第2章ー46
大本営陸軍部は満州軍総司令官の大山巌大将からの海兵師団を旅順要塞陥落後は奉天決戦に投入したいという要望を早速、検討することにした。
参謀次長の長岡外史少将は大山大将の要望を早速、歓迎する姿勢を示した。
そして、参謀総長の山県有朋元帥に直談判までした。
「海兵師団は、奉天決戦に投入すべきです」
長岡少将は山県元帥に熱心に進めた。
「ほう、どういう底意からだ」
山県元帥は底意地の悪い目で長岡少将を見た。
「奉天決戦で我が陸軍が勝利をつかむために決まっています」
長岡少将は言った。
「もう一つの理由を正直に言え。そうしたら考えてやる」
山県元帥は冷たく言った。
「かないませんな。樺太攻略作戦は陸軍で行いたいからです」
「最初からそう言え。むしろ、それが主な理由だろうが」
山県元帥は鼻を鳴らして考え込んだ。
203高地を海兵師団が落としたことやそれによって旅順要塞守備隊が大損害を被ったらしいこと(何しろ提督まで最前線で戦い戦死する現状なのだ。)により、旅順要塞陥落は年内には確実に起きる出来事として、いろいろな方面で認識されつつあった。
それでは旅順要塞陥落後に旅順要塞攻略任務に当たっていた第3軍の陸軍の所属部隊はどう動くべきか。
大本営陸軍部では満州軍総司令部の隷下に第3軍を引き続いておき、奉天決戦に投入するというのが当然と考えられていた。
問題は海兵師団である。
海兵師団は本来は海軍の隷下にある。
現在は、旅順要塞攻略のために陸軍の第3軍の隷下に海兵師団はあるが、旅順要塞陥落後は、本来の所属を理由に海軍の隷下に戻り、大本営陸軍部の命令を聞かなくなる公算が高かった。
一兵でも多く奉天決戦に投入したい陸軍にとって、海兵師団が陸軍の(第3軍の)隷下でなくなることは大問題だった。
そして、更なる問題は海兵師団も海軍の隷下に戻ることを希望していることだった。
既に約1万6000人の損害を海兵師団は被っており、延べ人数ではあるが、開戦後に編制された海兵師団のほぼ全員が旅順要塞攻防戦で死傷している。
海軍の隷下に戻り、本来の任務である有事即応部隊に海兵師団は戻りたいというのはある意味で自然な感情の発露だった。
一兵でも多く奉天決戦に投入したい陸軍としてはそれを阻止する必要があった。
そうなると海兵師団は引き続き陸軍の隷下にある必要性があった。
そして、樺太攻略を陸軍の手で行う必要性からも、海兵師団の引き上げは簡単には認められなかった。
山県元帥は疑問点を長岡少将に問いただしながら、自分の考えをまとめることにした。
長岡少将と山県元帥の会話は長い時間、続くことになった。
長岡少将が山県元帥の説得に苦労しているという噂が流れ出すと、東京にいる若手陸軍士官も長岡少将の味方として行動を始めた。
「よく分かった。何としても海兵師団は満州軍総司令部の隷下におかれるように行動してやる。その代りに諸君らも陸海を区別せずに、前線の将兵等のために粉骨砕身せよ」
山県元帥は、長岡少将らの連日の説得の前に遂に根負けして、長岡少将らに同意した。
長岡少将は大本営海軍部の説得にも当たった。
海兵隊の関係者が気づいた時には、大本営は海兵師団の奉天決戦への投入のために動き出していた。
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