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Bloody War Cry ~吸血鬼の王に弱点はほぼない~  作者: イーリス
第二章 紅黒の王
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王の背中

 ヴァルレイ王国への岐路の途中、俺以外は使用限界時間で何回か<姿くらまし>が切れていた。しかしゴドアズ帝国の国境を巡回する兵士も見えないことから、俺達は特に取り乱さず、人に見られることもなく王城まで辿り着くことができた。


 流石に王城付近では危険だったので俺がこっそりみんなにも<姿くらまし>の補助を行なっていたことは気づかれていないはずだ。

 <姿くらまし>中はお互いの姿も魔力も感じられないが、近くだと羽音も聞こえて距離を取り合うことができた。おかげでぶつかることもなく、安全に飛行を終えられそうだ。


 眼下に続くのは乾いた土の大地。左側にさっきまでいた小さな街が見える。

 ゴドアズ帝国の国土はかなり広い。しかし、広いからこそ管理が大変で財政も芳しくないのだ。もっと小さくすればいいのに、|うち≪ヴァルレイ王国≫みたいにね。小さな国で大きな利益を得る、っていう方がいいと思うんだけどなぁ。


 王城の上空まで着くと、“グロワール”の力でアカリが気づいてみんなに知らせてくれていたのか、統括将や妖精の少女達(みんな)がテラスまで出ていた。


 テラスは数時間前までボロボロで辺り一面木材や石材やらが転がっていたのだか、今は綺麗に掃除がされていた。


 仕事が早いなぁ、国民の皆様、本当にご苦労様です。


 俺達5人は翼をバタつかせ、テラスへと降り立った。


「ジン! これは……一体どういうことなの? お姉ちゃん聞きたいことがいっぱいあるの」


 俺達が<姿くらまし>を解除したら駆け寄ってきたグレイアねーちゃんが駆け寄ってきた。グレイアねーちゃんはグラードとエンディの魔力を感じ取ったのか、俺に詰め寄って聞いてきた。俺の素性とかも気になるもんね、うん、わかるよ。


「んーとね……この一連の事件には、とある深ぁ~い事情があるみたいなんだよ。まずはみんなで中に入ってゆっくり話そ? ね?」

「この2人は捕縛します!」


 俺がみんなを城の中へと促そうとしたとき、ハウが飛び出して俺の横を通りすぎて行った。ハウはその手に持つ魔導具として強化された縄を使い、大人しく手を差し出すグラードとエンディを捕縛し始めた。


 まぁ……仕方ないか、犯罪者だし。


 後で諸々の話をしてみんなに理解してもらえるようにするから、と暗に伝えようと俺は2人を見たが、その場しのぎとはとても思えないような本当に真剣な面持ちで、とても反省しているようだ。


 俺は、聞きたいことが山程あると言いたげなみんなの背中をやや強引に押し、会議室へと促した。


 仮面をつけた八咫烏の彼女達には礼を言ってここで別れた……まぁ、きっとそこら辺にまだいるんだろうけど。


 会議室に向かう廊下の合間、俺は怪我を負っていたアカリが心配で傍まで駆けていき、話しかけた。


「アカリ! 怪我は大丈夫? ……ん? ……アカリ?」


 返事が返ってこない、どうしたものか……と不安を覚えるが、もう一度アカリに声を掛けると気づいてくれたようで、返事を返してくれた。


「あ……はい! 私はもう全然へっちゃらです。お医者様でもあるメリッサ様からは『病み上がりなんだからまだ無理をしなくていいにゃ』とジン様の元へ行くのを止められてしまいましたが、“グロワール”は傷の治りも早いですからね! それよりもジン様はなぜ、そのようなお姿に……すっかり……大人の男性の……体つきに……なられて……」

「あー、それはそのぉ、その話もまとめてあとでみんなに話すよ」


 アカリが歩きながら俺の体を上から下までジロジロと眺めてきて、ちょっと恥ずかしい。

 子供の姿の時はアカリを下から見上げていたが、今は俺の方が頭1個分、彼女より背が高いため、見下ろす形になった。


 それにしても、アカリが平気そうで何より。


 ん? ……アカリの顔がなんだか少し赤いような? 

