奥底にある背反する思い
「あれはなんでありますか!? ジン陛下のとてつもないスピードで、一瞬にして試合が終わってしまったであります!」
「すごいすごーっい! 1分どころか10秒もいらにゃかったにゃ!」
ハウとメリッサが真っ先に俺のもとへ走ってきた。ハウはその右手に持った縄でグラードとエンデイを半ば引きづりながら俺の右側に、メリッサは左側にしゃがんだ。2人とも尻尾が横にぶんぶん揺れていてそこに目が行ってしまう。
犬耳美少女と猫耳幼女が俺に懐き始めてくれたことにちょっとした感動を覚えた。この茶色い犬耳と尻尾と、この灰色の猫耳と尻尾に触りたい……はぁ、我慢しよう……嫌われたくはない。
俺は正座を崩し、土の地面に胡坐をかいた。
「今回は魔力とか“グロワール”は使わずに、俺の純粋な身体能力のみでやってみたんだ。ね? 自分で言うのもおかしいけど、もう規格外でしょ?」
俺が数歩動いた更地の一画を見ると地面が数か所、不自然に抉れていたり、空気に砂埃が交じっていて少し汚くなっていた。エイルやアカリが弱かったわけではなく、俺がこの世界に対して特異な存在なんだ。
ハウの後ろにいるグラードとエンディのさらに後ろから、エイルの声が聞こえた。
「ここまで洗練された動きならば、ジン殿はほとんどの攻撃を避けることが可能かもしれんな」
「ジン様がこんなにお強いとは……御見それ致しました」
アカリも顔の赤さが薄まり、目を瞑った。
さて、もう一度みんなに承諾の確認をしようか。俺はみんなに向け、再び頼み込む。
「というわけで、俺、1人でテオーリア王国の王の下へ行かせてくれないかな」
「……ジン様はなぜ、お一人で行かれようとするのですか? やはり……ジン様をお守りすることが出来なかった私など、信用して下さらないですよね。ぅクッ……もうしわけッ……ありませんでした……ッ」
目の前にいるアカリは俯き加減で、涙をその瞳に溜め込み、流れ出すのを必死に堪えているようだった。
俺は首を横に振った。
違う……アカリや他の誰かに俺を守って欲しいわけではないんだ。むしろ俺がみんなを守らねばならない。でも、そんな俺が―――
「まだ弱いからなんだ……もし誰かを危険な場所に連れて行って、その誰かを本当に守り通すことができるのか……俺にはまだその自信がない。今は自分だけで精一杯かもしれない。誰かを巻き込んで傷つけてしまうことが怖いんだ、今回みたいにね。だから自分勝手かもしれないけど、もう少し待って欲しい。必ず、俺はみんなを守れるほど、もっと強くなってみせるから」
能力の問題もあるが、今、重要なのは王としての心の問題だ。責任の重大さがわかっているからこそ、俺は怖いんだ。作戦をやり遂げる自信は充分ある。だけどそこに誰かが加わってしまえば、俺のために誰かが傷つくかもしれない……そんな恐怖から、俺はただ逃げたいだけなのかもしれない。これが今の俺の弱さなのか。
確かにアカリの強さを信用していないと言われれば、反論はできない……でも戦いになってしまえば、何が起きるかはわからないんだ。
テオーリア王国の王、ヨルムンガンドの“グロワール”との戦いで、俺は何かを掴むことができる……漠然とそんな気がしている。
これはきっと俺にとって、この世界をリアルに知ることができるいいチャンスなんだ。
それに不死の属性を彼女達に与えられるほど、神の力はまだ俺の制御下にはない。そもそも、俺と共に永遠の時間を過ごしてくれるような女性がいるのか……甚だ疑問だ。
「ジン君、臣下の役割っていうのはね、王のためにこの身を尽して国家の繁栄に努めることなのよ。戦争になれば必ずと言っていい程、誰かの血が流れる。そんな未来、誰だって嫌よね。でも……戦争は起きてしまう。そんな時、ジン君ならどうする?」
いつの間にか俺の左真横に佇んでいたフェリティアが、眼下の俺に優しく問いかけた。
そうだな……そんな時、俺なら―――
「戦争を早期に終結させる。被害を最小限にして、復興に尽力する。そして、二度と戦争を起こさないように原因を突き止め、対策を講じる……かな」
「ジン君はそうやって国の未来を考えてくれる、とても立派な王だと思うわ。そして臣下はジン君の意向に従って、一生懸命働くでしょう。それはなぜだかわかる?」
