4日目 リリル 1
リリルのお話の“パート1”です。
パート2は例の如く、明日の午前0時頃に投稿する予定です。
鳥の鳴く声が遠ざかっていく。
再び閉じそうになる眠気眼をこじ開け、自分を覚醒させていく。
今日も俺の部屋には朝日が差し込み、1日の始まりを一方的に告げられる。
最近ではもうなんてことはない、いつもと変わらない朝だ。
今日はリリルの日だったかなぁ。
俺は掛け布団を避けながら、ベッドから上半身だけを起こした。
俺の体が肺と脳に冷たい空気を送ろうと、俺に口を大きく開けることを要求してくる。
「ふぁーあ……まだ、眠い……ん?」
あれ……?
昨日はムヒョウの部屋に寝たはずなんだけどなぁ……ここは完全に俺の部屋だ。
なぜだ!?
いや、ムヒョウが今日の早朝にでも俺をここに運んで来たのだろう。そうとしか考えられない。
他の娘に知られるのを恥ずかしがったのか、まぁいろいろ推測はできるが、彼女ならこういうことをしそうだ。
体は見回せば、また5歳程に戻っているようだ。
冴えてきた頭で、俺は反省した。
俺が持つ不思議な力、その1つである『神の手』の体験を“グロワール”の少女達にさせていくのも、今日でもう4日目だ。
俺は彼女達を騙すような真似をしている、と頭ではわかっていても、いざ彼女達を目の前にすると、手に入れたいという本能が先に立ち、溢れ出る欲望に従ってしまう。
理性が吹っ飛ぶ、とはこのことだったんだな……。
いくら美少女達に『好き』だとか『一緒にいたい』だとか言われても、俺の『神の手』の影響がないとは拭い切れない。だってそんなこと、前世では夢物語に過ぎなかったのだから。
でもそんな妄想が、この世界では現実に叶ってしまった。
俺にとって、これはとても幸運であることに違いはない。それはそうだ、自分の思い描いた理想が俺のこの手の平で掴める距離にある。
願いを叶えられるというのは、本当に素晴らしいことだ。
でも、本当にそれだけか?
強大な力を手に入れ、堕落した人生が訪れる、というのはよくある話ではないか。
こんなことで俺は本当にいいのだろうか。
俺には使命がある。
それを成し遂げる苦労の代価として、この幸運を受け取る。
この発想は正常だろうか。
あまりにも俺にとって都合が良すぎる話ではないか?
彼女達の人権はどうなる?
やっぱり、俺はこんなことしちゃいけないんだ。
俺は急に重くなった足を引きずるように、王の部屋を出た。
◆
「今日もムヒョウのご飯は美味しいね!」
「ふふっ、ありがとうっ」
「ジン様、実は私、お煎餅を作って来たんです。その、よろしければ……」
「え!? アカリが作った煎餅!? へぇ、食べたいなぁ!」
「私も何か作って来ようかしら……」
「なんじゃと……わっちもウカウカはしておられんのぅ……」
今はすでに夕食時。
昼間はいつものように過ごした。
みんなと普通に食事をして、会話をして、リリルの働く“グロワール”教会にも行ってきた。
俺の演技力は長い年月をもって磨かれたものだ。
日本で大学生だったときや、それよりもずっと前から、俺は友達に好かれようとしていた。
それはきっとほとんど誰もが自然と行っていること、“空気を読む”という習慣の延長線上にあることだと俺は思う。
それが俺の場合はたまたま、周りから“都合の良い奴”と思われるような人物を演じたということに過ぎない。
演じるということは、自分の本音を100%無にするということはできない。
どんなに頑張っても、大抵どこかに自分自身が表面化してしまうものだからだ。
俺は彼女達にちゃんと話を切り出さなければいけない。
この夢のような日々を無に帰すことなんて、本当はしたくない。でも、このままではいけないんだ。
「ねぇ、みんな」
「ん? どうしたの? なんだか顔色が悪いわよ」
円卓を挟んだ向こうにいるグレイアねーちゃんに顔を覗かれるが、俺は目線を逸らしてしまった。
俺の一言によって、円卓に座るみんなが俺に注目してくれた。
話すなら、早い方がいい……よな。
「聞いて欲しいことがあるんだ……もう止めにしよう……やっぱり、俺の力でみんなを惑わせているんだよ、きっと」
今までは誰かの笑い声があった会議室が、一気に静寂と化した。
俺はみんなの顔を直視できず、俯くことしかできなかった。
「ジン君、私は言ったわよね? 『私はそんなに安い女じゃない』って、なのに……」
「ジンくん……私とのあの約束は……?」
フェリティアとムヒョウの言いたいことはわかる。
