第2章ー42
11月6日の朝、土方勇志少佐は林忠崇中将の供をして203高地西南山頂に立っていた。
土方少佐の頭には包帯が巻かれている。
昨夜、露軍の兵士と白兵戦を行っている真っ最中に近くで手榴弾(土方少佐はそう思っているが、近くにいた兵士によると迫撃砲弾だったという。)が炸裂して、土方少佐の額は切れてしまっていた。
大量に出血したので入院する羽目になるかもと土方少佐は覚悟していたが、衛生兵には、こんなかすり傷で入院する海兵隊の兵士はいません、と言われてしまった。
ちなみに林中将は無傷のままだった。
今忠勝の伝説(林中将は常に無傷)は本当だったか、と土方少佐は妙な感心をした。
林中将の軍服は元々(海兵隊の象徴の)青色だったが、敵兵の返り血で赤黒く染まってしまい、黒紫といっていい色になっていた。
事情を知らない人から見たら、不吉極まりないことを想像させる服を林中将は着ているようにしか見えない。
林中将は、山頂から旅順港方面を見回しながら、ぽつんと言った。
「終わったな」
土方少佐には意味が分からなかった。
何が終わったというのか。
「何が終わったというのです」
土方少佐は敢えて林中将に尋ねた。
林中将は土方少佐の問いに答えるというよりも自問自答するかのように話し出した。
「いろいろと終わった。いろいろとな」
林中将は憑き物が落ちた人が語るかのように、自分の考えを述べだした。
「土方は、今回の大損害で海兵師団が再編成を完了するのにどれくらいかかると思う」
林中将は土方少佐に問いかけた。
「少なくとも2か月は掛かると考えます」
土方少佐は答えた。
海兵師団は203高地攻防戦で大損害を受けた。
現在のところ、ほぼ1万人が死傷したと考えられている。
海兵師団は完全編制で1万7000人ほどだ。
全体の6割が失われたことになる。
士官の死傷も多い。
海兵第1旅団長の中村覚少将は全治2か月近い重傷だった。
土方少佐の友人でもある岸三郎中佐も貫通銃創2つという怪我を負い、1か月近くの入院を予定している。
「そうだ。海兵師団が再編成を完了して、再度、攻撃を行うのには2か月は掛かる。その間に旅順要塞は陥落する。つまり、旅順要塞を海兵師団が攻撃することは終わったのだ」
「そんなことは」
土方少佐は、そこで言葉を詰まらせてしまった。
林中将の目は余りも透徹していた。
林中将は土方少佐の反論に気づかぬかのように話を続けた。
「旅順要塞守備隊は203高地攻防戦で大打撃を被ったはずだ。何しろ提督まで最前線で戦死する有様なのだからな。守備兵が枯渇しつつあるのは間違いない」
土方少佐は思った。
確かにそうだ。
提督までが最前線で戦う有様だ。
林中将も最前線で戦ってはいるが、林中将は別格の存在だ。
「おそらく後1月も旅順要塞は持ちこたえられまい。最早、海兵師団が旅順要塞に突撃を掛けることは無いのだ。そういう意味で、終わったと言っておるのだ」
林中将は旅順港を改めて見回した。
土方少佐もそれにつられて旅順港を見回した。
「旅順艦隊は全て自沈しておる。見事な最期だ」
林中将はぽつんと言った。
土方少佐も肯きながら思った。
本当にいろいろな意味で終わったな。
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