「んー……早くみんなで笑顔になりたいから?」
「そうよ。臣下も国民もみんな、ジン君にも笑顔になってほしいと思っているの。何でも1人で熟そうとしなくても、困っていれば誰かが手を取ってくれる、そんな国なのよ? このヴァルレイ王国はね。だからね、困っていればいつでも言いなさい。私がジン君を助けてあげるんだから」
そう言ってフェリティアは膝を着き、俺を横から抱きしめるように腕を回した。彼女の甘い吐息が俺の耳元を温め、彼女は俺を包み込むような声で囁いた。
「ジン君も同じように、このガルグイユとウェンディゴを助けたいのなら行ってきなさい。1人で行くのならそれでもいい。でも、ちゃんと帰って来てくれないと……私は怒るから」
言い終わるのと同時に、フェリティアが俺の左耳を甘噛みした。何だか、俺の心を直接触られているような不思議な感覚に陥る。俺の耳は腫れてもいないのに赤くなっているに違いない。
「うん、わかった。もちろんすぐに帰るよ。ありがとう、フェリティア」
俺の言葉を聞き終え、フェリティアは甘噛みしていた口を離した。ファフニールの美少女の口と腕から解放された俺は、横目にそのフェリティアを見ると、彼女は舌舐め擦りをして、どこか満足そうな笑みで人差し指と中指を唇に当てていた。それがなんだか艶っぽい。
「いいえ、ごちそうさま」
え、エロい……そんな彼女はフフッと笑うと立ち上がり、後ろにいる少女達の所へ下がって行った。
前を見るとハウとメリッサが赤い顔を両手で隠しながらも、指の隙間からバッチリ今の出来事をずっと見られていたようだ。周りの少女達の顔も赤らんでいる。
「お、大人っぽいでありますぅ……! 本官もフェリティア殿のように大人の女性になりたいであります……」
「フェリティア色っぽーいッ! ジン、顔真っ赤だにゃ!」
「2人も顔真っ赤だよ!」
ここに“初心の会”結成か!?
冗談はさておき、ハウとメリッサの間、その奥の真正面に立つアカリを見上げると、その目に涙は無くなっていて、何か決心したような表情で俺を見下ろしていた。
「どうしても行くとおっしゃられるのなら、私はジン様に付いて行きたいです。それは変わりません。ですが、待つことも臣下の役目なのかもしれません……私は、いつか“ジン様の隣がふさわしい存在”だと思って頂けるように、もっと精進します」
「ううん、アカリは何も悪くないよ。これは俺が臆病なだけだから」
「これから他国に1人で挑もうとしているお方が臆病などとは、誰も思いませんよ」
アカリはクスリと笑い、口に手を当てた。
俺も連れて笑うと他の少女達も皆同じように笑った。
「それじゃあ『ジンが1人でテオーリア王国の王の下まで行き、ヨルムンガンドの“グロワール”にガルグイユとウェンディゴの独立を認めさせる書類にサインさせる』っていうのは、決定ってことかしらね」
フェリティア達がいる少し奥から、グレイアねーちゃんが少女達に問いかけると、口々に『賛成』の声が上がった。
グレイアねーちゃんは溜息を1つ吐き、口を再び開けた。
「私はまだかなり心配しているのだけど……ジン、無理だと思ったらすぐに帰ってくるのよ? ダメなら別の方法をまた考えればいいわ」
「その時はすぐに帰ってくるけど、俺はこの作戦を失敗させる気は全くないよ」
「そう……そういえば、どうやってヨルムンガンドの“グロワール”にそんな無理難題な内容を承諾させるの?」
「ん? それはもちろん……」
「もちろん?」
グレイアねーちゃんは首を傾げ、少女達も続きが気になるようで、辺りは静まり返った。
俺はこの世界の神張りの顔で彼女達に言い放つ。
「力技でゴリ押しだよ」
俺が吸血鬼の“グロワール”でヴァルレイ王国の国王とバレるのはまずい。
だから神の体を最大限発揮し、テオーリア王国の王城を蹂躙する。そしてヨルムンガンドの“グロワール”に反攻は無駄だとわからせるんだ。
ここで完膚無きまでに知らしめないと、今度はヨルムンガンド対ガルグイユとウェンディゴの内乱になってしまうかもしれない。だから徹底的に潰す。
立場の弱いグラードとエンディを使って俺の命を狙い、しかも尚悪いアカリや俺の国民を巻き込んで傷つけさせたことを後悔させてやる。怨念をこの拳に込めて。
