第3章ー10
林忠崇海兵師団長は続けた。
「敵陣地に対する正面攻撃は、お互いに多大な損害を出しています。そして、機関銃や迫撃砲、手榴弾までお互いに大量に投入しあっています。例えば、日本軍には400挺余りの機関銃がありますが、露軍はそれ以上の機関銃を持っているでしょう。そんな中で敵陣地に対する正面攻撃を行おうとすれば、重砲の大量支援が必要不可欠ですが、我々にはそんな重砲の大量支援などありません。思い切って露軍を迂回しましょう。関ヶ原の再演をここでやるのです」
その説明だけで児玉源太郎総参謀長は分かったようだった。
「大垣城を無視し、佐和山城を東軍が攻めると風聞を流して、西軍を関ヶ原に誘き出したようにか」
「そうです。第2軍と第4軍を入れ替えます。鴨緑江軍が露軍陣地の左翼に攻撃を掛けている間に、その後ろを第1軍が迂回します。第2軍は露軍陣地正面に対して牽制攻撃をかけ、露軍主力を引きつけます。第4軍は露軍陣地右翼を攻撃します。これも牽制です。その間に左翼を第3軍が大きく迂回、鉄嶺近辺で第1軍と第3軍が合流します。第1軍と第3軍が進撃することにより生じる隙間は、第3軍については第4軍が前進することで塞ぎ、第1軍については地形に託します。幾らなんでもこの時期に山間部に突っ込みたがる露軍はいますまい。第1軍と第3軍で露軍の退路を塞ぎ、露軍が陣地を放棄せざるを得ない状況を作り出し、その上で露軍を包囲殲滅するのです」
大山巌総司令官が口をはさんだ。
「どちらかというと小牧・長久手の戦いでごわすな。もっともあの時は羽柴軍が失敗しもうしたが」
「あれは羽柴軍がやったからです。逆の立場だったら、徳川軍は成功させて羽柴軍を殲滅しています」
林海兵師団長は言い返した。
「大きなことを言いますな」
大山総司令官は言った。
「児玉はん。林提督の提案どおりに作戦案を練り直すことは可能でごわすか」
「可能です」
児玉は答えた。
「確かに何百挺も機関銃が備え付けられた陣地に突撃をさせられるのは御免こうむりますな。旅順の悪夢がよみがえりそうです。営口で露騎兵を殲滅するのにも役立ちましたが」
乃木希典第3軍司令官が林海兵師団長に助け舟まで出した。
黒木、野津、奥といった将軍達もそれに同意する表情を浮かべた。
大山と児玉両将軍はその様子を見て、林提督の案を基本的に受け入れることにした。
満州軍総司令部はあらためて作戦案を練り直し、2月20日に新しい作戦案が示された。
「本当に我々がやるのですか」
内山海兵師団参謀長がぼやいた。
「言いだしっぺがさせられるのは当然だろう」
林海兵師団長は悠然としていた。
土方勇志少佐は満州軍総司令部から示された新作戦案の内容をあらためて見直して思った。
内山参謀長がぼやくのも当然だ。
第3軍の最先鋒は秋山好古少将率いる騎兵団と海兵師団が協同して務めることになっている。
つまり、鉄嶺への道を切り開くのは我々と言うことだ。
「先陣は武門の誉れだ。秋山少将は久松松平家の松山藩士の出身だと聞いている。徳川家の軍勢が中入れをやるのだ。鉄嶺へ突入して作戦が成功することは決まっておる」
林海兵師団長は断言した。
「気が早すぎますよ。まだ作戦が始まってもいないのに」
内山参謀長は言った。
「まあな。だが、それくらいの勢いで進まんと、露軍が包囲網から逃げてしまう。今回は時間との競争なのだ」
林海兵師団長が言った。
その場にいた海兵師団司令部の面々も思った。
確かに迂回する我々の方が露軍よりも移動距離が長い。急がねばならない。
2月22日、鴨緑江軍が露軍に対する攻撃を開始した。奉天会戦が始まった。
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