第3章ー20
「何とかなったな」
海兵師団長の林忠崇中将は呟いた。
3月3日の夕刻までに新台子を中心に薄いながらも陣地帯による戦線を何とか海兵師団は形成した。
長さは10キロほどで薄いとしか言いようのない戦線に過ぎない。
だが、全部で200挺近い機関銃を各防御拠点に分散して備え、いざという場合は後方の秋山騎兵団を予備として投入できるこの戦線を容易に露軍が突破できるとは思えなかった。
「何とか3日、持ちこたえないと。それだけ持ちこたえれば、第3軍や第1軍がたどり着き、露軍の包囲殲滅がなるはずだ」
新台子にたどり着き次第、騎兵による伝令を第3軍司令部に送っている。
それから半日が経っている。
後は、その伝令が無事に届くのを祈るしか、今の林中将に打てる手は無かった。
「3月3日早朝、新台子を海兵師団と秋山騎兵団は占領せり。海兵師団と秋山騎兵団はこの地を固守し、露軍の退路を断たんとす。」
3月3日の午後、第3軍司令部に林中将からの伝令は無事に到着して、林中将からの報告を伝えた。
第3軍司令部は喜色に包まれた。
「よくやった。満州軍総司令部と各軍司令部にそのことを至急連絡しろ。今こそ、露軍を包囲殲滅し、この戦争を勝利で終わらせる最大の機会だ」
日頃は冷静な第3軍司令官の乃木大将まで歓喜溢れる表情になった。
第3軍参謀長の一戸少将は満州軍総司令部の幕僚の介入に激怒して、電話線を切断しろとまで言っていたが、さすがに実際は切断まではしていない。
ただ、時々事故が起きて不通になっていただけだ。
(満州軍総司令部の児玉総参謀長は都合のいい事故ですな、と笑って言っていたという。
要するに事故が起こったことにして無視していたのだ)
電話線を利用して、第3軍司令部から各所への連絡が至急行われた。
全ての軍司令官が奮い立った。
「おい、突撃するぞ。第3軍に追随して、露軍に今こそ致命傷を与えるぞ」
第4軍司令官の野津大将は指揮下にある全部隊に攻撃命令を下した。
第4軍は勇躍して進軍を3月3日の夜に開始した。
第2軍と鴨緑江軍の前面の露軍は撤退の気配が無かった。
第2軍司令官の奥大将と鴨緑江軍司令官の川村大将は、露軍が撤退の気配を示すのを待つことにし、指揮下の全部隊に追撃の準備をするように指示した。
「こういった時には一刻も早く撤退すべきだろうに、何故、動かないのだ」
両司令官共に首をひねったが、日本軍にとってはありがたいことだった。
総撤退に入った時が、前面の露軍の最期になるだろう。
「露軍の雲行きが怪しくなってきたようですな」
第1軍司令官の黒木大将は第3軍からの至急報を受けて、自分たちの進軍先をあらためてうかがうような姿勢を取った。
開戦以来の付き合いである第1軍参謀長の藤井少将はそんな黒木大将の姿を見て尋ねた。
「今まで通りの迂回でよいのですか」
「よいよい。鉄嶺を目指すつもりでしたが、新台子で海兵師団と合流した方がよさそうです。第2師団を先鋒にして、我々も急ぎますか」
黒木大将は命令を下した。
「各軍が既に動いています」
満州軍総司令部で参謀の井口少将がとがめるような口調で大山総司令官や児玉総参謀長に3月3日の夜に報告していた。
満州軍総司令部の参謀達は、乃木大将からの至急報を受けて作戦を練り直しており、新たな作戦を指示しようとしていたところに、各軍からの報告が上がってきたのである。
「優秀な部下が揃っておりますな。部下に任せましょう」
大山総司令官はいきなりそう言った。
「いいことですな」
児玉総参謀長も同意した。
満州軍総司令部は、各軍の独自の動きを追認して行動を見守ることにした。
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