルギーを地表に出すようなイメージです」

「わかった」


 俺はアリーシェから言われた通りにやってみる。

 すると、キャベツが羽化しそうな卵のように(うず)き出した。


「っ!?」


 後ろの上の方から、アリーシェが動揺しているような声が聞こえてきた。

 対して、俺は首を(かし)げた。


 キャベツが独りでに動いてる、面白い。でも、アリーシェがさっき『重力操作』を行なったときは、こんな風にならなかったのになぁ。


「なんだろう、これ」

「失礼します!!」


 左の方から、日傘が地面に落ちる音が聞こえた。


「ん? ぉわっ!!」


 俺がキャベツを上から眺めていると、俺は突然、アリーシェに後ろから抱き上げられた。

 次の瞬間、さっきまで俺がいた所は“大きくなったキャベツによって侵略されていた”。


 俺は充分な距離を取っていたと思っていたが、そうではなかったらしい。

 俺が『重力操作』を行なったキャベツが、元の大きさの20倍程に、一気に膨れ上がった。それは列の前後、左右のキャベツに当たってしまいそうになっている。


「こんなに大きくなったキャベツは見たことがありません……ジン陛下は何をされたのですか!?」

「んー、アリーシェの『重力操作』を見様見真似でやってみたんだけど……なんでだろうね」


 俺は首を左に動かし、アリーシェの顔を左の視界に捉えた。

 近い……彼女の頬が少し赤いような気がする。

 俺の背中に彼女の超ご立派なお胸が当たって、そわそわする……おまけに、彼女の両腕によって俺の胸はがっちり押さえられている。


 クハァッ……この圧迫感……幸せぇぇえええ……!!


「大丈夫ですかぁ!!」


 おや、フェンリルの兵士達が心配して、その内の2名が畑の中に入ってきてくれたらしい。

 俺はアリーシェにそっと地面に降ろされてしまった。


 あぁ、幸せな場所が遠ざかっていく……ぐぬぅ……致し方あるまい。


 アリーシェから離れるとき、彼女の小さな小さな声が聞こえてきた。


「もぅ、本当は離れたくないのに……またあとで機会はあるよね」


 ずきゅーん……!! という心臓を打ち抜かれるような効果音が聞こえて来そうな程、俺の心臓は飛び跳ねた。


 あります!! 俺が作って見せます!! 必ず!!


 ◆


 兵士達には『アリーシェが通常通り“重力操作”を行なった所、このキャベツだけが他と比べて巨大になってしまった』と説明した。


 この件には、問題がある。

 本来、“王”という立場の俺は、国民の誰かのみを贔屓(ひいき)して扱ってはいけない。それは不公平になってしまうからだ。


 今回は巨大になってしまったキャベツが1玉だけだったのが、まだ幸いだ。

 アリーシェが“グロワール”を使って大きくしたキャベツの2倍以上大きいものを、俺が作ってしまったのだ。


 このとんでもなく大きいキャベツを、そのまま農場の人に渡すわけにはいかない。

 これが市場に出回れば、その珍しさから高値で取引されるか、一時的な見世物くらいにはなるだろう。

 『あいつのとこのキャベツは大きくして、俺のところのキャベツは大きくしてくれないのかよ!』ということになってしまう危険性がある。


 今回は仮の対処法として、“キャベツの変異種が現れた。研究のため、この巨大なキャベツを国が買い取らせて頂く”ということで丸く収まった。


 アリーシェが“グロワール”を使って大きくした農作物は、俗に“姫様の――――”と呼ばれる。

 俺が作りだしてしまったこのキャベツは、通常の“姫様キャベツ”の価格で、先ほどの農場経営者の男性から買い取らせてもらった。

 もちろん、俺のポケットマネーからだ。


 だが俺はまだ懲りない!!


 俺とアリーシェは、また同じキャベツ畑にいる。

 俺の前方で、俺に背中を向ける彼女は『重力操作』を掛け終えた。

 それを見計らい、俺は彼女に声を掛ける。


「アリーシェ! もうコツは掴んだから、次はちゃんと加減できるよ!」


 アリーシェが俺の方に振り返ると、その顔は驚きに満ちていた。


「えっ!? で、ですが……」

「誰にもバレないようにやるから、ね? 俺を信じて?」


 俺は『必殺5歳児の上目づかい』でアリーシェに懇願した。


「ハワッ……!!」


 アリーシェの兎耳がピクッと動き、それと同時に彼女は身を()け反った。

 俺から視線を一切外さない彼女は、日傘を両手で固く握りしめ、小さい口を震わせた。みるみる内に彼女の顔が赤くなっていった。


 そして俺は(とど)めとばかりに、アリーシェの白いワンピースが踊る足元へ、さらに近づいて行く。

 5歳児の目を潤ませ、陥落寸前の彼女を深く見つめた。


「……いいでしょ? ……おねがい、アリーシェ」

「わわわわわッ……!! ででっ、ですが……!!」


 まだ落ちないか、なかなか手強いお姫様だ。

 俺はアリーシェの仕事を手伝って、彼女の今日のお仕事を早めに終わらせてあげたいんだ。

 これでどうにか、折れてはくれないだろうか。


 俺は両手をアリーシェへと伸ばし、彼女のワンピースの裾をやわらかく握った。


「だめ……?」


 俺はアリーシェの顔を伺うように首を傾げ『お願いを聞いてくれなくて泣きそうになる5歳児』をこれでもか、と熱演した。


「ぁァァァッッ……!! ダメじゃないですぅぅ!!」


 アリーシェはキャベツがない所へ日傘を上手に投げ、空いた両手で俺の顔を挟んできた。

 俺はそれに少しびっくりしたが、彼女の温かい両手を頬に感じ、と顔が緩んだ。


「ありがとぅ、アリーシェ」

「はわぁぁ……ジン陛下ぁ」


 アリーシェは完全に破顔している。

 俺はどうしても触りたくなってしまい、彼女の手の上に自分の手を被せた。


「アリーシェの手、やわらかくて気持ちいい」

「ジン陛下のふにゃふにゃなほっぺたの方が気持ちいいで……すすすすすみません!!」


 結果的に最後まで言っちゃったね!


 俺の頬から離れようとする彼女の手を、俺は両手をぎゅっと握って引き留めた。


「もう少しだけ……」

「はわッ……!! っ、ジン陛下……」


 離れたくない……もうちょっと、もうちょっとだけ。


 俺は目を閉じ、アリーシェを感じることに全神経を使った。

 彼女は俺のこんなお願いも聞き入れてくれて、両手の親指の腹で、俺の頬を優しく撫でてくれた。

 それがなんだかこちょばしいような、嬉しいような……俺はもっと彼女を感じたくて頬ずりをした。


 急に寂しくなる。


 アリーシェがこんなわがままばかりの俺を受け入れてくれる。そんな彼女に、俺はここぞとばかりに甘えてしまう。


 あぁ、なぜこうも俺は―――― 


 俺は目を開けた。

 誰もが美しいと思うだろう、優しくて可愛い彼女が、俺だけを見つめてくれている。


 ―――――アリーシェが……もっと欲しくなってしまうのだろう。


これくらいの分量の方が読みやすいかもしれませんよね……

明日分はかなりサクッと読めちゃうと思います。


パート2は27日中に更新する予定です。

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