俺は責任を取らなくちゃいけない……今の彼女達が望む形かはわからないけど。
アカリや他の少女達の声は聞こえない。
みんながどういう顔で俺の話を聞いてくれているのか、気になる。でも、みんなの顔を見る勇気が、俺にはない。
「俺の神の力によって、みんなに俺が願っているようなセリフを言わせ、行動も命令してしまっている……とは考えられないかな。無意識だとしても、俺がそんなことをみんなにしているんだとしたら、俺は……耐えられない。みんなにこれ以上、俺の言いなりみたいなことは―――――」
「冗談じゃないわ!! じゃあどうすればッ! ……どうすれば……ジン君はわかってくれるって言うの……? 」
俺の言葉を遮ってフェリティアが大きな声を出して怒鳴ったかと思うと、その声は次第に細く小さくなっていき、最後は震えていた。
「……この件、わっちに任せてはくれぬだろうか?」
俺は襲る襲るリリルの方を向いた。
彼女は思案顔で、眉間に皺を寄せながらどこかを見つめていた。
リリルはこの状況をどうにかすることができるとでも言うのだろうか。
俺にはさっぱり見当がつかない。俺は意を決して、口を開いた。
「……どういうこと?」
「少し、ジンと2人きりになりたい。今日はわっちの番なのじゃし、問題はなかろう?」
リリル以外の“グロワール”少女達は互いに目配せし、やがてその視線が俺に集まった。
俺が決めろということだろう。
「……うん」
「うむ。ではジンの部屋に参ろう」
リリルはそう言うと、その背丈より少し高い円卓の席から降りて、俺のところまで歩いて来る。
がしかし、彼女が俺の近くまで来る前に、彼女の小さな右肩の上に、スラリと伸びやかな右手が乗せられた。
リリルの肩を掴んだのは蒼い少女。
フェリティアは席から立ち上がらずに、自分の席の後ろを通って行こうとするリリルを止めた。
ビクッと肩を揺らしたリリルは、ゆっくりとフェリティアの方に振り向いた。
フェリティアの眼が一層鋭くなり、彼女の内から溢れ出る何かによって、蒼いロングが逆立っている。
「ちょっと待ちなさい……なぜわざわざジン君のお部屋なのかしら?」
「ななななんじゃ!? そんな怖い顔をするでない! よいじゃろうて! 近いし!」
「他意は……?」
「ほぇ~……な、なんのことかのぉ……?」
リリルの額からは汗が流れ出し、それは誰が見ても疑いを掛けられる人の反応だ。
焦りを隠しきれない金のツーサイドアップが高速で揺れ、リリルはフェリティアの眼を見ないように首を捻っている。
「フェリティアちゃん、まぁまぁ、ジンくんがそれでいいと言うなら、いいじゃない。任せてみましょう?」
「でも……怪しい」
「ギクッ……じゃ、じゃが! わっちにはちゃんとした策があるのじゃ!! 本当じゃぞ!?」
俺の目から見ても、リリルの挙動は不審すぎる気がする。『ギクッ』って口で言ってるし。
「こういうときどうすればいいのか、私にはわかりません……ここはリリル様にお願いしましょう」
俺の右に座るアカリが俯き加減を変えないまま、静かな口調で場を纏めた。
◆
俺はリリルを連れ、俺の王の部屋まで行った。
今度は逆に女の子を連れ込んでんじゃねーか、と自分をツッコミたくなるが、リリルが2人きりじゃないとダメだという雰囲気だったから、仕方ない。
他の部屋を使って、使用人に感づかれるのも少し嫌だしな。
俺はリリルを部屋の中に入れると、彼女はゆっくりベッドに近づき、ベッドの足元側にちょこんと座った。
彼女が右手でベッドをポンポンと叩くのを見て、俺はそこに座りに行った。
リリルの右に座るが、彼女の方を直視しないように心掛けた。
また俺の神の力で何が起こるかわからない。
俺の欲望の歯止めが効く今の内に、凜に徹することを心掛けた。
「それで、リリルの策っていうのはなんなのかな?」
「うむ……しかしまずは、わっちはジンに謝らねばならぬ」
「謝る? ……って何を?」
俺は書斎机の方を見ながら、首を捻った。
「わっちは自分が出来る最善を尽くしておらんかったんじゃ。わっちが持てる力を全て使っていれば、もしかしたら、ジンはあのウェンディゴの姫巫女に刺されることもなかったかもしれん」
「……予言のこと? それなら、俺のことを良く思わない神の妨害のせいで、予言が出来なくなくなっていただけなんだから、リリルは何も悪くないよ」
「いんや、それのことではない……わっちは誰にも言ったことがない秘密の力があるのじゃ」
秘密の力?