俺が言い放った途端、彼女達から詰め寄られ『えぇッ!? ジン、それ大丈夫なの!?』『それ作戦って言わないにゃ!』『何か別の策を考えるのであります!』などと言われたが、それらを両手と涼しいキメ顔とイケメンボイスで軽く制す。
「問題ない」
だって俺は死なないし、魔力が枯渇することもおそらくないし、何かいろいろハイスペックだし……正直、何とかなる未来しか想像できない。しかも、俺はジオノールの知識を得てこの世界のことを表面上で知っていながらの、総合的な判断なんだ。
プッ、と吹き出すような笑い声が聞こえた。その方向は俺の真正面、その正体はアカリだった。
「何だかそこまでジン様が飄々(ひょうひょう)とされていると、いろいろなことを考え込んでいた自分が馬鹿みたいです」
◆
この後、俺達は再び吸血鬼の城の10階にある会議室まで戻った。ヴァルレイ王国“グロワール”会議は夜の8時頃まで掛かり、終了した。
結果は結局、全て俺に一任された。しかし彼女達からはいくつか条件を出されてしまった。
その条件とは『何か合ったらすぐに引き返すこと』『正体がバレないように最大限の注意をすること』『もし正体がバレても、“違う”と白を切り通すこと』『ガルグイユとウェンディゴの独立が成功した場合、グラードとエンディにはすぐに種族の指揮を行なってもらうため、彼らが近くまで随行することを許可すること』などという内容だ。
俺にとっては悪くない条件で安心した。
俺は例え王様であっても、独断専行は良くないと思っているからな。
これでこの作戦を成功させれば、彼女達からの信頼ももっと厚くなるだろう。それも含め、俺は必ず成功させなければならない。
この日は、もう夜になってしまったため、怪我をした兵士達のお見舞いは明日の朝、行くこととなった。
そして、グラードとエンディはこれから夜通しで血を抜かれるらしい……俺とグラードとエンディが王城を出立するのは明日の夜の予定に決まったから、早めに(血を)抜いてしまえ、というメリッサの判断だった。
“客人としてもてなす”と言ってしまっていた俺は2人に罪悪感を憶えてしまい、そのことで彼らに謝ると『いえ! これは当然の報いですから、お気になさらず』とエンディが言ってくれた。
グラードは『ジン殿…その、何か他の方法で罪を償わせては頂けないでしょうか』とそれ所ではないといった感じだった。
俺はグラードの頼みを胸が張り裂ける思いでやんわり断った。
ごめんね……明日は美味しいご飯と部屋を用意して、君たちを少しでも休ませていいという許しを貰うために、俺は少女達に頼み込むから。
『そこは普通の客人としてもてなすよ。ただし、ちゃんと傷つけた人たちに謝ってからね』と俺は彼らに言ったから、まだ嘘はついていない。
グラードとエンディはハウとメリッサに連れられ、王城の地下にある拷問部屋へと姿を消していった。その4人が部屋を出て行く時、俺が心の中で『逝ってらっしゃい……』と呟いたことは、誰にも気づかれていないだろう。
会議室に残った俺達はちょっと遅いが、ムヒョウが作った美味しい夜ご飯を食すこととなり、ムヒョウがキッチンで料理を作り始めた。
そこで俺は疑問に思ったことがあり、円卓の向こう側にいるグレイアねーちゃんに質問した。
「ハウとメリッサはご飯食べないのかな」
「あとで地下の拷問部屋まで持っていくわ。犯罪者の前でご飯を食べるのも拷問の一種よ?」
あー、確かにそれはかなりキツイかも……と俺は顔を想像で歪めていると、俺のお腹がグー、という大きな音を鳴らして彼女達からの視線を浴びることになってしまった。は、恥ずかしい……。
「あ! ジン様は今日まだご飯を食べていらっしゃらないですよね? それはお腹も空きますねぇ。お昼ご飯を食べた私でもお腹ペコペコですからね」
「あぁ、そっか! 今、思い出したよ。早くムヒョウの美味しいご飯が食べたいね!」
「はい!」
俺のすぐ右の席に座るアカリが自分のお腹を摩りながら笑い、俺をフォローしてくれた。そうか……君が天使なのか。
アカリに後光が差しているように感じていると、俺から見て円卓の左側の席に座るリリルが、その幼女の可愛らしい顔をニヤニヤさせながら俺達に話しかけてきた。