 いや! 勘違いしちゃいけない。俺は今、神の体だからだ。


 なぜ最近こんなに女の子に優しくされるのか、その答えはきっと神の求心力があるおかげなんだ。神は崇拝され、信仰の対象だ。

 そういう力が俺に宿っていてもおかしくはない。

 見た目も大人になってどうせより一層イケメンになってるんだろうし、別に俺の内面に魅力があるわけではないんだ。だって中身はモテない平凡な男子大学生なんだもの。


 ◆


 俺達は会議室に入り、席に着いた。


 グラードとエンディだけはハウに縄で繋がれたまま、ハウの座る席の後ろに立たされた。ハウの右手には縄の先が握られ、そこには魔導石が嵌められている。


 魔導具の縄は魔力を流せば、縄の強度や縛りに強弱が付けられるという品物だ。


 俺はまず、グラードとエンディに素性と事情を説明してもらうことにした。

 2人に自己紹介してもらい、その後、数十年前に起こったテオーリア王国と自分達の国で起こった戦争のこと、戦争に敗けて奴隷にされたこと、俺の命を奪ってくればガルグイユとウェンディゴの種族は奴隷から解放されるとテオーリア王国の国王から言われたということ、その全てを話してもらった。


『誠に!! 申し訳ありませんでした!!』


 ハウの後ろから2人は深々と頭を下げた。彼の名前はグラード・ユド、彼女の名前はエンディ・コパンというらしい。


 そういえばまだ自己紹介とかしてなかったなぁ、俺は彼らの会話から名前はわかっていたけど。


 俺はそんな終わったことを考えつつ、彼らの処遇についてみんなに俺の意見を述べた。

 俺は彼らの罪を血で支払ってもらおうと思っていること、テオーリア王国にいるガルグイユとウェンディゴの人々を助けようと思っていることなどを話した。


「まずはこの2名の処遇について議論しよう。彼らに罪を血で払ってもらうというのは……いくらなんでも罰が軽すぎではないか? 生き返ったと言っても我が国の国王であるジン殿が刺され、一度、心臓が止まっているのだぞ?」

「普通なら死刑でも生ぬるいであります!」


 し、死刑でも生ぬるい……怖いよぉ異世界。


 腕を組んで眉間に皺を寄せるエイルと、勢いよく右手を上げるハウから反対の意見が出てしまった。


「足りないか……でも彼らを殺すことは絶対にしたくないんだ。幸い、死者は出ていないしね。死刑を行なえば、彼らの種族達は自分達の王が殺された、だからヴァルレイ王国に復讐してやる、と思うんじゃないかな。例え、グラードとエンディから仕掛けたてきたという事実があっても猛進するだろうね。それくらい普遍的に“グロワール”はその種族にとって特別な意味や価値を持っている。それに、国民感情は揺れ易いものだからね」

「そうねぇ、でもいくら数百人分の血をこの2人から採るって言っても、ヴァルレイ王国の国民が簡単に納得するとは思えないわ。ジンくんも国王なんだし、八咫烏の“グロワール”であるアカリや他に6名の兵士も負傷しているのよ。城もめちゃくちゃになっているし、戦闘の目撃情報はすでに国の内外に広まっていて、今更なかったことにもできないでしょうね」


 ムヒョウの言うことももっともだ、じゃあどうするか。俺は少女達と一緒に唸りながら考える。

 すると、円卓の向こうにある“猫耳”が揺れた。


「んー……あ! じゃあ300本分くらいまとめて注射針を刺してぇ、死なないギリギリ程度にゆっくり血を吸い出す! それでたっぷりいたぶるとかはどうにゃ? 地下で」


 えぇぇええ!? メリッサさん……それなんてホラーですか? 

 この猫耳白衣の幼女の頭はどうなっているんだ……さすがにそんなマッドサイエンティスト的な発想は浮かばなかった。

 でもまぁ、これなら『時間がかかってもいいから―――』っていう口約束もクモの糸1本分くらいは守れるし、殺さないで済むし、案外いいかも?


 他の少女達も『あぁ、なるほど』『その手があったわね』『……楽しそう』とか言ってるし……ん? 楽しそう? いや、聞かなかったことにしよう。


 当の本人達はどんな様子でこの恐怖の実験、もとい罰の話を聞いているのかと円卓の向こう側、ハウの後ろに立つグラードとエンディの方を見ると、土灰色の龍はガタガタ震えだし、黒い妖精は話を聞いただけで今にも貧血か何かで倒れそうになっていた。


「いえ、まだ甘いです。その注射針は3セット用意しましょう」


 アカリさんが追撃で2人を本格的に仕留めにきたぁぁぁああ!! 計900本だぁああ!!


