第2章ー39
露軍側の視点になります。
ウフトムスキー提督が最前線に赴いたことは露軍にとって功罪共に招く結果になった。
最前線に提督が赴いたことで、露軍の兵は陸軍、海軍共に203高地を死処と定め、一歩も引かない覚悟を固め、士気を高揚させた。
旅順要塞に対する第1回総攻撃後に随意反攻を行ったことや第2回総攻撃で余り損害が露軍全体に出なかったことから、露軍の士気が充分に上がっており、203高地に対する日本海兵隊の突撃が始まった時に、露軍の兵の士気は最高潮に達して天をも衝かんばかりであったと旅順要塞から生還した露軍のある兵士は回想している。
それは上層部でも同じだった。
「提督から永別の電文が届いただと」
スミルノフ将軍は通信兵がもたらした電文の内容に驚愕した。
「気が早すぎる。まだまだ我々は戦える。提督のいる203高地に予備の全兵力を差し向けろ」
「全兵力を向けると他の戦線に対する攻撃に対処できなくなるぞ」
ステッセル将軍は慎重論を唱えたが、大勢はスミルノフ将軍を支持した。
「203高地を失い、提督を陸の上で戦死させては、どちらにしろ旅順要塞は遅かれ早かれ陥落します。何としても203高地は死守すべきです」
コンドラチェンコ将軍らも主張した。
露軍は予備の全兵力を203高地に向けることにした。
これは望台方面に対する日本陸軍の攻撃が兵力不足から早期に打ち切られたこともあった。
この時、旅順要塞内に残存していた約4万3000人(但し、内数千人が第3次総攻撃前の事前砲撃で死傷していた)の内6割以上が203高地救援に向かった。
林提督の海兵隊を全滅させてでも露軍の予備兵力を誘引して全滅させるという作戦の第1段階は成功した。
「何としても203高地を死守せよ」
ウフトムスキー提督の激励の声が響いた。
提督自らが最前線に赴いて、日本軍の弾雨を浴びている。
この情報は露海軍歩兵の最後のふんばりを招いた。
「すまんな。諸君を海の上で戦わせてやれなくて、海軍軍人が陸の上で戦死するとはな」
小声で提督は兵に謝罪した。
「気になさらないでください。祖国のために戦うのが軍人の本分です。そこが陸の上であろうと海の上であろうとも」
謝罪の声が聞こえた副官が提督を慰めた。
「うむ」
提督は肯きながら周囲を見回した。
後方からは続々と援兵が駆け付けるのが見えた。
日本軍の移動妨害の砲撃を浴びながらも、援兵が来ている。
援兵が来る限り、203高地は落ちないだろう。
問題は兵の質だった。
こちらは水兵を転用した海軍歩兵や予備として温存されていた二線級の陸兵である。
それに対し、日本軍は最精鋭の海兵隊だった。
陣地に籠っている限り、そう気にならない差だが、具体的な白兵戦になると1対1では劣勢を強いられている。
少しでも補おうと手榴弾や迫撃砲で日本兵の近接を防ぐのだが、日本兵も同様に手榴弾や迫撃砲で応戦してくる。
血で血を洗う激戦が提督の眼前で繰り広げられていた。
「わしは引かんぞ。生きている限り、ここにいる」
提督は独白した。
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