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第2章ー25

 旅順要塞第一次総攻撃の結果は様々な波紋を周囲の国内外に広げます。

「金少尉」

 その呼びかけに20代前半に見える男が顔を向けた後で、呼びかけた20代後半の男を小声で叱った。

「その名で私を呼ぶな。朴曹」

 とまで言って、20代前半の男が言葉を切った。

 20代前半の男も思わず朴曹長と言いかけてしまったのだ。


 20代後半の男は思わず声を出さずに笑った。

「ともかく、今の私は金兄貴だ。いいな。朴」

 20代前半の男は言った。

「分かりました。金兄貴」

 20代後半の男は目を笑わせたまま答えた。


 金少尉は、数か月前のことを思い出していた。

 鎮台長官に呼び出しを受け、何事かと取るものも取りあえず出頭したら、いきなり休職するように言われたのだ。

 自分は頭の中が真っ白になってしまった。

 鎮台長官は、私の有様を見て言葉が足りなかったと自省したのか、あらためて説明をしてくれた。


「日露戦争勃発に伴い、我が国の国民を軍夫に雇いたいという要請が日本からあったのは聞いているか」

「すみません。初耳です」

 私は本当に知らなかった。

「士官なら、もう少し情報収集に努めろ」

 鎮台長官は私を軽く叱った後で続けた。

「君には休職して軍夫として働いてほしい」


「軍夫ですか」

 私は気乗りしなかった。

「手取り給料がこれだけもらえると言ってもか?」

 鎮台長官の一言に私は飛びついた。

「やらせてもらいます」


 衣食住が保障されているから単純比較できないが、軍夫の方が衣食住が自弁でも今より手取りが多くなるのが目に見えた。

 鎮台長官は軽く軽蔑するように私を見た。

 私は恥じ入った。

 幾ら手取りが増えるとは言っても、自分の態度は軽々しすぎた。

 鎮台長官は軽蔑した視線を私に向けたままで話を続けた。


「軍夫として、数千人の士官や下士官を朝鮮軍全体から派遣する予定だ。表向きは、休職なり、予備役編入なりという形にしておいたうえで派遣する。派遣された士官や下士官には日本軍の実情をよく観察してほしい。そして、日本軍の実態をよく学んでおいてほしいのだ」


 私は、何となく裏の事情が読めた。

 軍夫がきちんと日本軍によって保護されるのか、朝鮮軍上層部いや朝鮮政府上層部は不安なのだ。

 だから、軍夫の中に正規の軍人を紛れ込ませておく。

 いざという場合に、軍夫がある程度は自衛できるように。

 戦闘に巻き込まれた際に、正規の軍人がいてリーダーシップを執れたら、軍夫の被害は軽減されるだろう。


 だが、表立って正規の軍人を軍夫の一員として派遣はできない。

 そんなことをしたら、朝鮮政府は公然と日本政府を信用していないと言うようなものだ。

 だからこそ、こんな回りくどいやり方をするのだ。


 そして、派遣された正規の軍人は、実際に日本軍のやり方を裏からいろいろ見られるだろう。

 1人1人が見たものは些細な物でも集積すれば大変な情報になる。

 そして、それを活用していけば、朝鮮軍の近代化に極めて役立つものになるだろう。

 しかも、給料は全額日本持ちだ。

 朝鮮軍いや朝鮮政府の懐は全く痛まない。


 朝鮮軍いや朝鮮政府の上層部の腹黒さを一軍人として賞賛すべきか否か、私は思わず考え込んでしまった。

「やってくれるのか」

 鎮台長官は、私が考え込んだのに気づかず、何回か話しかけた。

 私は慌てて許諾の返事をした。

「そうか。何人か下士官を付けてやる。頑張ってくれ」

 鎮台長官は私を激励した。


 そして、今に至る訳か。

 金少尉は内心でため息を吐いた。

 戦争がこんなものとは思わなかった。

 少し長くなったので分けます。

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