もしかしてリリルが俺に、子供の姿の方が疲れが取れる教えてくれたことに関係していることなのかもしれない。
そんな情報を知ることができる者は限られているはずだ。リリルの口ぶりからだと、リリル自身が大人の姿から子供の姿になれる者である可能性が十分に高い。
そしてそれは大変に珍しいことだろう。少なくとも、ジオノールの知識を検索しても、そんな人物はヒットしなかった。
他人に知られれば当然、奇怪な目で見られるに違いない。
俺はそんなに気にしたことはなかった。俺にとっては、子供に戻って無邪気な素に近い自分を出せる方が、よっぽど嬉しかったからだ。
でも、リリルの能力が『大人化』もしくは『子供化』だったとしても、それだけで俺に罪悪感を覚える程の隠し事とは言えないだろう。
きっと他に、何かもっと重要なことがあるんだ。
その秘密と、俺の悩みに、一体どういう関係があると言うのだろう。
「リリルは大人か、もしくは子供に姿を変えられる特殊な能力を持っているっていうのは、俺にもなんとなくわかるよ。じゃあ何か他に、リリルは他人に秘密にしなければいけない事があるってことなんだよね? もちろん、リリルから無理やり聞き出すつもりなんて、俺には毛頭ないよ」
「ジンにはヒントをやってしまったからな。ほぼ、ジンの言う通りじゃ。わっちには『姿を変えられる』能力“も”ある。じゃがそれは、わっちの能力に付随する一部分でしかない」
『姿を変えられる』能力“も”ある……?
つまりそれは、バンシ―の“グロワール”の能力が『予言』や『変身』という能力だけではなく、他にまだあると言うのか?
俺はリリルの未知なる能力がかなり気になったが、詮索はしないと言ってしまっていた手前、聞くに聞けず、押し黙ってしまった。
これが逆に、俺はリリルに無言の圧力をかけているかもしれないと思い、何か別の話題を考えていると、リリルが先に話し始めた。
「なんじゃ、気にならんのか?」
「そりゃ、気になるよ……」
「と言ってくれるだろうと、わっちは初めからそう思っておったぞ? ジンのそういう言葉が聞きたくて、わざわざ問うてしもうたんじゃ」
リリルはベッドの上から足をバタバタさせ、俺の言葉に少し喜んでくれた。
しかし、その足は徐々に勢いをなくして下がっていった。
「わっちは稀な存在での……2つの種族の能力を受け継いでおるのじゃ」
この世界で両親の血を受け継ぐことはほとんどできない。
なぜかは完璧に解明されているわけではないが、有力な仮説は存在する。
おそらく、1人の体に対する能力の許容量があるからだ。2つの異なる種族の能力が存在するにはその分、大きなキャパシティが必要という考え方だ。
吸血鬼の『能力の吸収』という能力は、あくまでただの真似事に過ぎない。
吸血鬼と冥界の女神のハーフである俺の場合は神という無限か、またはそれに限りなく近い能力のキャパシティが存在していたから、なんの心配もなしに存在することができている、ということになるのだろう。
もし、普通の者が2つの能力を持って生まれてしまったとしたら、体が耐え切れずに死んでしまうのではないだろうか。
でも俺の目の前にリリルはしっかりと生きてこの世に存在している。
“グロワール”の体は案外その器が大きかったため、今もリリルが生きている、ということなのだろうか。
なんにせよ、リリルが生きていてくれてよかった。
「……奇跡だね。俺はリリルにこうして会うことができて、とても嬉しいよ」
「そっ、そうかの!? さすがのわっちも照れてしまうのぉ。バンシ―の中でもこのことを知る者はもうほとんどおらんじゃろうな。じゃから、わっちがこんなことを話したジンは、特別なんじゃぞ?」