 こ、これで終わりじゃないのか……さらに、恐怖の旋律を奏でる美少女の姿をした悪魔達の声音(こわいろ)が重なった。

 エイル、グレイアねーちゃん、リリル、ハウ、メリッサ、フェリティア、ムヒョウ、アリーシェ、バーニアがその後に続いてるぅぅぅうう!!


「我は賛成だ」

「私も賛成ね」

「わっちも賛成じゃ」

「本官も賛成であります!」

「メリッサも賛成にゃ!」

「私も賛成しようかしら。でもそうね……欲を言えばもっといたぶってもいいと思うのだけれど」

「私も賛成よ。ジンくんもそれでいいのならだけどねっ」

「じゃあ、わたしもそれに賛成で」

「う~ん……まぁ、それでいいんじゃない? アタシも賛成。ヴァルレイ王国の国民には『王城を一部破壊し、国王陛下や八咫烏の“グロワール”、他兵士6名を襲った2名の犯人の血がこれです。襲われた者は皆、命に別状はなく、回復傾向にあります。国王陛下に至っては無傷で健在なので、ご安心ください。ご覧の通り犯人は処刑し、血を抜き取りました。魔導具の作成に有効活用させます』っていう説明と証拠品の血を見せればいいと思うわ」


 何という一致団結力……これが美少女の口から出る言葉なんだもんなぁ。


「では、決定で。ジン様もそれでよろしいですね?」

「あ……うん、それでよろしく」


 当の本人達は茫然と立ちながら虚空を見つめている!

 彼らからはまるで生気が感じられない!

 俺も怒涛の彼女達の勢いに負けて何も言えなかった!


 グラード、エンディ、まぁ……なんだ、この鬼畜少女達に睨まれて生きて帰れるだけでも幸運だと思ってくれ。処刑より辛い体験になるかもしれないけど。


 俺達はメリッサとアカリとバーニアの意見を反映させることに決定した。

 グラードとエンディの素性を国民に明かさない理由は、これからこの2人を表舞台に立たせ、国を統治させるために仕方のないことだからだ。


 2人から吸い上げた血は魔導具研究所の吸血鬼職員に配られるだろう。

 俺も後でちょっとだけ貰っておこう。さすがにまだ直接、血を吸う勇気はないしな。


 エンディも美人さんだけど、彼女はグラードと仲が良さそうで、寝取り系が苦手な俺はそもそもそんな気も起きない。それに男の首元にかぶりつくのもねぇ……未来永劫、遠慮したい。


 想像して萎えた気を取り直し、俺はヴァルレイ王国にとっても、重要な話をみんなに語る。まずは、グラード達を援護するメリットを提案しよう。


「奴隷となっているグラードとエンディの種族がテオーリア王国から独立できれば、グラード達と同盟を結んでシエラパトン王国を両側から守ることもできると思う。シエラパトン王国の港は俺達にとって重要な魔導具の貿易港がだからね。それをより安全に守ることができるし、テオーリア王国がこのヴァルレイ王国に攻め込もうとしているのなら、なおさら重要な防衛拠点になりえる可能性が高い。彼らの独立した新しい国の国民が、奴隷から解放されて新たな職に就けば、またお金を稼げるようになる。そうなれば、うちの魔導具もきっと買ってくれるよ! テオーリア王国はあまりうちの正規の魔導具は買ってくれていなかったはずだよね? 粗悪な偽物ばかり国境の検問を通過させている。偽物は正規品の半額だったかな。性能と耐久性で言えば、コストパフォーマンスは完全にヴァルレイ王国製だと思うんだけどね。テオーリア王国は本当にヴァルレイ王国を嫌っているような状態だったよね?」


