第3章ー8
ミシチェンコ騎兵軍の悲劇は各所に多大な影響を及ぼした。
その直接的な影響を被ったのは、露満州軍だった。
「攻撃は中止する。各部隊は守備を固めるように」
ミシチェンコ騎兵軍の悲劇を把握したクロパトキン露満州軍総司令官は、黒溝台への攻勢を途中で中止した。
「馬鹿な。我々は大勝利を収める寸前にある。ここで中止しては禍根を残し、将来、永遠に悔いを残すことになる」
グリッペンベルク第2軍司令官は軍帽を地面に叩きつける程、クロパロキン将軍の中止命令に対して激怒し、抗議の辞職願を出して満州から去って行った。
実際、ミシチェンコ騎兵軍の営口襲撃と連動して発動されていたグリッペンベルク将軍率いる第2軍を主力とする日本軍左翼の黒溝台等に対する攻撃は兵力的に優勢であったことに加え、こんな厳冬期に露軍が攻勢を発動するはずがないという日本満州軍司令部の思い込みからくる誤判断も加わり、極めて順調に進捗している状況下にあった。
だが、ミシチェンコ騎兵軍を殲滅した海兵隊が駆け付けてくるとなれば話しが変わってくる。
機関銃の大量装備やその戦果から、グリッペンベルク将軍でさえ、最低2個師団、おそらく3個師団が営口から向かっていると判断していた。
(実際には、海兵師団1個しかいなかった)
クロパトキン将軍に至っては、旅順攻囲に当たっていた6個師団全てが営口から黒溝台救援に向かっていると判断していたらしい。
グリッペンベルク将軍は営口からの日本軍が到着する前に、黒溝台等の日本軍を撃滅して、その上で営口からの日本軍を迎撃できると楽観していたが、クロパトキン将軍は僅か数日でそこまでの戦果を挙げられるとは思えなかった。
下手をすると援軍に駆け付けた日本軍6個師団により攻勢をかけた露軍が逆包囲を受けて殲滅されると悲観した。
こうしたことから、クロパトキン将軍は黒溝台等への露軍の攻勢を中止した。
こうして、いわゆる黒溝台会戦は終結することになった。
結果的に海兵師団1個が黒溝台会戦を終結させた。
海兵師団の異常な近接戦の火力充実が、日本満州軍の誤判断を結果として救うことになった。
そして、間接的な影響としては、露軍騎兵の日本軍への偵察行動が極めて低調になったことが挙げられる。
ミシチェンコ騎兵軍が日本軍の機関銃に大打撃を与えられたことが、(伝言ゲームによる)噂によりどんどん過大評価されてしまい、露軍騎兵は日本軍に接近しての詳細な偵察を厭うようになったのだ。
実際に露軍の騎兵による偵察は、日本軍によって目の仇にされ、狙撃の的にもなっていたのだが、ミシチェンコ騎兵軍の悲劇は、露軍騎兵内部の隅々にまで偵察の際にできる限り日本軍への接近を避けて望見に止めようとする風潮を生みだしたのだ。
(最も、生還しないと偵察情報を伝えられない当時の技術的限界からすると、露軍騎兵のこの行動は止むを得ないという擁護論もある)
このために奉天会戦の最中に、露軍は偵察行動による日本軍の行動把握に失敗してしまう。
遠方からの望見で日本軍の行動を判断することに露軍騎兵が徹したために、結果的に日本軍の行動を露満州軍司令部は誤判断してしまったのだ。
そして、この誤判断は文字通り致命的な影響を来たるべき奉天会戦で露満州軍に与えることになるのである。
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