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第3章ー16

 土方勇志少佐は黙々と歩いていた。

 傍を歩くいつもは饒舌な岸三郎中佐も疲れているのか同様だった。


「ともかく敵は迂回しろ」

 林忠崇中将の言葉を土方少佐は内心で反芻した。

 必要最低限な敵は撃破して敗走させているので、必ずしも全ての敵を迂回しているわけではないが、海兵師団と秋山騎兵団は基本的に敵を迂回して進軍していた。

 これで大丈夫なのか、と土方少佐は疑問を覚えたが、今のところ順調に我々は進軍している。


 自分たちが得ている情報によれば、露軍は完全に混乱している。

 抵抗拠点を無視して、ひたすら我々は進軍している。

 我々の進軍により孤立した露軍部隊は、包囲殲滅されることを怖れて、ほとんどが退却を決断しているものの、そのために陣地を放棄しての日本軍との遭遇戦を余儀なくされ、後続の第1師団、第7師団、第9師団による攻撃の前に秩序だった退却が敗走に転じている。

 第3軍司令官の乃木大将の追撃は容赦なかった。

 土方少佐の見る限り、露軍右翼は完全に崩壊しつつあった。


 その代償がこれか、土方少佐はため息を吐いた。

 海兵師団と秋山騎兵団はひたすら歩き続きているような状況だった。

 騎兵がほとんどを占める秋山騎兵団はともかく、海兵師団は海兵(歩兵)が主力である。

 20歳以下の若い兵が多いので何とかなっているようなものだ。

 もし、陸軍と同様に後備役の兵が多数を占めていては1日に30キロ以上もの急進軍なんてできはしない。


 土方少佐はまだ30代半ばにも関わらず、連日の強行軍による疲れを覚えていた。

 補給部隊は完全に遅れているので、手持ちの携行兵糧で何とか耐えていた。

 後、3日も続けたら、我が軍は補給切れで崩壊するのではないか。

 全く補給部隊の朝鮮人軍夫はのろい、1日40キロくらい誰でも歩けるぞ、土方少佐は内心で八つ当たりした。


 金少尉たち、朝鮮人軍夫に土方少佐の声が実際に聞こえたら、無理言わないでください、こちらは物資を運ばねばならないのです、と抗議の声が一斉に上がったろう。

 朝鮮人軍夫は、海兵師団の急行軍についていこうとしていたが、海兵師団にどんどん引き離されていた。

 自衛のために、旧式化した各種の銃が一部の軍夫に与えられている有様だった。

 本来なら海兵師団の一部の兵を軍夫の護衛に割くのだが、そんな余裕はとうに失われていた。


「久々に銃に触ると軍人の思いが高ぶりますな」

 李軍曹は、金少尉にこっそりと言った。

 李軍曹に渡されているのは、西南戦争で活躍したシャスポー銃だった。

 朝鮮軍の制式装備たる村田銃より古い銃だが、銃は銃だった。


 横で聞いている朴曹長も李軍曹の言葉に肯いた。

 それを聞いた金少尉はぼやいた。

「確かにそうだが、こんなに急いで長距離を歩かないといけないのか。きつくて仕方ない。もうちょっと予め自分を鍛えておくべきだった」


 他の2人は苦笑いした。

 確かにこの移動はきつい。

 朴曹長が言った。

「現役復帰したら、部下と一緒に自分たちも鍛え直さないといけませんな」

 朴曹長の言葉に他の2人も同意した。


 だが、今はひたすら物資を運ばねばならない。

 李軍曹が担いだシャスポー銃を横目で見ながら、他の2人は物資を運ぶことに専念した。

 この一戦で日本軍が負けたら、祖国にも被害が及ぶのだ。

 祖国のために、と内心でつぶやきながら、金少尉は軍隊はこんなにも歩かないといけないものなのか、とあらためて痛感していた。


 だが、この急行軍は無駄ではなかった。

 ハルピンから鉄嶺を経て奉天へ至る露軍の生命線ともいえる鉄道が海兵師団の山砲の有効射程に収まりつつあったからである。

 しかも、露満州軍司令部はそのことに気づいていなかった。

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