「ほんに仲がいいのぉ、わっちも何だか妬けてしまうぞ。そういえば、さっき軍の練習場でアカリは言っておったのう。『いつか“ジン様の隣がふさわしい存在”だと思って頂けるように、もっと精進します』とな。つまりそれは……」
「あぁぁーーーッ!! それはッ! そういう意味ではなくっ……もないと言いますか、ハッ! と、とにかく違います、違うんです!!」
「ほーっ……どこがどう違うのか、わっちに詳しく教えてくれぬか? ほれほれ、どうなんじゃあ?」
リリルが金髪のツーサイドアップを揺らしながら、意地悪な顔でアカリに詰め寄った。
んー、リリルが楽しそうにアカリを苛めているのはわかる。いちいち可愛いからな、ついつい攻めたくもなるのだろう。
そしてリリルが案外、アカリの声真似がうまい、ちょっとびっくりしたぞ。実に器用なもんだ。
対してアカリは顔を赤らめ、目を泳がせている。
そういうアワアワしてる顔を見るとまた苛めたくなるんだろうなぁ。
「リリル、そのくらいにしておいたら? アカリが目を回しちゃてるじゃない」
「そうじゃ! そう言うフェリティアこそ、公衆の面前でジンに抱き着き、しかも耳を甘噛みするなどと、嫁入り前に大胆な女じゃのぉ。あんな光景をお主の父親が見たら卒倒するぞ」
「フフッ、卒倒させてやろうじゃない。私は自分で結婚相手を選べるってことを、そろそろあの人も解ればいいのよ」
「あー、そうであったな……お主も何かと大変じゃな」
「まぁ、それなりにね」
フェリティアはお見合いでもさせられているのだろうか……そうか、この娘達はみんな種族の王、いや、お姫様といったところだからな。
親も結婚相手を選ぶのに必死なのかもしれない。
彼女達はこんな俺のどこがいいのだろう……地位? お金? ……は彼女達もそれなりに持ってるか。
ハッァ……!! まさか、顔? ねぇ顔なの!?
もしそうなら、俺はかなり複雑すぎて世界が信用できなくなりますが……。
「はーい、おまたせっ! ポトフのできあがりよ」
そうこうしているうちにムヒョウが料理を円卓まで運んで来てくれた。その時にはすでにポトフのいい香りが会議室に広まっていた。
俺達の前にはそれぞれの髪の色と同じ色の布が敷かれ、その上にスプーンとバケットの中には2つのパンが入っていて、すでに準備は整っていた。
ムヒョウは両手にオレンジ色の鍋つかみを嵌め、大きな洋風の土鍋を担ぎ、それを薄水色の布の上にある木製の鍋敷きに置いた。今回は俺の左横がムヒョウの席となっている。
その後、彼女は取り皿も持って来てみんなの分をお玉で掬い、よそってくれた。
俺は見上げてしまう程高いムヒョウの女子力に感心し、気付けばじーっと彼女の動作を1つ1つを凝視していた。
「はいっ、ジンくんのポトフよ」
ムヒョウは最初に俺にポトフを配ってくれた。
「ありがとう! ムヒョウ」
「ふふっ、まだもうちょっと待ってね。みんなで『いただきます』をしてからよっ」
「うん!」
久々の食事に胸が高鳴る。しかも美味しそうな匂いが俺のお腹を刺激している。
ポトフの中はジャガイモやニンジン、緑の豆やウインナーが入っていた。これは現世のものとほとんど変わらないかもしれない。
この世界にもウインナーがあった。燻製があるならベーコンやハムといったものもあるな。ジオノールの知識に尋ねても似たようなものが検索にヒットする。うーん、実に楽しみだ。
ムヒョウはよそった器をお盆に乗せ、みんなに配り歩いた。グレイアねーちゃんも席を立ち、飲み物を用意されていく。やがて全員分を配り終えると、ハウとメリッサを除いて全員が席に着いた。
『いただきます!』
少女達と俺の声が会議室に響き、華麗なる晩餐が行われた。
ムヒョウの作ったポトフはやはり、流石の一言に尽きる。ジャガイモやニンジンにも何か下味を付けているような濃厚な味わいだ。
特に俺はジャガイモが気に入ってしまってモリモリと平らげてしまった。濃い黄色のジャガイモは煮崩れせずに粘り気が強く、程良い甘みが口の中に広がった。こんな美味しい料理がこれからも食べられるなら、それだけでたくさん働かなくては、と思ってしまう。
「どれもこれも美味しいけど、特にこのジャガイモがすごい美味しいね!」
「ふふっ、そうでしょ? アリーシェちゃんがアルミラージの“グロワール”の力を使ってね、この間じゃがいも畑を元気にしてくれたばかりだからなのよ」
そうか!