 シエラパトン王国は東側に大きな港があり、そこから俺達の魔導具は大型商船に乗せられ、世界に向けて販売されていく。

 シエラパトン王国は縦に長く、その西側の国境は上から主に、ヴァルレイ王国、ゴドアズ帝国、テオーリア王国と縦に地続きになっている。


 テオーリア王国の東の海側がガルグイユとウェンディゴの国があった。彼らがテオーリア王国から独立するなら、再びそこに建国されるだろう。

 テオーリア王国に編入される前はユダ王国と名乗っていたが、当時の国王はグラードではなかったため、おそらく彼の父、もしくは祖父か誰かだろう。


 ジオノールの知識も完璧ではない。


 ヴァルレイ王国製と偽り、すぐに壊れてしまう魔導具を販売している国がある。正規品の価値を風評被害で落としてしまうため、それはヴァルレイ王国やうりの国の魔導具を使う国々の中で大きな問題となっている。


「つまり、グラードとエンディに恩を売っておくって話ね。メリットは確かに重要なものばかりね、将来性も人道的見地からの判断も含めて。テオーリア王国内にうちの魔導具がなかなか入れない理由はね、テオーリア王国の国王であるヨルムンガンドの“グロワール”がヴァルレイ王国を妬んでいるからなのよね」


 グレイアねーちゃんは眉間に皺を寄せ目を瞑り、そして腕を組んだ。

 そんな彼女に、俺はジオノールの知識を探って言葉を作る。


「ヴァルレイ王国建国に至るきっかけとなった出来事、この地域で巻き起こった“龍脈戦争”で、ヨルムンガンドは吸血鬼の連合軍に(やぶ)れたから、だっけ」

「その通りよ、世代を超えてもずっと根に持っているのでしょうね。そして、ジオノール前国王陛下が亡くなったことをどこかで知り、捨て駒としてちょうど良かったグラードとエンディをそそのかし、積年の恨みを晴らすべくジンに(やいば)を差し向けた、と……自分でまとめててなんだかイライラしてきたわ」

「ま、まぁまぁグレイアねーちゃん落ち着いて」


 当時は国境が今よりまだ曖昧な時代、世界各地で度々起こっていた“龍脈戦争”と呼ばれる戦争の一つで、ジオノール率いる吸血鬼の種族達は勝率を上げるために各種族と共闘した。

 種族は徐々に大きな束となり、連合軍となっていった。吸血鬼(ジオノール)率いる連合軍は現在の近隣諸国の国民に当たる種族等(しゅぞくら)に連戦連勝を果たした。


 最後に残るのは強者のみ、吸血鬼の連合軍は念願であった龍脈が流れる豊かなこの土地を獲得し、(のち)にヴァルレイ王国と名乗ることになる。


 ジオノールの知識……いや、記憶では“龍脈戦争”当時、ヨルムンガンドも仲間に誘い入れたらしい。がしかし、そっけなく断られた。

 その後、吸血鬼の連合軍とヨルムンガンドは不仲になり戦争が勃発、その戦いに敗れたのがヨルムンガンドだった。


 両国、お互いに王の代替わりをした今でもヨルムンガンドの“グロワール”はヴァルレイ王国を妬んでいるなんて……非常にめんどくさそうな相手だ。


「うーんでもねぇ、ジン。ヴァルレイ王国がガルグイユとウェンディゴを援護するとなると……『テオーリア王国で内乱が発生』だとか『ヴァルレイ王国とテオーリア王国が戦争状態』という話になるんじゃないかしら。そうなってしまえばおそらく、世界の貿易商人達は身の危険を察知し、地理的に近いシエラパトン王国の港には近づかなくなってしまうわよ?」


 グレイアねーちゃんが指摘する問題、これが俺達、ヴァルレイ王国にとってみれば経済的に大打撃を受けることになるだろう最大の懸念材料だ。だが、俺にはいい考えがある。


「うん、そのことなんだけど、俺にいい案がある。俺が1人で直接、テオーリア王国の国王をぶっ倒し、ガルグイユとウェンディゴの独立を認める書類にサインさせてくる。“一夜”で全て完了させるよ」


 黒幕は潰す。


 俺には今、神の力と限界突破の吸血鬼の“グロワール”が備わっているんだ。敵の物量がなんだ。敵が仕掛けてくるなら、力でねじ伏せるのみ。


 テーブルに両肘を付いて指を交互に組んだその下で、思わず笑みがこぼれる。


 俺の力はなんだか進化を続けているような感じが体からひしひしと伝わってきている。

 神の力と吸血鬼の力が混ざり合い、何か大きなうねりを魂で形付くっているような……そんな感覚だ。

 どんな力になっていくのか、自分がこれからどうなっていくのか全く予想がつかない。


 力に溺れて調子に乗っていると自分でもわかる。わかってはいるけど、俺にできることがあって、それを行なうことで俺の望む存在の証明ができるのなら、やるしかないとも考えてしまう。


