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第4章ー3

 土方勇志少佐は、ポーツマスで日露戦争の講和会議が開かれることが決まり、更に露から停戦の呼びかけまで行われているという電文の内容に歓びを素直に覚えた。

 他の内山小二郎参謀長をはじめとする師団司令部の幕僚も同様に素直に喜んでいる。

 だが、林忠崇師団長のみは複雑な表情を浮かべていた。


 真っ先にそれに気づいた土方少佐は、林師団長の表情に疑問を覚えて尋ねることにした。

「何か気にかかることがあるのですか」

「考えすぎならばいいのだが」

 林師団長は複雑な表情のまま続けて言った。

「露は大国として弱みを見せたくないはずだ。小国の日本に対して停戦を申し出る等、屈辱だろうに何故に公然と停戦を申し出るのか。どうにも怪しく思えてな」


「考えすぎですよ。それくらい露が追い詰められているということです。何しろ露は今やいつ革命が起こるか分かりませんからね」

 岸三郎中佐が口を挟んだ。

「樺太を取られたくないからではないですか。今なら、まだ樺太を日本は完全占領していませんし」

 鈴木貫太郎中佐も口を出した。

 横では黒井悌次郎大佐(旅順要塞攻略戦の功績により中佐から昇進)も鈴木中佐の意見に肯いた。


「確かにそうも考えられるのだが」

 林師団長は複雑な表情を浮かべたまま沈黙した。

 土方少佐は、林師団長の表情を見ながら、自分も考えた。

 露は何か考えているのかもしれない。

 では何を考えているのか。


 同じ頃、本多幸七郎海兵本部長は、小倉処平衆議院議員の連絡を久しぶりに受けていた。

 第9回衆議院選挙は無事に終わり、小倉は所属する立憲政友会が第1党を確保すると共に自らも再選を果たしていた。


 本多海兵本部長は何となく勘に触るものを感じた。

 小倉が、山県有朋参謀総長ら政府の一部には分かるようにしつつ秘密裏に面会を求めてきたからである。

 完全に秘密ではなく、かといって公然ではない。

 どうにも裏があると考えるのが自然だった。

 本多海兵本部長は小倉衆議院議員といつもの料亭で会った。


「すみませんな。軍人の考えと言うか、判断を仰ぎたかったもので」

 小倉は開口一番に本多に言った。

「単刀直入に申し上げます。露が停戦を公然と日本に求めてきたというのは裏があると思うのです。本多さんはどう思われますか」

「樺太を取られたくないのではないですか」

 本多は当たり障りのない答えをした。


 小倉は本多の答えに笑みを浮かべた。

「正直に言われてはどうです。露はバルチック艦隊を無傷でウラジオストックに回航したいのだと」

「面白いことを言われますな」

 本多は小倉の科白に表面上はとぼけた。


 だが、小倉は容赦しない。

「奉天会戦で大敗した露にとって、バルチック艦隊の来航は最後の頼みの綱です。バルチック艦隊がウラジオストックに無事にたどり着いたら、どうなりますかな」

「それは当然、日露戦争は日本の辛勝ということで我慢せざるを得ないことになりますな」

「手品のタネを考えてください。手品師はわざと他の所に注意をそらすようにしてタネを仕込む。露が同じことをしないと思われますか」

「思いませんな」

 本多海兵本部長は慎重に小倉の問いに答えた。


「この際、露の思惑通りにバルチック艦隊をウラジオストックに無傷で送り届けてはいけませんかな」

 小倉は爆弾発言をした。

 本多正信の生まれ変わりとまで評されているはずの本多海兵本部長は、その言葉を聞いた瞬間に固まってしまった。


 全くの予想外の発言だったからだ。

 国士と自他ともに認める小倉が何を言いだす。

 それは日本の国益に背く行為ではないか。

 だが、小倉の目は真剣だ。

 本多は小倉の意図を測りかねた。

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