アルミラージは緑属性と土属性の魔法が使えるし、その“グロワール”であるアリーシェは『巨大化』と『重力操作』が出来るんだ。
満月の日に、植物は栄養をよく吸収して成長する……と前世で聞いたことがある、本当かどうかはわからないけど。
龍脈の土地からは栄養が泉のように湧きあがり、加えてアリーシェが『重力操作』を行なうことで似たような現象を起こしているのだろう。
アリーシェや他のアルミラージ達が野菜や果物、または牧草などを更に活性化させ、実りを最大限に引き出してくれているんだ。
満月……重力……兎……アルミラージはある意味で“月の兎”と言うべきか。
『重力操作』なんてすごい能力だけど、アリーシェの場合、戦闘では案外使い勝手が悪い。消費魔力が膨大で、戦闘における強使用は時間との戦いになりやすい。でももし俺が使うことになれば……どうなるのだろう。うーん、想像だに恐ろしい。
「アリーシェのおかげだね!」
「いえいえ! でも、そうやって美味しそうにわたし達の作ったお野菜やお肉を食べて下さると、生産者冥利に尽きますね。もちろん、それを美味しい料理にしてくれているのはムヒョウちゃんなんですけどね」
俺から見て右側の円卓の席に座るアリーシェは、白い兎の耳を謙虚に横に揺らし、軽いウェーブが掛かったピンクの髪を肩に擦らせ、嬉しそうに微笑んだ。
髪と同じ色の大きな瞳はどこか愛らしく、『この娘モテそう』と誰もが思う雰囲気を醸し出す、そんな爆乳の少女だ。
“グロワール”の少女達はみんな街中を歩いていれば、誰もがその美貌に振り返るような容姿を持っているが、この娘は特に男子ウケが凄そうだ。女子ウケはやっぱりエイルなのかな、彼女はかっこいい女性という感じだから。
「アリーシェちゃん達が美味しい食材を作ってくれるから、私も頑張らないと、って思ってね」
「いつもムヒョウちゃんにはみーんなが感謝してるよ」
「あらっ、嬉しいわ」
アリーシェは俺にだけ敬語なのかな? 一応、俺は国王だからかなぁ……うーん、もっと仲良くなりたいんだけど。
こう考えてみると、俺はよくこんな美少女達と自然に会話ができているよな。我ながら奇跡。 流れで何とかいけている。いや、彼女達が優しく接してくれているからっていうのが大きいのかもしれないな。
◆
数十分後、食事も終わり、俺達はティータイムに入っていた。
彼女達のティーカップを持つ所作であったり、口をつけて飲む姿というのが美しい。彼女達の優雅感がすごいんだよなぁ……みんなは本当に種族のお嬢様、お姫様、姫巫女様なんだってわかる。
対して俺は、普通の大学生の庶民感満載な状態になっていないかどうか心配で……どこかにボロが出そうで、ちょっと怖くなったりもする。
紅茶を飲み終わったグレイアねーちゃんがムヒョウに礼を言って立ち上がった。
「それじゃあ、私はちょっと明日の準備をしに行くわ。ジン、また明日ね。みんなもおやすみなさい」
みんなが口々に『おやすみ』とグレイアねーちゃんに告げていく。俺も席を立ち、キッチンの左にある扉を開けようとするグレイアねーちゃんの所まで駆けていった。
俺が近くまで来たことがわかるとグレイアねーちゃんが振り返り、会議室から出て行く足を止めてくれた。
「グレイアねーちゃん、ごめんね。俺の我儘で仕事増やしちゃって……」
「ん? これくらいどーってことないわよ!」
グレイアねーちゃんは右の拳を大きな胸にポンと当て、続けて喋った。
「魔導具研究と内政と書類作りはいつものこと。お姉ちゃんにどーん、と任せなさいなっ。 それにね、一番大変なのはジンなのよ? そっちの方がお姉ちゃんは心配で苦しいのよ?」
