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第3章ー22

 3月4日の夕刻、露第1軍と露第3軍の撤退が両軍の司令部から下令され、両軍の奉天からの撤退が始まった。

 リネウィッチ将軍もビリデルリング将軍も夜陰に紛れてのこの撤退はうまく行くと始まる前は考えていた。

 だが、2つの要因が撤退作戦を失敗に導いた。


 1つは、露軍の兵士の多くが日本軍に包囲されて我々は孤立したと思っており、士気が急降下していて早く撤退せねばと逸っていたこと。

 もう1つは日本軍の指揮官が優秀だったことだった。


 第2軍司令官の奥保鞏大将も、鴨緑江軍司令官の川村景明大将も共に幕末以来の戦歴を誇る。

 ここまでの戦歴を誇る軍人は当時の世界には稀な存在だった。

 両将軍共に露軍が浮足立った撤退を行おうとしていることに長年培った実戦勘ですぐに気づいてしまった。


「夜陰に紛れて露軍は撤退するか。夜の撤退は怖ろしいことを彼らに教育してやるか」

 奥大将はそう言って、追撃を第2軍に下令した。

 川村大将も同様の言葉を言って、鴨緑江軍に追撃を下令した。


 浮足立っていた露軍の兵士にとっては、撤退早々に両軍の追撃を受けた際に、実際の数倍の日本軍が追撃に掛かってきたように錯覚した。

 闇に紛れて、隠密裏に撤退できるはずが、圧倒的に優勢な日本軍が即座に我々の追撃に掛かってきた。

 そう考えた多くの露軍の兵の士気は完全に崩壊し、多くの兵が統制を失って敗走する単なる烏合の衆と化してしまった。


 そうなってしまった露軍に情けを掛けるような日本軍ではない。

 露軍は執拗な追撃を受け、死か降伏かの二択を迫られた露軍の兵士の多くが降伏を決断した。

 中には抗戦を叫ぶ士官を射殺して、投降する兵まで現れだした。


 皮肉なことに投降してきた露軍の捕虜を保護するために却って第2軍と鴨緑江軍の追撃が阻害されるという事態が3月5日の朝から生じだした。

 かといって完全に追撃が阻害されたわけではない。

 のろのろとした追撃にはなったが、第2軍と鴨緑江軍の追撃は続き、3月6日、遂に奉天に日本軍は入城した。

 露第1軍と露第3軍は徐々に日本軍の重囲下に置かれようとしていた。


 3月5日の朝、露第2軍の最期の賭けが行われようとしていた。

 新台子の日本軍の海兵師団の陣地を何としても突破して、露軍の退路を確保するのだ。

 消耗してはいるが、額面上は4個師団の全力攻撃を行うのだ。

 これで突破できないはずがない。

 カウリバルス将軍は神に祈りを捧げて、自ら陣頭指揮を執った。

 これに失敗したら、死ぬしかない。


「良き敵だ。最大限の礼儀を尽くそう」

 露第2軍の攻撃を眼前に控えて、林忠崇提督が呟くのが、土方勇志少佐の耳に入った。

 土方少佐も思った。

 完全に退路が絶たれた露軍にとって、この攻撃の結果は文字通り死命を制されることになる。


 野砲の全力砲撃が始まり、露軍兵士の突撃が始まった。

 だが、所詮は野砲である。

 哀しいかな、日本軍の陣地を完全制圧するには至らない。

 そして、味方撃ちに耐えられる程、露軍兵士の士気は高くない。


 一定の距離に露軍の兵士が入ると露軍の砲撃は止めざるを得ない。

 砲撃が止まった後は、匍匐前進で何とか露軍の兵士は日本軍の陣地に迫ろうとするが、その間に日本軍の機関銃座は射撃可能になり、迫撃砲と手榴弾まで露軍兵士の突撃を阻止しようと火力を浴びせてくる。

 露軍の兵士は十字砲火による地獄を味わい、1人として日本軍の陣地に生きてたどり着けない。

 数度の突撃失敗の末、3月5日の夕刻にカウリバルス将軍は攻撃中止を下令する羽目になった。


「ちょっと出てくる」

 カウリバルス将軍は幕僚にぽつんと言った後、林に入った。

 直後に銃声が響き渡った。

 カウリバルス将軍は自決していた。

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