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第2章ー16

 8月も終わりに近づきつつあった。

 朝夕には涼しさを感じるようになり、秋が近づきつつあることを海兵隊の面々も感じていた。


「本当に疲れたよ」

 鈴木貫太郎中佐が、久しぶりに海兵師団司令部に顔を出した。

 鈴木中佐はフランスに留学した工兵士官として、陸軍工兵隊に対して坑道戦の指導を行っていた。


「鬼貫が現れたな」

 黒井悌次郎中佐が鈴木中佐をからかった。

 その声を聴いた土方勇志少佐や岸三郎中佐と言った海兵師団司令部の面々も笑った。

 海兵師団長の林忠崇海兵中将も笑顔を浮かべた。


「どこから、その仇名を聞かされた?」

 鈴木中佐は、黒井中佐に尋ねた。

「誰とは言えないな。この間、海軍重砲隊の指導の後、第3軍司令部を訪ねたら、鈴木中佐は鬼貫だと第3軍司令部の面々が言っていた。この夏の暑さの中、坑道を掘るのを歩兵まで総出でやらされる。我々は猛暑地獄の底で働く獄卒で、鈴木中佐は鬼です、鬼貫です、と下士官や兵が泣いているとな。指導方法も鬼にふさわしいものですとな」

 黒井中佐が答えた。


 その脇で岸中佐も追い打ちをかけた。

「鈴木中佐にふさわしい仇名だと黒井中佐が海兵師団の面々に吹聴してな。もう兵たちにも広まっているのではないかな」

「全く誰が言いだしたのやら。少なくとも俺を目の前で鬼貫というのは止めてくれ。俺としては、兵を少しでも実戦で死なせたくなくて懸命に指導しただけだ」

 鈴木中佐は渋い顔をした。


「それで、陸軍の坑道はどこまで掘り進んでいる」

 林中将が鈴木中佐に尋ねた。

 海兵師団の坑道掘りは海兵隊工兵の父ともいえる林中将が直接指導している。

 鈴木中佐が陸軍の工兵隊の指導に専念できたのも、林中将の存在が大きかった。


「陸軍の工兵は旅順要塞に対する坑道作戦を事前にまともに研究していなかったようで、私が提供した海兵隊の資料をむさぼるように彼らは研究する羽目になりましたよ。ですが、工兵士官としての教育はこれまでにも受けていますから、速やかに我々の腕を取得しています。盤龍山堡塁、龍眼北方堡塁、水師営南方堡塁に対する坑道を陸軍の第11師団と第9師団が掘り進めており、9月1日を期して攻撃できると見込まれています。我々の状況はどうなのです」

 鈴木中佐が反問した。


「そこについて師団司令部全体で悩んでいるのだ」

 林中将が言った。

「なまこ山に対する坑道はほぼ完成している。問題は203高地まで急襲するかだ」

「急襲策に林中将は反対では?」

 しばらく司令部を離れていた鈴木中佐は疑問を覚えた。


「203高地を急襲すると言っても、つついてみるだけだ。固そうだったら、すぐに203高地に対する急襲を中止する」

 林中将は言った。


「我々は助攻任務に就いているが、助攻任務と言うのは難しいものだ。助攻とばれては困る。主攻撃を成功させるために助攻は行うのだからな。助攻とばれたら、敵は主攻撃に対処してしまい、助攻の意味がなくなる」

 林中将はそこで言葉を切った。


「203高地は制高点で、露軍にしてみれば旅順艦隊の死命を制する重要な地点だ。だから、203高地を攻めれば、露軍は絶対に反応してくれる。我々を主攻撃と誤解させられるかもしれない。だが、その場合、海兵隊の死傷者は膨大なものになるだろう。だから苦悩している」

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