「ジン様! それは……あまりにも無謀過ぎるのではありませんか? 相手はあのヨルムンガンド、なかなかの強敵であるという噂は近隣諸国でも有名な話です。それをしかもお1人で行かれるなどと……先程も1人で彼らのいたところ、わざわざ国境を越えてゴドアズ帝国にまで行かれて……私は反対です」


 アカリは俯き、その表情を見ることはできないが、声色は少し……怒っているのかもしれない。アカリはずっと俺の心配をしてくれていたのかもしれないと考えると、アカリには悪いけどちょっと嬉しくなってしまった。


 もうそろそろみんなに話してしまおうか……エンディに刺された後の出来事を。


「大丈夫、俺は絶対に死なないから。なぜならね―――」


 俺は自分の出生や能力について地球の話や不死のハーレム云々(うんぬん)などを除き、できるだけ全て話した。


 俺はジオノールと冥界の女神の息子であること、不死であること、力はもうものすごい……と思う、ということなどをできるだけわかりやすく伝えたつもりだが、彼女達の反応がどう出るのかが非常に気になる。


「―――ということなんだ。だから俺は一人でもうまくやってみせる。アカリや俺の国民を、人の弱みに付け込んで傷つけさせた黒幕を、俺は必ず倒す。俺がやったという証拠は一切残さずにね」


 あっちも(しら)を切るだろうからね。


「にわかには信じられんが……あの魔力、それに目の前であんな変身を見せられてはのぉ」

「ブワッて魔力が噴出したかと思えば、ジン陛下は子供から大人になりましたものね。あんなの初めて見ました」


 リリルとアリーシェは俺が生き返った後の姿を思い出しているのだろう。当の本人である俺もびっくりしたからね。

 他の少女達もあの瞬間のことを思い出しているようだったが、そこに赤いツインテールの少女が口を開いた。


「アンタ……本当にできるんでしょうねぇ。もし失敗してヴァルレイ王国の国王がテオーリア王国の国王の命を狙った、とかなんとかって世間に広まってしまえば、戦争は待ったなしよ」

「それはぁ、うーん……俺を信用してほしいとお願いしても、やっぱり無理かな?」

「無理! その神とやらの強さをしっかりとこの眼で見ない限り、判断のしようがないわね。人助けをしたいって言ってもね、国王のアンタがやること成すこと1つで、他の誰かが危険な目に会う可能性だってあるのよ。アンタはね、その背中にヴァルレイ王国の国民の命運を背負って、この円卓に座っているの」


 バーニアの言う通りだ。

 だけど、俺は戦う前から勝利を確信しているんだ。こんな所で敗けていれば、世界(イギリア)を救うなんて夢のまた夢になってしまう。

 証明しよう、俺自身も自分の力を見極めてやる。


「王に成りたてながら、それは俺もわかっているつもりだよ。だから……俺と勝負してくれないだろうか」


 少女達は驚きの声を上げた。もちろん怪我をさせるつもりも、するつもりもない。

 “簡単な物取りゲーム”をしようじゃないか。お互いに紐を手首に巻き、相手から奪えば勝ち、盗られたら敗け、怪我を負わせる行為は禁止、という平和的な勝負をしよう。

 俺は彼女達にそのゲームの内容を説明し、提案した。これで俺の圧倒的規格外さを見せて、みんなに俺の作戦の実行を許可ないし、納得してもらおう。


「ふむ、なるほどな。それは実に簡単で安全な試合だ。我がジン殿の相手を務めようと思うが、異存はないか?」

「俺は構わないよ」


 本当はバーニアとやろうと思ってたんだけど、ヨルムンガンドは(ドラゴン)だから、よりリアルさを出すために同じ龍であるバハムートのエイルが名乗り出てくれたのだろうか。

