第3章ー25
「日本は奉天で世界の陸戦史上に残る空前の勝利を収めた」(ロンドン・タイムズ)
「大山、児玉のコンビは、ハンニバルをしのぐ戦果を挙げた。世界戦史上にその名を永久に遺すだろう」(ワシントン・ポスト)
「この奉天会戦の敗北はロシアにとってアウステルリッツ会戦を遥かにしのぐ敗北である。最早、ロシアは日本との講和を真剣に考えるべき時が来た」(フィガロ)
奉天会戦の日本の大勝利は、世界中に衝撃を与えた。
クロパトキン将軍以下のロシア軍司令官全員が生還しなかった。
もちろん、ロシア軍の将兵の損害も甚大で、全体の8割以上が失われた。
ロシアは懸命に敗北を隠そうとしたが、20万人もの捕虜が続々と日本へ運ばれていては敗北を隠しようもない。
世界中の新聞は、挙ってロシアの奉天会戦における大敗を報じた。
ロシアは同盟国であるフランスの世論にすら見限られようとしていた。
その象徴がパリにおける外債相場の推移だった。
日本の外債は暴騰し、年利4パーセントでの起債でフランス人の応募が殺到し、従前の6パーセントからの借り換えにさえ応募がある有様だった。
一方、ロシアの外債は暴落し、年利6パーセント以上でないと、フランス人でさえ応じようとしない有様に転落した。
ロシアの財務官僚の多くは、最早、ロシアの継戦は財務上不可能になったと判断せざるを得なくなった。
「速やかにこの際、奉天会戦の勝利を生かして、日本は講和すべきだ」
勝利に沸く海兵本部内で本多幸七郎海兵本部長は冷静に斎藤実次長に話していた。
「しかし、海軍本体が息巻いています。バルチック艦隊を叩きのめすまで、日本は講和すべきでないと。陸海双方が勝利を収めた上で、より有利な講和を日本はロシアと結ぶべきで、それまで戦争を続けるべきだと主張しています」
斎藤次長が訴えた。
「馬鹿か。博打にたまたま大勝ちしたからと言って、次も勝てるとは限らん。博打は勝ったところですぐに止めるべきだ」
本多海兵本部長は言った。
「大体、外債に応募が殺到して軍事費の目途が立ったと言っても、借金は借金だ。借金で博打を打つのは馬鹿がやることだ。それに海兵隊の損害を見ろ。日露開戦前の平時兵力は8000人に満たないのだぞ。それなのに日露開戦以来の損害の累計は2万5000人を超えようとしている。平時兵力の3倍以上を失っているのだ。日露の講和を日本は真剣に考えないと駄目だ」
「確かにそうですな」
斎藤次長も本多海兵本部長の主張に肯かざるを得なかった。
「おそらく陸軍は日露の講和に動くだろう。大山巌満州軍総司令官も山県有朋参謀総長も、政治がよくわかっている。そして、その2人が動いたら、桂太郎首相も寺内正毅陸相も日露の講和を決断する。我々はその動きに乗って、何としても日露の講和を成立させるのだ」
「海軍本体はどうするのです」
本多海兵本部長の力説に斎藤次長が尋ねた。
「山本権兵衛海相はそれなりに政治が分かるから、最後は講和に同意するだろう。だから、海軍省は何とかなる。問題は、軍令部や連合艦隊司令部だ。日露開戦以来、海軍本体はろくな戦果をまだ挙げていないから、大戦果を挙げてから講和したいという軍令部や連合艦隊司令部の気持ちが分からなくはないが、日本がその気持ちに流されて戦争を続けては駄目だ。海兵隊は全力で講和を図るぞ。例え、我々が縮小される羽目になってもだ。自分たちの組織よりも日本のことを考えるべきだ」
本多海兵本部長の力説に斎藤次長もあらためて肯かざるを得なかった。
第3章の終わりです。
次から第4章に入ります。
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