第2章ー37
露軍側の視点です。
「いつになったら日本軍の砲撃は終わるのだ」
露海軍歩兵旅団長のウフトムスキー提督はぼやいた。
203高地を死守するために展開している露海軍歩兵旅団が日本軍の重砲による砲撃を受けだしてから5日が経過しているが、まだ砲撃が止む気配はない。
日本軍は余程、203高地を占領したいらしい。
日本軍の主攻撃は望台方面と考えていたが、203高地と望台と2つの主攻撃を行ってくるとは、兵力分散になるとは思わなかったのだろうか。
それとも日本も我が祖国のように、兵は畑で採れるので大量に死なせてもよいと覚悟を固めたのだろうか。
「サムライは命を惜しまないと言うが、おそるべきサムライ魂だな。兵の命は全く惜しくないのか」
サムライ魂の意味を誤解してウフトムスキー提督はつぶやいた。
日本軍の砲撃は、結局、8日間続いた。
この砲撃の後の惨状を、辛うじて生き延びた露海軍歩兵の1人は次のように語った。
「我々が日本軍の突撃阻止のために築いた陣地の大半が消え去った。そして、多くの仲間が砲弾に押しつぶされて死んでいった。8日間、休みなく降ってくる日本軍の砲弾が自分のところに落ちないようにと自分たちは神に祈りを捧げ続けた。神にすがらないと砲声から来る恐怖のために安眠できなかった。何人かの仲間は絶え間ない砲声が死ぬまで続くかのように錯覚して一時的に発狂した。自分たちはそんな仲間を失神させて無理やり落ち着かせた」
11月1日、日の出と共に日本海兵師団の203高地への突撃は始まった。
隷下にある第1旅団、第2旅団共に総力を挙げての突撃である。
それを見たウフトムスキー提督は覚悟を固めた。
睡眠不足から頭の一部はぼうっとしているが、ある一部は却って冷めている気がする。
「ステッセル、スミルノフ両将軍に永別の電文を打て」
副官に提督は命じた。
「我が海軍歩兵旅団は何としても203高地を死守せんとす。我が祖国よ、永遠なれ。提督は生きて旅順要塞陥落に立ち会う覚悟ができないために最前線に赴く」
副官は電文の内容を聞いて愕然とした。
要するに提督は203高地で戦死するつもりなのだ。
末尾の一文は、提督なりの含羞だろう。
副官は提督に言った。
「電文を打ち終わるまで最前線に行くのは待っていただけますか。自分も生きて旅順要塞陥落に立ち会う覚悟ができませんので」
「待ってやる」
提督はそっぽを向いて副官に言った。
だが、顔には笑みを浮かべている。
第1次総攻撃の際に1万2000人いた海軍歩兵旅団は第1次総攻撃で既に大損害を受けており、今回の事前砲撃で更に損害を被ったろう。
今や前線で戦える兵はおそらく最初の半分以下、3分の1を切っていてもおかしくない。
幾ら陣地に依っているとはいえ、日本軍の事前砲撃で203高地の陣地はボロボロになっている。
そして、203高地を支援するための露軍陣地も事前砲撃のために大なり小なり損害を被っていて、203高地への効果的な支援ができるとは思えない。
日本軍1個師団の強襲を受けては、今日は何とか203高地を死守できても、3日と203高地は持つまい。
「ありがとうございます」
副官は笑みを浮かべて敬礼し、速やかに電文を部下に打たせた。
そして、提督は副官と共に203高地の最前線へと赴いた。
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