第3章ー6
最初の騎兵突撃が失敗に終わったと判断したミシチェンコ将軍は常識的に考えた。
当時の露満州軍司令部が掌握している機関銃の数は60挺に満たなかった。
つまり、1個師団当たり4挺も無かった。
だから、最初の騎兵突撃で1つの機関銃座から4挺の機関銃の猛射を浴びたことから、他の陣地には最早、機関銃は無いと考えたのだ。
そもそも、海兵隊が陸軍並みに機関銃を備えていたことすら、ミシチェンコ将軍の考えからすれば常識外れだった。
「あの機関銃陣地の射程外から一斉に騎兵が分散して突撃すればよい。そうすれば、海兵隊は蹂躙できるはずだ。露軍より日本軍の、それも海兵隊が機関銃を多数装備しているはずがない」
ミシチェンコ将軍の考えは当時の常識だった。
「ふむ。少しは考えがあるようだ」
露軍騎兵が幾つかの集団に分散して、日本軍の海兵隊に一斉に突撃を行おうと計画しているのを見て、林忠崇提督は呟いた。
「だが、我々が常識外れの存在なのを知らないようだ」
林提督は更に呟いた。
実はこの時の海兵隊は50挺以上の機関銃を装備し、更にそれでは近接戦で火力不足だからと迫撃砲や手榴弾まで多数装備していたのだ。
つまり、ミシチェンコ将軍の想像が遥かに及ばない圧倒的火力が近接戦で発揮できる、騎兵の地獄が海兵隊の応急陣地では準備されていたのである。
「突っ込め。海兵隊を蹂躙せよ」
ミシチェンコ将軍の号令が、将軍の最期の言葉になった。
散開した露軍騎兵が一斉に海兵隊の陣地に突撃していく。
空から俯瞰すれば、露軍騎兵はあたかも海兵隊を包囲殲滅するために突撃していくように見えただろう。
だが、彼らの誰一人として、海兵隊の陣地に生きてたどり着くことはできなかった。
「馬鹿の一つ覚えにも程がある。露軍の騎兵はこんなに突撃馬鹿が揃っているのか」
ある海兵士官は鼻で嘲笑しながら、号令を掛けた。
「必中射程である100メートル以内に接近したら、思う存分射撃しろ。彼らを一人も生きて返すな」
そんな馬鹿な、突撃を開始した露軍騎兵は今度こそ自分の目を全員が疑った。
海兵隊の陣地全てが一斉に猛烈な火線網を形成して、露軍騎兵の突撃を迎え撃ったのだ。
どう見ても、今、満州に露軍が持っている全部の機関銃よりも多い機関銃が自分達に対して射撃している。
幾つかの機関銃がすぐに故障して射撃不能になっているようだ。
だが、余りにも機関銃の数が多い。
「予め壊れるのが分かっているのなら、余分に装備しておけば済むことだ」
林提督は呟いた。
それを聞いた内山師団参謀長が言った。
「贅沢なことを言いますな」
「勝てばいい。ケチって負けたら、元も子もない」
林提督は言った。
だが、露軍騎兵にとっては悪夢以外の何物でもない。
騎兵は突撃を開始したら、そう簡単に特性上突撃を中止できない。
自分から海兵隊の機関銃が形成した火線網に突っ込むしかないのだ。
更に迫撃砲や手榴弾が追い討ちをかけていく。
たちまちのうちに露軍騎兵の地獄が現出した。
ミシチェンコ将軍は、突撃の先頭に立っていたこともあり、真っ先に戦死していた。
ミシチェンコ将軍の死は、露軍にとって最高指揮官の不在を招いた。
更にミシチェンコ騎兵軍の幕僚のほとんども死傷していた。
つまり、ミシチェンコ騎兵軍は最早、烏合の衆と化してしまったのである。
生き残った士官が何とか兵を取りまとめて、思い思いに撤退を図る。
だが、指揮系統不在のためにミシチェンコ騎兵軍の生き残りは統制が取れない。
「さて、彼らを殲滅するか」
林提督は海兵隊に号令を掛けた。
応急陣地を飛び出して、海兵隊は露軍の追撃を開始した。
露軍にとってつらい更なる地獄の退却行が始まった。
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