プロローグ 2
プロローグは短いです。
「あー、俺の人生どう書けばいいのかなぁ」
ここは地方にある文系の大学の近くに位置するマンションの一室。三階の家賃三万円、十二畳ワンルームに一人の青年がいた。
大学四年生のため、就職活動中の紅威 仁は部屋の隅に置かれた机で、椅子に座りながら履歴書を書いていた。
「……何度考えても特筆すべき点はない。エピソードと言ってもなぁ、何を書けばいいんだろう」
このような時間がもうすでに二時間は経過している。履歴書には自己PRを書く欄があるのだが、なかなかそのたった数行が埋まらない。これまでの人生を小学、中学、高校と繰り返し記憶を遡るが、PRになるようなことはあるだろうか、いや、ない。では大学ではどうか、法学部に在籍し、サークルは一切所属しておらずゼミも大したものではない。法学部の講義の中でも主に政治について勉強している仁であるが、その成績はとても優秀とは言えなかった。文系の大学に来て、むしろ専門ではない自然科学の分野の方が、やや成績がいい始末。
「はぁ……何をやっていたんだ俺は」
仁は自分の情けなさに耐えられず、机に突っ伏した。右頬に机の木の感触が伝わってくる。
仁が生気のない目で見つめるその先には窓があるが、今はカーテンが閉められている。昼間はいつも子供がはしゃぎまわる公園も静かだ。
現在、夜の八時。苦悩はまだ始まったばかりである。
「どうせならもっと派手に生きてみたいよなぁ。なんかこうアニメとか漫画みたいにかっこいいバトルなんかしてさ。『俺の前に立ち塞がる障害は全て取り除く……』みたいな。バトルに勝てばたくさんの女の子にちやほやされちゃったりして、えへぇ、えへへ」
これが俗に言う、就活生特有の≪履歴書からの逃避、パターン厨二≫である。または≪童貞のこじれ≫ともいう。
妄想に花を開かせ緩んだ顔を収めると、仁はおもむろに立ち上がり、猫背で縮こまった背骨を伸ばそうと両手を挙げ、背伸びをした。仁は生まれてからこの21年間、ろくにスポーツもしてこなかった。体型こそ普通だが、筋肉はあまりない。
「もし生まれ変われるなら、ド派手に生きてやるよ」
仁はキメ顔でそう誓った。一人でこんなことを言ってる大学生、という状況に少し恥ずかしくなってきた仁の顔は、少し赤い。
そして、心臓の鼓動の終わりは唐突に訪れた。
「んがぅぁ!?アアぁぁぁああッ……!!」
仁は声にならない呻き声をあげ、激痛の走る心臓を筋肉が強張りガチガチに固まった両手で押さえつけ、茶色いカーペットの床に受け身も取れず倒れ込んだ。
いきなりっ!!……心臓がッ!! めちゃくちゃ苦しッ……息がまともに……でき……ね……ぇ。
口や鼻からは涎や鼻水が垂れ、あれだけ血の迸っていた眼光は次第に光を失っていった。
……死ぬ? のか?
死ぬときは走馬灯が、なんて言うが、仁の場合は両親の顔を思い浮かべていた。
仁の家は中流階級のごく普通の家庭だ。田舎にサラリーマンの父を持ち、母はパート勤めである。仁に兄弟はいない、世話のかからない大人しい一人っ子、という母のお墨付きをもらっていることがちょっとした密かな自慢だった。
誰にも看取られずに逝くのか、せめて……ダメだ、せめて~が多すぎる……そうだ、父さん、母さんはもっと長生きしてくれ……つか、人間って心臓が止まってもこんなに思考できるものなんだな。
ここで、紅威 仁という人間の人生は幕を引いた。
次回はいよいよ。