第2章ー34
伊東祐亨軍令部長と本多幸七郎海兵本部長は、旅順要塞に対する第2次総攻撃の結果について面談していた。
「よく分かった。要するに203高地は地勢的に攻むるに難く、その攻撃準備には後1か月近くはかかるということだな」
「そういうことです。11月1日前後から行われるであろう第3次総攻撃に際しては203高地に対する攻撃が行われることを海兵本部長の名において確約します」
本多海兵本部長は伊東軍令部長に言った。
「それなら構わん」
伊東軍令部長はそう言った後に続けた。
「東郷平八郎ら連合艦隊司令部がうるさくてかなわん。まだ、バルチック艦隊が出航したとの連絡も入っていないのに、明日にでもバルチック艦隊が来るかのように騒いでおる。連合艦隊参謀の秋山真之など海軍本体の人員を割いてでも、海兵隊に人員を出した方がいいと言い出しおった」
「こちらとしては有り難いですな。頭を下げて出してくださいと言いたいです」
「馬鹿者、艦隊乗組員を育てる手間暇を何と考えとる」
伊東軍令部長は怒鳴った。
「いえ、海軍本体内でそこまで協力してくださる意見があるとは思いもよらなかったもので」
「皮肉を言いに来たのか。それぐらい連合艦隊司令部内に不満が渦巻いとるということだ。わしでも抑えるのに苦労しとる」
「大本営でまとまったことは天皇陛下の意向ですよ。それに逆らうというのですか」
「お前がそこまでの勤皇家とは知らなかったな」
伊東軍令部長は本多海兵本部長に皮肉を言った。
本多海兵本部長は戊辰戦争の際には伝習隊の一員として薩長と戦い、錦の御旗に銃弾を放った身である。
本多海兵本部長は涼しい顔をして黙ってその皮肉を受け流した。
「ところで、次は参謀本部に行くのか」
「よくお分かりで」
本来は軍令部第3局長が行くのが筋なのだろうが、参謀総長の山県有朋とも面談することを予定している。
格的に本多海兵本部長が行くしかなかった。
「参謀本部は今回の事について感情的に不満が起きておる。精々絞られて来い」
長岡外史参謀次長が、本多海兵本部長と山県参謀総長の面談に同席することになった。
「ともかく砲弾が無い。伊地知の馬鹿が、砲弾の生産計画を甘く見積もり過ぎたせいでな」
長岡参謀次長はこぼした。
第3軍参謀長の伊地知幸介少将は日露戦争開戦前に野戦砲兵監として、砲弾の生産計画を立てる立場にあった。
「それは、また」
本多海兵本部長は苦笑いした。
誰一人これだけ戦争の際に砲弾がいると予測した者はいなかった。
伊地知少将一人に責任を押しつけるのは間違っている。
「それに第2次総攻撃の際に海兵隊が突撃を行わなかったのは、どういうことだ。陸軍の兵士だけ死なせるつもりか」
長岡参謀次長の言葉にはとげがあった。
「第3軍司令部からも説明があったと思いますが、203高地に対する坑道作業が完成していない以上、海兵隊の突撃は無理でした」
その本多海兵本部長の答えを聞いて、山県参謀総長が口を開いた。
「あの今忠勝が攻撃を仕掛けられないのだから、203高地の防御は相当なものだな」
本多海兵本部長は思った。
山県参謀総長の真意はどこにあるのだろうか。
真意は次の言葉で明らかになった。
「わしは、海兵隊を臆病とは思っておらん。だが、長岡や参謀本部の若手の面々は海兵隊が臆病になったと思っておる。次の第3次攻撃で海兵隊の勇敢さを示してほしい」
「分かりました」
本多海兵本部長は思った。
要するに海兵隊員にもっと血を流せ、死ねということか。
次の攻撃で203高地が落ちなかったら、えらいことになるな。
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