 さて、じゃあ王城の裏側にある軍の練習場に行こうか、と俺が言い出そうとしたとき、アカリが席から立ち上がり声を張り上げた。


「お待ちください! 私もジン様と戦いたいです」

「え!? アカリはメリッサから無理するなって言われてるんでしょ?」

「お願いします!!」


 俺の右隣の席に座るアカリは俺に頭を下げた。


「でも……メリッサはどう思う?」


 ここは専門家に聞くのが1番だと思い、俺は円卓向こうのメリッサに目線を向けた。


「うーん、傷はもう治ってるから大丈夫だと思うけど、長時間の試合は医者として止めておきたいかにゃあ。自然治癒は自分が思っているより体力を使ってるから、休んだ方が次の日に響かにゃい!」


 頭を下げてまで俺に頼み込むアカリの意図はなんだろう……やっぱり俺を危険な所へ行かせたくないからなのかなぁ。

 まだ会ったばかりの俺にそこまで……俺を守れなかった罪悪感からくるのか? ……俺はもう死なないんだから気にする必要なんてないのに。


「わかった! 2人まとめて俺が相手をするよ。制限時間1分でどう?」

「それならメリッサも賛成にゃ!」


それを聞いたアカリは顔を上げ、いささか笑顔になり、再び頭を下げた。


「ありがとうございます!!」


 ◆


 すっかり陽も沈んでしまった。月明かりに照らされた練習場には髪を揺らす程のそよ風が吹き、それにフクロウの鳴く声が流され飛んで来る。

 王城に至る坂の(ふもと)にはヴァルレイ王国の重鎮達が固唾を飲んで試合の開始を待っている。その少女達の横にはどうしても見たいと言って付いてきたグラードとエンディの姿もあった。

 

 グラードとエンディには誰にもその姿を見せないよう、黒いマントを頭から被せている。 


「じゃあ3人とも準備はいいわね?」

「俺はいいよ」

「我も良い」

「私もいつでも始められます」


 審判をグレイアねーちゃんが務め、俺達、対戦者は右手に赤い紐を蝶々結びにして結んでいる。

 対戦者3人は三角形に両隣と50メートル程距離を取り、グレイアねーちゃんは王城側の少し離れたところで手を挙げている。


「始め!」


 グレイアねーちゃんの右手が振り下ろされ、制限1分間の短い試合が開始された。

 俺の右側にはアカリ、左側にエイルがいる。

 開始直後、アカリが姿くらましを使い、黒い(もや)と共に見えなくなった。

 エイルは黒い爬虫類のような皮膚をしたバハムートの翼を広げ、一気に上昇した。


 対して俺は<姿くらまし>と『絶対方向探知』を使ってアカリとエイルの居場所を頭の中でマークする……といきたいところだが、何もせずに呆然と相手が来るのを待つことにした。

 純粋な身体能力のみで勝利しよう。それで圧倒的に勝利し、みんなの承諾を得るんだ。


 俺の近くにアカリの気配はない。遠くから出て来るタイミングを見計らっているようだ。


 先に来たのはエイル。上空から加速し、俺目がけて突っ込んで来る。早い……バハムートは風魔法を使うことは出来ない、だがしかし、それでも()の力で十分な速度が出ている。


 それはバハムートは根っからの戦闘種族であり、その“グロワール”の能力は『巨大化』と『雷操作』だ。


 俺やリリルやエンディ、またはアカリのように特殊性が強い者もいるが、基本的に“グロワール”は強さの象徴、人の姿でも全ての力が『巨大化』した時の比で振るわれ、『雷操作』で無数の雷を大地に叩き落とす―――という能力だ。

 この戦いでは『巨大化』で力を強化したり、速度を上げたりすることくらいしかできないかもしれない。


 エイルとの距離が詰まっていく。

 風が張り裂けるような甲高い音と同時、接触しそうなその瞬間、俺は左に身を躱し避けた。

 エイルもそれはわかっていたようで地面に左足をつけて方向を急激に俺の方へ曲げ、エイルの左手が俺の右手に刺突のような鋭さで伸びる。


「そこ!!」


 エイルが叫んだ。


 俺は目を鋭くさせ、エイルの姿を凝らし、彼女の動作を見流さないように最新の注意を払う。


 エイルの声に、俺も呼応するように声を張り上げる。


「見切る!!」


 俺は自身の体の持てる力を最大限に上昇させ、エイルを超える速さで始動する。

 エイルの左手が俺の赤い紐に迫るが、俺は足に力を込め、前傾姿勢になることで射線から外れる。


 エイルが次の1歩を踏むより先に、俺は踏ん張る足を開放し大地を蹴り上げ、エイルの左脇を通過。すれ違い様に右手を少し動かし、エイルの右手に結ばれた赤い紐に指でつまんで奪い去った。


