第2章ー28
「遠くから眺めるだけでしたが、迫力がありましたな」
朴曹長は夕食を食べながらしみじみと言った。
金少尉と李軍曹は黙って肯いた。
日本軍に旅順要塞攻略の切り札として28サンチ榴弾砲が届いたのだ。
この6門だけなのか、それともまだ追加で送って来るのか、表向きは軍夫の身分の3人にはうかがい知れない。
28サンチ榴弾砲設置作業の手伝いを命ぜられたおかげで、その作業をした後、遠目ながら28サンチ榴弾砲を眺めることが3人はできた。
「あれだけの砲を日本は国産したらしいですよ」
李軍曹は言った。
「本当か。どうして知っている」
金少尉は驚いた。
てっきり輸入品だと思ったのだ。
「私は日本語が話せませんからな。聞き耳を立てていると、自分には日本語が分からないと思って話す日本兵の声が聞こえてくるのですよ。そのおかげです」
「なるほどな。李は話すのはさっぱりだからな」
朴曹長は李軍曹をからかった。
李軍曹は、日本語の方言まである程度わかるくらい、日本語を理解するのに、日本語を話すのは全く駄目だった。
金少尉には不思議極まりない話だが、李軍曹に言わせると、聞くのと話すのは違うらしい。
「我が国は、今のところ、大砲どころか小銃さえ国産化できない。いつになったら、国産の小銃を開発装備できるかな」
金少尉はため息を吐きながら話した。
他の2人は沈黙した。
「いつかはできますよ」
李軍曹はあえて明るく言った。
「そうだな。10年以内には現実にできるよな」
金少尉は自分に言い聞かせた。
だが、朝鮮陸軍にとって国産小銃の開発の現実は非情だった。
38式歩兵銃という日本産小銃(ちなみに英陸軍や露陸軍にさえ制式採用され、世界に売りさばかれた傑作銃)の前に、朝鮮陸軍は長い間、そのライセンス生産で満足する羽目になった。
朝鮮で小銃が自国開発され量産化されるのは、1940年代に入ってからであり、金少尉は将軍にまで昇進したにもかかわらず、現役時代には朝鮮陸軍が国産開発した小銃を装備することを目にすることは出来なかったのである。
幾ら技術的に小銃の開発国産化が可能になっても、実戦で優秀さを証明され、英露でさえ採用する上に、値段が半額以下で装備できる38式歩兵銃が眼前にある以上、金少尉ら国産推進派が幾ら強く主張しても、朝鮮陸軍首脳部は38式歩兵銃のライセンス生産を選択するしかなかった。
金少尉(将軍)は、退役後に国産小銃を装備した朝鮮陸軍の姿を見て嬉し涙に暮れるのだが、回想録の中でここまで時間がかかるとは思わなかったと真情を吐露した。
「それにしてもいい物を食べていますな。日本では。我が朝鮮では士官が食べる物を、兵や軍夫にまで供給している」
朴曹長は雰囲気を変えるために話を変えた。
「麦入りご飯が珠に傷だがな」
金少尉は言った。
「それにしても、この米は朝鮮産だろうな」
金少尉は半分独り言を言った。
他の2人は顔色を変えた。
「ちょっと待ってください。私はこの米は日本産と聞きましたが」
李軍曹は言った。
「自分は舌には自信がある。この米は多分、朝鮮産だ。納入業者が不正をしたのだろう。朝鮮産の方が安いからな。麦を混ぜるので誤魔化せると思ったのだろう」
「商人の強欲は日朝共通ですな」
朴曹長は笑いながら言った。
他の2人も笑った。
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