第2章ー27
土方勇志少佐が朝鮮人軍夫の中に妙な連中が紛れ込んでいるのに気づいたのは、第1次総攻撃が終わった後だった。
「どうみても民間人ではない。おそらく軍人上がり。しかも兵ではないな。少なくとも下士官、おそらくは士官だ」
土方少佐は朝鮮人軍夫の1人の挙動から、そう目星を付けた。
それから、それとなく軍夫に目を光らせだすと、数日のうちに、それが数人とかいう数ではなく、数十人以上はいることが分かった。
土方少佐は思い悩んだ末、友人でもある岸三郎中佐に、自分の気づいたことを伝え、岸中佐にも観察してもらった。
岸中佐も土方少佐と同意見にすぐに至った。
「どういうことだ?スパイ行動か?朝鮮軍は基本的に味方の筈だぞ」
岸中佐は首をひねった。
土方少佐と岸中佐は連れだって、海兵師団長の林忠崇中将に自分たちが気づいたことを報告した。
「ああ、そのことか」
林中将は、今頃になって気づいたのか、という目を2人に向けた。
「気にせず放っておけ。よくある話だ。岸は叔父の島田魁から聞いたことは無いか。新選組の中に薩長から会津から間諜が入り込んでかなわなかったという話を」
「初耳です」
岸中佐は言った。
「ま、いい話ではないからな。味方だからと言って完全に信ずるのは危ないということさ。味方に対しても諜報活動をするのは当然だからな。実際、こっちも朝鮮軍の情報は探っている。お互い様だ」
林中将は平然とした表情のまま続けた。
「軍夫がまじめに活動している限り、それ以上の詮索はするな。ただ、重要な情報の取り扱いには注意しろ。さすがに重要な情報が盗まれてはかなわんからな」
「はい、分かりました」
土方少佐と岸中佐は連れだって、林中将の前を辞去した。
2人が去った後で、林中将は思いを巡らせた。
やはり、軍夫の中に軍人を紛れ込ませていたか。
実際に我々の行動を観察するいい機会だからな。
軍夫の行動をわしが見る限りは、まじめに軍夫として活動しているようだから、取りあえずは見逃してやろうか、それにしても土方歳三提督が言っていた通りだな。
土方提督によると、間諜の方が、間諜として見破られないようにと職務に精励して、まじめに新選組の一員として働いていたこともあるらしい。
だから、却って始末に困った、と土方提督は言われていた。
貴重な働き手は失いたくないからな、と。
軍夫がまじめに活動しているのは、軍人が怪しまれないように本来の職務の軍夫として頑張っているのも一因だ。
いいといえば、いいことではあるがな、と林中将は首を振りながら思った。
それに、軍夫の中に軍人を紛れ込ませたのは朝鮮政府にとって自衛の意味もあるだろう。
軍夫の中に軍人がいれば、万が一、露の騎兵等に軍夫が襲撃された際に、秩序だった行動を執ることが出来る。
また、軍夫の中に露と通じる者がいてもおかしくない。
そういった連中は、軍夫の中の軍人が隠密裏に始末することまでも考えているのかもしれない。
「正面の敵とだけ戦えれば気楽なのだが、後ろにも気を配らんといけんな」
林中将は思わず独り言を言ってしまった。
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