「それはぁ……もっとごめん」
心配させてしまっているのは、グレイアねーちゃんの表情を見ただけでもわかる程だ。それが嬉しかったりするのは、言い出せないかな。
グレイアねーちゃんはフッと笑って俺の頭に手を乗せ、微笑みながら優しく撫でてくれた。
紅いヒールを穿いているグレイアねーちゃんと今の俺の身長はほぼ同じなのに、こうやって子供みたいに可愛がってくれるグレイアねーちゃんに、俺はハニカミを返すことになった。
「うん。それじゃあね、おやすみジン」
「おやすみ、グレイアねーちゃん」
グレイアねーちゃんは部屋を出て行くまでその笑みを絶やさず、ゆっくりと扉を閉めた。
いなくなった扉を名残惜しく眺めた後、俺は自分の席へ戻り、ティーカップにまだ少し残っている冷め始めた紅茶を喉に流し込んだ。
バーニアが俺から見て左側の席から、何やら俺の方をじっと見ている。
俺が視線を返して彼女を良く見てみると、彼女の切れ長の目がどこか落ち込んでいるようだった。
「アンタは姿が大きくなっても、中身はまだチビッ子ね。そんな寂しそうな顔しちゃってさ」
「んっ、そんなことない」
俺はバーニアにまた小馬鹿にされたような気がして少しむっとした。
「ふーん。まぁそうね、グレイアは美人だし、頭も良いし、頼もしいし、アンタがあの黒い棺から起きて来てから、一番最初に会話した女の子だもんね。そりゃあ気にもなるか」
「確かにそういうのもあるけど、グレイアねーちゃんだけが特別気になるとかではないよ」
「そう……」
バーニアは少し目を開き、俺を見つめてきた。
周りを見れば、どうやらみんなが俺の方を見ていたようで、俺は目を少し泳がせてしまった。
誰も彼も可愛いし、美人だし、優しいし、男としては楽園気分だな。
この世界は美男美女しかいないのか、とも考えたことはあるが、ゴドアズ帝国を見るとそうでもないというのがわかった。
しかし、ジオノールの葬儀で見た国民の顔を思い出すと、確かに美形は多かったかもしれない。平均が高いという印象だ。
「それじゃあ、アタシも帰るわ」
「じゃあ、わたしもそろそろ行きますね」
「そうね、私も帰ろうかしら」
「うむ、我も戻ろう」
バーニア、アリーシェ、フェリティア、エイルも席を立ち上がり、俺達と挨拶をした後、俺の後ろ側にある塔の階段へと続く方の扉を開けて出て行く。
俺は挨拶を返すため、自分の後ろにある扉の方を見ようと椅子の左側に足を置いた。
フェリティアが扉の前、俺の左横を通る時に立ち止まり、俺の頭に左手を乗せて撫でてくれた。フェリティアはその頭に置いていた手を、今度は上から下へ、俺の右頬を指の腹で更に撫で、楽しそうにフフッと微笑んだ。
「おやすみ、ジン君」
「お、おやすみ、フェリティア」
フェリティアを含めたみんなを吸いこみ、塔の階段へと続く扉が閉じられた。
円卓の席に残っているのは俺とアカリとムヒョウとリリルの4名のみとなってしまった。俺達は円卓側へとまた向き直った。
すると俺の両隣にいるアカリとムヒョウは顎に手を当てて何かを考え込んでいるようだった。
そしてその2人がほぼ同時に口を動かした。2人がそれぞれ1人で呟くように小声でぼそぼそと言っている内容を、俺の規格外に良すぎる耳が捉えてしまった。
「敵が多過ぎます……あ、でももしかしたら……」
「困ったことになったわ……っ、そうだわ、この国は一応……」
『重婚ができ(るかもしれません)(たはずだわ)』
はぁ……と2人は同時に溜息を吐いた。
え?……なんかこれ、もしかして今、俺はものすごいことになっているんじゃないか!?