「そ、そっか。特別……」
「うむ。わっちの婆様はバンシ―の“グロワール”、所謂、姫巫女と呼ばれる存在であった。わっちはそんな婆様に憧れて、この道を選んだんじゃ。爺様も“グロワール”でな、シェイプシフターといって、姿形を真似することが得意な種族だったんじゃ。2人の間に生まれたのが母様じゃが、母様は普通のバンシ―じゃった」
シェイプシフター……聞いたことがあるような、ないような。真似をすると言うんだから、ボガートやミミックのような存在なのだろうか。
“グロワール”同士の結婚か。
シェイプシフターがこのヴァルレイ王国にいないということは、何かがあって、離れ離れになったのだろうか。なかなか聞き辛いな。
リリルは姫巫女という立場上、混血ということを隠したかったのかもしれない。
隔世遺伝と呼ばれる現象で、世代を越えて先祖の能力が彼女に遺伝したのだろうか。
「じゃあリリルは、そのシェイプシフターの能力の『変身』を使って子供になったり、大人になったりしているってこと?」
「そうじゃ。そしてバンシ―の“グロワール”の能力である『予言』以外に存在するもう1つの能力を、シェイプシフターの“グロワール”を使って隠している、とも言える。それはの――――」
「ちょっと待って。こういう話も俺が気になっているから、神の力でリリルに喋らせちゃってるんじゃないかな?」
「だとしても、わっちはもうジンに話すと決めたんじゃ。ここで話さなければ、わっちはなんだか心の居所が悪くなる。ここはわっちのためだと思ってくれぬか? 別によかろう? それに、わっちのこの能力を使えば、ジンの悩みも少なくなるやもしれんからの」
そろそろ俺は本気で、さらに隠されているリリルの能力が気になってきた。
「リリル……」
俺はチラっとリリルの方を見てしまった。目の前に欲求に弱いのは俺の悪い所かもしれないな。
「気になって仕様がないといった様子じゃの。わっちも緊張しているんじゃ……その、内容が内容なだけに……誰にも言わずに秘密にしてきたんじゃ」
リリルは顔を赤らめ、その視線を俺から床へと落とした。
俺もそれに倣い、床を見た。紅い絨毯はしみ1つなく、美しくふかふかだ。
そんなことを考えながら、俺は焦らずゆっくりとリリルの口が開くのを待った。
「……その……内容というのは……わっちの……わっちの……」
「焦らないでいいよ。俺はいつまででも待てるから」
「う、うむ。それはの……わ、わっちの……わっちの『母乳が幸運を呼んで願いを叶える』……という能力なんじゃが……な、何か言ってくれ! わっちは今ッ、ものすごく恥ずかしいんじゃ! 子作りも、キスすらもしたことがないというのにッ、わっちのこの体は母乳が出る体なんじゃぁあああああ!!」
「……アッ!! ご、ごめん……一瞬、リリルが何を言っているのかわからなくなって……とりあえず、“初心なリリルの母乳を飲むと幸運が舞い込んで来たり、願いを叶えてくれたりする”ってところまではちゃんと理解したよ」
「ばっちり、しっかり、ちゃっかりわかっとるではないかぁぁああああ!!」
繰り返しになりますが、“パート2”は例の如く、明日の午前0時頃に投稿する予定です。
どうしても長くなってしまいます……パート2は今回の1.5倍くらいの長さです。
メインのヒロインキャラの数が最初から多めなので、全員回るまでがまだまだあります!
内容がぶっ飛ばし気味ですが、お付き合い頂ければ幸いです。
次回はこのお話の続きからです。




