第2章ー31
その翌日、本多幸七郎海兵本部長は、山本権兵衛海相を訪ねていた。
山本海相は、この春の桂首相の陸海軍調整権掌握の一件以来、本多海兵本部長を毛嫌いしているが、正式に海兵本部長として訪ねてくるのを拒否するほど公私混同はしていない。
だが、仏頂面を当然して山本海相は本多海兵本部長に面会した。
「わざわざ直接訪ねてくるとは何事だ」
「いえ。海軍や海兵隊が現在持っていない装備のことなので、買い付けとなると、やはり海相の決裁が必要となると考えました」
「当然のことをわざわざ言いに来たのか」
山本海相の声にとげが増した。
本多海兵本部長は、さすがにやり過ぎたと反省して態度をあらためた。
「旅順艦隊を攻撃しろ、と連合艦隊司令部から、指揮関係を無視して、海兵本部にまで要請が届く有様です。しかし、大本営で旅順要塞攻略を第一に考えると正式に決まっております。連合艦隊司令部の気持ちも分かるのですが、そもそも攻撃用の砲弾が無くては、幾ら要請があってもどうにもなりません」
「当然のことだな」
「203高地を取れば、そこを観測所にして旅順艦隊に砲撃を加えられるのは事実ですが、旅順艦隊攻撃用の砲弾が必要です。海軍重砲隊が持参している火砲では、充分な打撃を旅順艦隊に与えられません。しかし、今や28サンチ榴弾砲が旅順に届きました。28サンチ榴弾砲であれば旅順艦隊に充分な打撃を与えられます。この砲弾を海軍の予算で買っていただきたいのです」
「買うのはいいが、どこから買う気だ」
「ドイツからですが」
「ドイツから砲弾が届くのにどれくらいかかると思っている」
「正確にいうとドイツ軍が持っている砲弾です。青島要塞に28サンチ榴弾砲が備え付けられたと聞きました。青島要塞に備蓄してある砲弾を買い付けます」
「そう簡単に売ってくれると思うか?」
「やらないよりはマシでしょう」
「確かにな」
山本海相は本多海兵本部長の話にとうとう肯いた。
「分かった。海軍の予算から購入資金は出してやる」
「ありがとうございます」
本多海兵本部長は山本海相に頭を下げて、海相室を辞去した。
本多海兵本部長は、海兵本部に戻った。
斎藤実海兵本部次長が、本多海兵本部長を出迎えた。
「海軍省は28サンチ榴弾砲の砲弾を買う金を出してくれるそうだ。山本海相が認めてくれた」
「これで、三井物産に対して払うお金の目途は完全に立ちましたね」
斎藤次長は喜んだ。
「ところで、三井物産の不正は本当に公表しないのですか」
「わしは公表しないとは一言も言っていないぞ」
斎藤次長の問いかけに本多海兵本部長は平然と言った。
「勝手に三井物産の重役がそう思っただけだ。28サンチ榴弾砲の砲弾が購入できて、現物が海兵隊の手に入ったら、三井物産の不正を公表させてもらう」
本多海兵本部長の容赦のないやり口に、斎藤次長はさすがに三井物産が気の毒に思えてきた。
「さて、青島のドイツ軍が砲弾を売ってくれるように、陸軍からドイツ公使館から三井物産からといろいろと働きかけてもらわねばな。それに自分たちも精一杯頑張らんとな」
「はっ」
本多海兵本部長の言葉に斎藤次長は返事をした。
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