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第2章ー19

 海兵師団長の林忠崇海兵中将は海兵師団司令部で討議した結果、なまこ山攻略がうまく行った場合、203高地を第1海兵旅団のみで急襲させることにした。

 第2海兵旅団まで投入した場合、引くに引けない事態が生じることが懸念された。

 兵力分散は忌むべきことだが、助攻ではなく主攻撃と誤認させるための牽制攻撃で大損害を受けるわけにはいかなかった。

 乃木希典第3軍司令官も海兵師団の方針を承諾した。


 第3軍は満州軍司令部に対し、9月1日を期しての第1回総攻撃を上申し、大山巌満州軍司令官はそれを裁可した。

 28サンチ榴弾砲の準備は間に合っておらず、砲弾の備蓄に努めたものの8月下旬に行われた遼陽会戦のために砲弾を消費した結果、第3軍の攻城砲には1門当たり400発しか準備できていない始末だったが、速やかな旅順要塞総攻撃開始を求める大本営の圧力の前に満州軍もこれ以上、総攻撃の開始を遅らせることはできなかった。


「どれくらいの損害を覚悟しておられますか」

 土方勇志少佐は8月31日の夜に林中将に尋ねた。

「海兵師団でか?それとも第3軍全体でか?」

「できたら両方教えてください」

「欲張りな参謀だな」


 林中将は渋い顔をした後で、ふと気配を感じて、そっと周囲に目を配った。

 内山小二郎参謀長から黒井悌次郎中佐、鈴木貫太郎中佐、岸三郎中佐といった海兵師団司令部の面々が全員聞き耳を立てている。

 どうやら参謀同士が話し合い、土方少佐が代表して、自分に尋ねることにしたらしい。

 林中将は天を仰いで瞑目した後で言った。


「わしの予想だ。だが、これより多くなることはあっても少なくなることは無いと判断している。海兵師団は5000人が死傷、第3軍全体では1万6000人が死傷するだろう」

 海兵師団司令部の空気が凍りついたようになった。

 それは第3軍全体の約3割の人員に当たる。

 軍事的には全滅と言っていい。


 8月の末の夜で本来なら蒸し暑さを感じるはずの気温である。

 だが、北海道の冬のような極寒の気温をその場にいる全員が感じた。

 土方少佐は棒を呑んだような様になった後、絞り出すような声で言った。

「それは旅順要塞攻略までの予想ですよね」


 林中将は首を横に振った後、続けて言った。

「第1回総攻撃が終わるまでにだ」

「そのことは乃木第3軍司令官には」

 内山参謀長が口を挟みかけた後で黙ってしまった。


 内山参謀長は察してしまったのだ。

 林中将が乃木第3軍司令官には黙っていることに。

 だが、察していない者もいる。

 林中将はそれらの者のために言った。


「乃木第3軍司令官には自分の予想は話していない。始まる前に言ったら、乃木第3軍司令官の攻撃への決心が鈍りかねない。このことは南山の戦いからの私の予想に過ぎないしな。だが、今後の戦いはどれだけ冷酷に敵味方の人命を消耗できるかという戦いになると私は予想している」


 土方少佐は思った。

 そんな戦争は嫌だ。

 サムライなり、騎士なり、誇りある戦士、軍人同士がお互いに敬意を抱いて戦うのが戦争であるべきだ。どれだけ冷酷に敵味方の人命を消耗させられるかの戦争なんてあってたまるものか。

 だが、心の片隅で林中将の予想に同意している自分がいた。

 そんな自分を自分で土方少佐は嫌悪した。

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