と内心でウキウキ気分でも、俺はポーカーフェイスをキメ込んだ。
円卓の俺の正面に近いところに座ってるリリルがちょこんと席を降り、俺の方に歩いて来た。
リリルは俺の横まで来ると、笑顔で耳打ちを要求してきた。
リリルは小さな両手で丸を作り、そこに俺は左耳を傾けた。
「子供の姿に戻った方が疲れは取れるぞ? ジンもしっかりと休むのじゃぞ。あとわっちがこのことを話したことは、わっちとジン、2人だけの秘密じゃからな?」
リリルの可愛い小声が俺の耳に吸い込まれていった。
果たして、俺は子供に戻れるのだろうか。まだやったことがないから疑問なんだけどなぁ……ん?
なんでリリルはそんなことわかるんだ? 人の外見で比較してわかるものだろうか。
んー、わからない。ジオノールの知識も使ったがダメだ。
まさか……リリルの幼女姿は仮の……?
リリルは俺の耳元から離れ、また笑顔を俺に向けてきた。
彼女は楽しいのか、嬉しいのか、金髪のツーサイドアップが揺れている。
「ねぇリリル、それって―――」
俺が困り顔で気になった疑問を口にしようとした瞬間、リリルの小さな右手の人さし指に続きを言うことを止められた。リリルは首をこてんと傾け、眉を落とし、俺に言い聞かせるように言う。
「また今度、詳しく、じゃな」
俺が頷きを返すと、小さな指が離された。
「うん、わかったよ」
「うむ。それじゃあ、おやすみ!」
小さな右手を上げてそう言い残すと、リリルは俺達の返事を待たずに走り出し、キッチン横の扉を開けて吸血鬼の城の廊下へと出て行ってしまった。
うーむ、疑問が増えてしまった……リリルはみんなに何を知られたくないのだろうか。なぜ、その一端を俺にだけ教えてくれたのだろう……謎だ。
「2人で内緒のお話ですか!?」
「ジンくんは本当に人を惹きつける魅力があるわよねぇ、私も困っちゃうくらいに」
俺に詰め寄るアカリと本当に困ったように少し笑うムヒョウの顔を、俺は交互に見た。
「いやぁ、まぁ、なんというか……『神の力』で、俺には求心力とかがあるからなんじゃないのかなぁ。俺は別にまだ何もしていないしね。明日、テオーリア王国へ1人で戦いに行こうとするのも、強力な力と知識が俺にあるからこそ、なんとかなると判断できたからなんだ。俺の本質は弱虫で臆病で寂しがり屋で、しかも泣き虫だからね。よく見たらかっこ悪い、とか思われちゃうんじゃないかな」
俺は自嘲気味に笑った。
バーニアとの会話を思い出した。『アンタは姿が大きくなっても、中身はまだチビッ子ね。そんな寂しそうな顔しちゃってさ』というのは、正にその通り。
バーニアは案外、俺のことを良く見ているのだなぁと思ってしまった。いや、本当はもう21歳なんですがね。
でも、こんな見ず知らずの異世界に1人で迷い込んで、心配で不安で、本当は心の拠り所が欲しくて欲しくて堪らない。
それでも『神の力』を使い、みんなを騙してまで結婚したいとは思わない。もしそれをやってしまえば、罪悪感は拭えないだろうし、そもそも自分がそれで満足をして幸せになれるとは、全く思えなかった。
俺を好きになってほしいけど、なってほしくない。
明日、テオーリア王国に行くのだって、心の奥底では行きたくないと思っている。
俺は死なないし『最強』という太鼓判も押されはした。でも、痛いものは痛いし、怖いものが怖くなくなるという訳でもない。
それでも、行けば俺は何かが変われるとも思ったし、困っている人達も助けられる。
全てがうまくいく方法を俺が持っていた。
だから『やらない』なんて言う訳がない。
「あら、そんなことを考えていたの……?」
「……私はそんなことないと思います」
「待った! このままだと俺が2人に気を使わせちゃうことになるから、この話はもうやめよう」
まだ何か言い足りなそうな2人を、俺は必死に作った笑顔で止めた。
※ハウとメリッサ達のことを作者が忘れているわけではありません。
文量が増加中です。
ジンの心の奥底では背反した思いがぶつかり合います。しかし、強い方が勝つのは誰だっていつだって変わらない、普遍的な葛藤なのです。
次回はジンがテオーリア王国に殴り込み、ヨルムンガンドとどのような戦いが繰り広げられるのでしょう。




