第2章ー26
全く20世紀(この20世紀と言うのも西洋のキリスト教由来で朝鮮とは全く無関係と言うのが自分の癇に障るが)の戦争は、こんなものなのだろうか。
旅順要塞を攻めるわずか1日の攻防戦で日本軍の海兵師団だけで6000人近くが損耗し、日本軍全体では1万6000人近くが損耗したと自分は日本兵の噂話から聞いた。
数字だけ聞いたらピンと来ないが、この数字は朝鮮全軍の現役兵3万人の半分以上と考えるとその凄さが分かってくる。
それだけの兵が僅か1日で損耗したのに、日本軍は誰1人攻撃中止を言いだしていないらしい。
日本軍とは兵の母体数(日本軍は陸軍だけで20万人以上いる)が違うといえば、それまでのことだが、それでも5パーセント以上だ。
平然と旅順要塞に対する攻撃を日本軍は続けられているが、朝鮮軍だったら攻撃が続けられるだろうか、できはしないだろう。
金少尉は、自国と日本との軍の実力の差に暗然たる思いを抱かざるを得なかった。
「そういえば、李はどうしてる」
金少尉は自分の思いを打ち消すために、敢えて朴曹長に尋ねた。
李軍曹(表向きは単に李とだけ呼んでいる)は、自分と同様に隠密裏に休職して、軍夫として自分と同様に働いている。
李軍曹は、日本軍の兵の装備をこっそり観察して、自分に報告している。
(その陰で、直接、任務終了後には朝鮮軍上層部に報告書を出すらしいが、金少尉も内諾してはいた)
「李なら、日本兵の創意工夫に感嘆していましたよ。自分たちではできないとね。日本の海兵隊だけで陸軍はしていないかもしれませんが、李の話を聞いて、自分も感嘆してしまいました」
「ほう、詳しく教えてくれないか。後で李自身からも聞くが」
朴曹長の答えに、金少尉も興味を抱いた。
「日本兵は、旅順要塞に対する第一次総攻撃の結果、いろいろと自分たちの装備の欠陥に気づいたようですな。手榴弾とか、迫撃砲とか、いろいろと試作してみているようです」
「ほう、それは凄いな。前線の兵士に戦争に熱意があり、祖国に忠誠を誓っているのが分かる」
「全くですな」
金少尉の賛嘆の声に、朴曹長も同意した。
「そして、露軍から捕獲した兵器まで逆用に努めているとか。捕獲した大砲に砲弾が無ければ、砲弾を自作すればいいじゃないか、と海兵隊では砲弾自作の努力までしているそうです」
「全く敵わんな。今の我が朝鮮軍の兵士では真似できん」
「真似できませんな」
朴曹長は内心のため息が聞こえそうな声で、金少尉に相槌を打った。
「質量ともに日本の海兵隊に劣っているようでは、朝鮮軍は祖国を守れませんな。彼らは陸軍ではなく、海軍の軍人なのに。陸軍はそれより優れているでしょう」
朴曹長は続けた。
「全くだな」
金少尉は朴曹長に表面上は同意したが、内心は違う思いを抱いた。
日本の海兵隊は別格だ。
東学党の乱鎮圧の経緯は日本陸軍出身の三浦将軍さえ賛嘆しながら講義するものだった。
徳川将軍の親衛隊の末裔の日本海兵隊、サムライの異名は日本海兵隊が称されるにふさわしいものなのだ。
「さて、日本の海兵隊の観察をするのに軍夫の身分は最適だ。怪しまれないようにしないとな」
金少尉は朴曹長に言った。
「全くですな。怪しまれてクビになっては、愛国心の固まりの私は祖国の役に立てなくなります」
朴曹長は言った。
「金目当てなのを少しは認めたらどうだ」
金少尉はからかいの声を挙げた。
朴曹長は目をそらせた。
「まあいい。共に頑張ることにしよう」
笑いながら金少尉は言った。
「はい」
朴曹長も笑いをこらえきれなくなったのか、笑いを含んだ表情で答えた。
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