第3章ー12
奉天会戦前の第3軍司令部です。
「いつまで誤魔化せるかな」
第3軍司令官の乃木希典大将は慎重に考えていた。
露軍陣地正面に対して鴨緑江軍と第2軍、第4軍が牽制の攻撃を掛けている。
3月という時間が旅順要塞陥落からあったので28サンチ榴弾砲18門全てを第2軍と第4軍に再配置することもできており、日本軍保有する全ての重砲を投入したこの砲撃は露軍にとっては日本軍が正面からの中央突破を目指そうとしているように思わせられるはずだった。
更に第3軍から第11師団を鴨緑江軍に再配置することで、鴨緑江軍を第3軍と思うように入念な偽装もしている。
そして、山間部を行軍することから来る行軍距離の遅延、更に遼陽会戦と同様に日本軍は自軍右翼(露軍からすれば左翼)からの包囲を狙っていると欺瞞できるように第1軍が行動している。
鴨緑江軍がスクリーンとなって第1軍の行動をできる限り、露軍の目に見えないようにしているが、何れは気が付かれるだろう。
そうなったら、露軍は予備をこの行動に対処するために動かさざるを得ない。
こうして、露軍の目を日本軍の中央と右翼に引きつけてしまい、その隙に露軍にとっては正面突破の攻撃に参加していると考える第3軍が左翼を大きく迂回して鉄嶺への突入を目指す。
これが基本的な日本軍の作戦計画である。
だが、実際に第3軍が動き出せば、露軍が気づかないはずがない。
しかも、第3軍の行動は2月26日から行動することになっている。
つまり、一番長距離を行軍する部隊が、一番行動開始が遅いということになっているのだ。
だからこそ、欺瞞が重要なのだが、所詮は相手のあることである。
慎重に乃木大将は考えざるを得なかった。
「秋山少将率いる秋山騎兵団と林中将率いる海兵師団の突進力に全てを託しましょう」
第3軍参謀長に任命された一戸兵衛少将は、乃木大将に言った。
従前、第3軍参謀長だった伊地知幸介少将は旅順要塞司令官に転出している。
その後任として乃木大将が望んだのが、海兵隊の一戸少将だった。
東学党の乱の鎮圧では辣腕を振るい、旅順要塞攻略戦でも有能さを示している。
異例ではあるが、できたら一戸少将を第3軍参謀長にしたいという乃木大将の懇望を山県有朋参謀総長らは受け入れ、一戸少将は第3軍参謀長に任命されている。
これは海兵隊との連絡を円滑にしたいという乃木大将の希望も入っていた。
建軍以来、陸軍と海兵隊は数々の共同作戦を展開しているが、海兵隊は陸軍の作戦に黙って従わざるを得ない場合が多く、海兵隊内では不満が溜まっていた。
第3軍司令部に海兵隊士官が入ることで、その反発を和らげると共に、この一大会戦で陸軍と海兵隊とで円滑に共同作戦が行われることが期待されていた。
2月26日になった。いよいよ第3軍の迂回行動が開始される。
日本軍の攻撃に露軍は対処することを決めたらしく、数々の諜報情報は露軍左翼(日本軍から見れば右翼)に予備隊が集まりつつあることを示していた。
実際、鴨緑江軍の攻撃は完全に停滞しつつあり、第1軍の進撃は徐々に露軍の抵抗を受けて滞るようになっていた。
第3軍の行動の前提は整いつつあった。
「再度、確認する。強力な抵抗拠点は迂回しろ。塹壕線は我々の前面にはできておらず、抵抗拠点があるだけだ。迂回して抵抗拠点を孤立させるだけでよい。後続部隊が始末してくれる」
林忠崇海兵師団長は命令を再度、徹底させた。
海兵師団と秋山騎兵団が先陣を切る。
時間が重要なため、抵抗拠点を潰すことは第3軍の後続部隊である第1、第7、第9の3個師団に完全に託す。
下手をすると海兵師団と秋山騎兵団が逆に孤立するが、危険は覚悟の上である。
「進撃開始」
林海兵師団長は命令を発した。
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