第2章ー40
土方勇志少佐が岸三郎中佐と共に林忠崇中将の供をして第1海兵旅団司令部に駆け付けたのは、11月3日の朝のことだった。
既に203高地を巡る攻防は3日目に突入していたが、未だに203高地陥落の目途は立たない。
林中将は最前線について最新の情勢報告を受けた。
「203高地の西南山頂と東北山頂に接近して突入を試みていますが、昼間は接近できても夜間に露軍の逆襲を受けて跳ね返されます。露軍の夜間移動を阻止できません」
旅団司令部の参謀の1人が訴えた。
土方少佐は思った。
露軍も必死だ。
何としても203高地を死守しようと援兵が来ている。
さすがに昼間の移動では日本軍の移動妨害の砲撃のために死傷者が続出するので、夜の闇を活用して兵を移動させ、逆襲に転じているのだ。
「それならば、こちらも覚悟を固めるか。昼ではなく夜に戦おう」
林中将の返答に周囲は沈黙した。
本来から言えば、火力支援を活用できる昼に戦うべきだった。
林中将は周囲の沈黙を意に介していないかのように続けた。
「不眠不休で兵を戦わせるわけにはいかん。夜襲は西南戦争の抜刀隊以来の海兵隊のお家芸だ。夜襲で海兵隊と戦おうとはおこがましいことを思い知らせてやる」
土方少佐は思った。
確かに兵の疲労を考えれば、それしかないか。
「皆、休め。日没と同時に203高地に突撃する。わしも行く。第2海兵旅団は老虎溝山等への夜襲攻撃に当てて、露軍を分散させる」
林中将は言った。
3日日没と同時に第1海兵旅団の203高地への突撃が始まった。
補充を事前に受け取っており、本来の戦力を攻撃前は回復していた第1海兵旅団の兵力は今や3割以上が失われている。
林中将は先頭の中隊と共に突撃をしていた。
当然、土方少佐も岸中佐と共に林中将と行動を共にしている。
林中将の白兵戦の腕に疑問の余地はない。
伊達に今忠勝の異名を持つわけではない。
義和団事件でも先頭に立って敵陣に突入したが、無傷で生還している。
斎藤一提督が退役した今、林中将が現役最強なのは自他ともに認めるところだった。
だからといって、と土方少佐は内心で思った。
何も先頭に立って突入しなくてもいいではないか。
わしの意地だと林中将は笑っていたが、こちらは笑えなかった。
203高地の東北山頂への攻撃は第1海兵連隊に任せ、林中将は第3海兵連隊と共に西南山頂へ突入した。
壮絶な白兵戦が始まった。
林中将は軍刀を振るって、露兵を斬り倒しつつ、戦況を的確に按じて、露軍の反撃を阻止する。
負傷者の後送は林中将が一時的に夜明けまで禁止しているので、次から次へと途切れることなく日本軍の援兵が駆け付けてくる。
4日の夜明けの頃には、203高地の東北山頂、西南山頂共に海兵隊が確保するところになった。
老虎溝山も一戸少将の陣頭指揮の下、海兵隊の占領下に置かれた。
だが、露軍は尚も203高地の奪還を図ってくる。
「後2日、5日の夜まで耐えろ。おそらく露軍もそれで息が尽きるはずだ」
林中将は203高地の西南山頂に立ちながら、周囲に言った。
土方少佐は思った。
既に海兵師団の兵力は半減しているはずだ。
それ以上の損害を露軍が被っているのは間違いない。
どれくらい血を吸えば203高地は満足するのだ。
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