 まずはエイルに勝利。


 残りはアカリ。

 姿くらまし中は姿も魔力も感じない。しかし、実態が無くなるわけじゃない。

 だからこの神の体の五感を持ってすれば、集中するだけで(おの)ずと大体の位置がわかってくる。

 『絶対方向探知』程の確実性はないが、敵がアカリ1人だけならば問題ない。


 俺はエイルの左脇を通り抜けた瞬間、エイルの影から不自然な空気の振動を耳と肌で感じ取った。

 俺は咄嗟に右手を背中へと動かして赤い紐を隠し、左手をエイルの後ろの空間(・・)へと伸ばす。するとそこに左手が虚空(こくう)に物体を感じた。


 何だか幸せな気分になるやわらかい感触が俺の左手から伝わってくる……やや小さいが確かな膨らみがあり、薄い布な中に謙虚な弾力と仄かな温かさを感じる……これは……まさか――――


「ひゃッぅ……!!」


 ――――や、やってしまった……本当にわざとじゃなかったんだ……でも、今は勝つために赤い紐を貰って行くね。


 俺は左足を地面に突き立て勢いを殺し、ビクッと動いたアカリの体に左手を這わせ、右手の位置を瞬時に探り当てて赤い紐の感触があった所をつまんで引っ張る。赤い紐はアカリの姿くらましの範囲から外れ、その姿を現した。


 アカリに勝利。


 俺は両手を頭上に掲げた。両手には赤い紐が1本ずつ、計2本握られている。


「……っ! 試合終了! 勝者ジン!」


 試合開始から7秒程。思考速度もかなり上がった。グレイアねーちゃんの審判が下ったのを聞き終わると同時に、目の前にいる姿くらましを解除して上気した顔が露わになったアカリに、俺は高速で土下座した。


「ごめんアカリ!! わざとじゃないんだ! 本当に!」

「ぁ、ぁぁ……ぃ、いえ、ジン様には見えていなかったでしょうし……じ、ジン様の手を避けられなかった私に落ち度がありますから、どうか気になさらずに顔をお上げになってください」


 少し顔を上げてアカリを見上げると、顔は俯きながらも垣間見える色は真っ赤で、胸を両手で抑えていて何だかとっても恥ずかしそうで……こんな幼気(いたいけ)な少女に、とってもいけないことをしてしまった罪悪感が俺の背中に()し掛かってくるのを感じる。


 変な汗が出てきた……どうしよう……本当にごめんなさい。


「ジン殿が、こんなに身動きが早いとは……空を高速で飛ぶ瞬間を見ていたとはいえ、地上もあんな速度で走ることが本当に可能なのか……? 我は自分の眼を疑っているぞ。反応、瞬発力、速度……悔しいが……この勝負は我の完敗だ」


 エイルはこちらを向き、彼女らしくないしょんぼりとした顔で力なく腕を組んだ。

エイルも俺たちの会話を聞いていたはずなのに、何のことだかわかっていないのか、それともひたすら試合の内容を振り返っているのか、アカリの異常には何1つ触れない。


 1人は腕を組んで落ち込み、また1人は顔を上気させ胸を隠し、もうまた1人はその胸を隠す少女に土下座をするという奇妙な構図が出来上がり、そこに観戦していたみんなが驚きと歓声を上げながら駆け寄ってきた。


 俺は地面に手を付き、アカリの足元のずっと先をぼーっと眺めていた。

 頭の中は猛反省と同時に、布越しとはいえ初めて手で触ったおっぱいの感触がこべり付き離れない。


 俺は自然と顔に血が集まり、鼓動が早くなるのを感じた。

国内の話を詳しくする前に国際関係の話を進める斬新なスタイル。

キャラもまだまだこれから少しずつですね。


ジンやかつての王達がその背中に背負ったもの。

それはとても重い。しかし、ジンはそれを背負い、なお高い壁を乗り越えなければいけない。

これからジンは自らが望んだ姿になる、という自己の証明のため、どのように行動していくのでしょうか。

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